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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
約束之章
168/404

約束 其之壱

―西洋では、猫は9つの命をもつと言われている。

だが、なぜそのように言われるようになったのか、

今となってはよく分からない。



文久3年4月15日。

暮れの六つ(6:00pm)。

壬生、八木邸。


「ニャア」


巡察(じゅんさつ)から帰ってきた沖田総司は、すぐ近くで猫の鳴き声を聴いた気がして、玄関前(アプローチ)の飛び石で立ち止まった。


長身の彼は、脇にある低木を自分の肩越しに(のぞ)き込んでみる。

その時初めて、視界のすみに背後の人影を捕えた。

ぎょっとして身を引けば、思いもよらぬほど間近(まぢか)で、中沢琴がニコリともせず自分を見上げている。


「…あ、え?あれ?お琴さん。なんで?」


沖田は目の前にある(かお)の造形にしばらく見入ってから、今更いまさら何を感心しているのだろうと考え直して、めずらしく琴が薄化粧うすげしょうしているのに気がついた。


琴は返事代わりに、ただ(まばた)きをしてみせた。


その可憐(かれん)な外見に反して、ほとんど武骨(ぶこつ)とも言える琴の気性を知る沖田は、別段(べつだん)気分を害するでもなく、ただ、ため息をついて腰に手をおいた。

「さすがにもう(あきら)めて帰ったんだと思ってましたよ」

「…」

別に返事を期待していなかった沖田は話し続けた。

「…ま、いいけどさ。ところで今、にゃーって言った?」

「バカじゃないの」

そう言って琴は、(そろ)えた両手をぶっきら棒に突き出した。

「これ!」

手のひらに、小さな黒い猫がちょこんとっている。

そして琴は、出し抜けに用件に入った。

「わたしね、しばらく大坂にいくことになった」

その用事と、手のひらに包まれた黒いフワフワの生き物を、どう結びつければ良いのか、沖田はしばらく考えてみた。

「…で?」

「これ、あずかってくれる?」

「ちょっとちょっと! 困るよ」

沖田は押し付けられた仔猫こねこを思わず受け取ってしまってから、今にも(こわ)れそうなその感触にハッとなった。

仔猫こねこは沖田の(ふところ)もぐり込もうと、小さな手脚をジタバタあがいている。

なついてるね」

琴には、沖田の都合に耳を貸すつもりなど毛頭(もうとう)なさそうだ。

「そう…そういう問題じゃ…こら!」

沖田は(たもと)にグイグイと首を突っ込んでくる仔猫こねこに気を取られて話に集中できない。

「名前はね、総司」

琴はなお、お構いなしに話を進めた。

沖田は、口から出かかっていた言葉を飲み込んで、またしばらく考える間を置かねばならなかった。

「だから……なんでそう、いっっっつも!犬猫(イヌネコ)にわたしの名前を付けるのかなあ?!」

「そういえばそうね。なんでだろ。呼びやすいから?」

だんだんまともに取り合うのもバカバカしくなってきて、沖田の言葉遣いも荒くなる。

「…そういうとこ、ホント変わんないな!江戸にいた頃も同じことがあったの、覚えてるよね?前は、名前を呼んだら返事をする頃になって、メスだって判ったんだ!」

「それ、女の子よ。今度は間違まちがいない」

「だったら、なんでわたしの名前を付けるんだよ!」

「くどい。呼びやすいからだって言ったでしょ?可愛がってあげてね」


なんだかんだ言いつつ、沖田は無意識にその背中を撫でていて、仔猫こねこは気持ち良さそうに丸くなった。

思わずニヤける沖田に、琴は苦い顔で「やめてくれ」という風に軽く手を払った。


沖田が顔を上げると、琴はもう背を向けてさっさと庭の方へ向かっている。

「…ねえ!」

沖田は呼び止めると、

「明日、会津公の御前(ごぜん)上覧(じょうらん)試合があるんだ。大坂に行くなら、それを見てからにしなよ」

と提案した。

(うれ)しいんだけど、それって、黒谷の本陣でやるんじゃないの?」

「あ、そっか。入れないんだ」

「あなたもそういうとこ、変わってないのね。でも、ありがと」


琴の表情が、わずかにほころんだ。

いまだ浪士組を(かろ)んじる会津を見返すには、いい機会だ。

その殿(との)様がどんなにバカでも、試衛館しえいかんの精鋭たちを(じか)に見れば、(くすぶ)らせておくには惜しい人材だと考え直すだろう。


琴が思うに、彼らが使う(けん)(やり)は、単に技術として優れているだけではなかった。

近藤勇をはじめ、それぞれ個性的な太刀筋(たちすじ)が放つ、九つの光彩(こうさい)は、自分や仏生寺のそれとはまったく異質な強さを持っている。


琴は山南や沖田の身を案じる一方で、彼らがいよいよその力を世間に知らしめることになると思うと、なぜか浮き立つ気持ちを抑え切れなかった。


しかし、八木邸の庭にまわった途端とたん、その表情はふたたび(けわ)しくなった。

しばらく来ないうちに、怪しげな浪士達がまたその数を増している。


それでも比較的信用できそうな若い隊士の二人連れをみつくろって、琴は声をかけた。

「あの、山南様にお会いしたいのですが」

「ヤマナミ様?」

背の高い方の隊士はキョトンとして、連れの若者の顔をうかがった。

琴は不振(ふしん)げに目を細めた。

いくら新入り隊士であっても副長である山南を知らないとは思えない。


「…ひょっとして、サンナンさんのことじゃないか?」

もう一人の若者が少し考えてから応えた。

「ヤマナミ?あの人、ホントはヤマナミっていうんだっけ?」

「なら、こっちじゃなくて通りを挟んだ向かいのお屋敷ですよ。前川さん


「ありがとうございます」

琴は今ひとつ納得できないまま、頭を下げた。


「あ、ああ、でも娘さん!ここは女人禁制(にょにんきんせい)なんだけど!」

「バカ!サンナンさんはいいんだよ!幹部なんだから」

「アレ?そうなの?そういう決まりだっけ?」

「いや、多分…だってほら、芹沢局長なんか…」


「分かりました。とにかく、行ってみますね」

琴は延々と続きそうな説明を断ち切って、門へと引き返した。

背後では、二人組がまだ()めている。


「…やれやれ、大丈夫かしら」

琴は天をあおぐように、クルリと瞳をまわした。


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