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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
約束之章
163/404

Tumbling Dice Pt.1

浪士組筆頭局長 芹沢鴨が、不機嫌もあらわに因幡薬師(いなばやくし)見世物(みせもの)小屋を出たのは、陽も暮れかかる時刻だった。


「どこへ行くんです」

後を追って声をかけた沖田総司に、

芹沢はただ「ゲン直しだ」とだけ応え、その場を立ち去った。


通りから路地をのぞけば軒を連ねる店先には提灯(ちょうちん)の火が(とも)りはじめている。

その足は自然、盛り場へと向かっていた。


「にいちゃん」

ふいに背後からかすれた男の声がかかった。

芹沢は、反射的に振り向いて声の主に斬りつけた。

「うわっと!」

男は敏捷(びんしょう)な獣のように飛びのいて、

眼前の空間を白刃が斬り裂くのを紙一重(かみひとえ)でかわした。


「ヒュー!危ないがな。自慢の顔にバッテンがつくのは勘弁やで」


腰を低くした芹沢が刀を構えなおしてにらみつけると、男はほおに残る大きな刀傷に交差させるように指先をわせて笑った。


「いきなり後ろから忍び寄るあんたが悪いんだぜ。そうでなくとも俺は今日、機嫌が悪い」

芹沢には謝る気など毛頭もうとうないようだった。


しかし、相手もまた芹沢と同じ種類の人間らしく、動じる気配はない。

それどころか、妙な商売っ気をみせてすり寄ってくる。

「ハッハ!物騒(ぶっそう)な旦那やなあ。ほな、気分直しにええ場所を教えましょか」


「ちっ、ポン引きかよ。悪いが今は女を抱く気分じゃねえんだ。あっち行ってろ!」

芹沢は警戒を解いていない。

なにせ彼がまったく気づかないうちに背後を取られるなど、普通ならありえないことだった。

相手がただの客引きのヤクザ者でないことは明らかだ。


その勘は間違っていなかった。

男は、会津藩のため秘密裏に情報収集を行っている中間ちゅうげんだった。

阿部慎蔵が吉田屋で命をすくった青年、仙吉である。


「同じ客引きでも、そっちやのうて、こっちですがな」

仙吉はニヤリと笑って、つぼを振る仕草をしてみせた。

「…食えねえ野郎だな」

芹沢は口の端を吊り上げると、アゴの先で案内しろという意思を示した。



さて、その同じ頃。

中沢琴とケンカ別れして、堀川べりでクサっていた阿部慎蔵は、夜の(とばり)が下りるまでそこに寝転んでいた。


ーこの時期にはめずらしく雲ひとつない夜空には、天の川が横たわっている。

「くそっ!くそっ!なんだって俺はあのイケ好かない男を放っておけねえんだ!」

阿部は突然空に向かって叫ぶと、勢いよく跳ね起きた。

結局、彼女(彼)の後を追って洛北に向かうことにしたらしい。


「自分って人間が分からなくなってきたぜ」

半刻も歩いた頃、白壁の塀に沿ったひと気のない通りに差し掛かった阿部は、ふと、辻君の薬で見た悪夢を思い出した。

夢の中に現れた九郎(=琴)は、真っ赤な西洋のドレスを着た女の格好をしていた。

九郎が女だとは知らない阿部は絶望的な表情で天を仰いだ。

「おい…ウソだろ?俺には男色そっちはねえよな?あれはクスリのせいでイカレてただけだ。誰かウソだと言ってくれ!クソッタレ!」

壁に向かって悪態あくたいをついていると、(かたわら)に人の立つ気配がある。

「こんなところで何をブツブツ言ってる」

声をかけてきたのは、まさしくその九郎だ。

「く、九郎」

くっつきそうなほど近くにあるその顔を見て、阿部は思わず顔を赤らめて叫んだ。


「帰れと言ったはずだ」

琴(九郎)は相変わらず突き放した物言いをする。

「うるせえ!てめえの指図は受けねえ。俺には俺の理由があってここに来たんだ!」

「声が大きい」

が、琴が眉間にしわをよせたときにはすでに遅かった。


「兄さんたち、そんなとこでなんの相談や」

奥まった塀の物陰からドスの効いた声が聞こえた。

よく見るとそこには小さな門があって、影の中から体格のいい男が姿を現した。

門前の見張り役をしているヤクザの三下さんしただ。


阿部は、考え事をしているうちに例の賭場が開帳(かいちょう)される屋敷の前まで来てしまったことにようやく気がついた。

琴が、小さく舌打ちする。


見張りの男は、怪しげな二人連れを見咎みとがめて、職務を遂行したのだった。

(なか)ばやけっぱちの阿部は開き直った。

「うるせえ!俺の顔を覚えてねえのか?ついこないだ裸にひん()かれた男だよ!」

「…ああ、あんたか。また来たのかい」

その三下は、小馬鹿にしたような顔で腕を組んだ。


「金ならある。文句はねえよな?」

「今日はお連れさんも一緒かい?ま、いいが、()りねえなあ」

「てめえらに巻き上げられた分を取り返しに来たんだよ!」

「二度目にここに来る客はみんなそう言う」


藁葺(わらぶ)きの母屋の前を通り過ぎ、盆が敷かれる(ギャンブルが開催されるの意)離れへとつづく道を歩きながら、琴は阿部に肩をよせ、軽い皮肉の混じった声で(ささや)いた。

「…あなたの理由っていうのはそれか」

「うるせ!俺のおかげで入れるんだ。少しは感謝しろ」


三下は二人が()めるのを横目に、鼻を鳴らした。

「ふん、鴨がネギを背負(しょ)ってくるとは、このこったな」


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