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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
約束之章
159/404

縁側の評定

さて、入れ違うように八木家へ帰ってきたのは、市中の巡察じゅんさつを終えた井上源三郎、沖田総司、佐々木愛次郎らである。


離れに戻る途中で庭を通りかかった三人は、縁側えんがわ胡坐あぐらをかく芹沢と、それを取り巻くようにたむろする子供たちに遭遇そうぐうした。

芹沢は、例のごとく昼間から酒を飲んでご機嫌の様子で、その隣には、なぜか借金取りの梅が寄り添っている。

そして子供たちは、必死な様子で芹沢に何ごとか訴えていた。

「なんだか、(にぎ)やかじゃないか?」

井上がその様子を眺めて言った。


そのとき、

「あ、沖田はん!」

子供たちの輪の中にいた小さな少女が叫んで、沖田にけ寄った。

ゆうから勝手場かってばを追い出された、石井雪だった。


沖田は、飛びついてきた雪を空中でキャッチして抱え上げた。

異邦人の彼にとって、雪とその母石井秩(いしいいち)は、この都で気を許せる数少ない相手になっていた。

最近、雪との小さな約束を破ってしまった沖田は、気まずい関係におちいった彼女の信頼を取り戻すべく、ここのところほとんどの余暇よかを一緒に過ごしている。

待ちくたびれた雪の様子を見るかぎり、涙ぐましい努力がようやく実を結ぼうとしていた。

「ただいま」

自分のことを信頼しきった目を見て、沖田はまた先日のほろ苦い失敗を思い出したのか、いきなりほおを寄せた。


「お雪ちゃんは、ほんとに沖田さんが好きだなあ」

微笑ましい光景に佐々木愛次郎は一瞬いっしゅんほおを緩めたが、また芹沢の方に視線をもどす。

他の子供達は、こちらには目もくれず芹沢に群がっている。


「まるでお白洲(しらす)(奉行所の裁きの場、江戸時代の法廷)だな」

沖田は、その様子を指してクスクス笑った。

その例えがあまりにピッタリだったので、井上源三郎は吹き出してしまった。

沖田は雪の顔をのぞき込んでたずねた。

「なんなの?」

「しらん」

「ふうん…」

興味を抑えきれない沖田は、吸い寄せられるように子供たちへ近づいていく。

「あ、総司!こら!」

井上が声をかけたが、好奇心の強いこの若者の脚を止めることは出来なかった。


さて、ほお紅潮こうちょうさせて芹沢に力説しているのは、この家の次男、為三郎だった。

「ほんまや!赤とか緑とか黄色とかな!すごいいっぱい色がついてるねん!ほんでなあ、言葉しゃべるんやで?」

そこへ、いかにもガキ大将といった年長の少年が異を唱えた。

「アホやなあ。見世物みせもの小屋なんか、みんなインチキや。それ、ウチのお父はんが大坂で観たうとった。あの鳥は絵の具で色塗ってるてうわさや。虎かて中に人が入ってるに決まっとる」


どうやら、為三郎は見世物小屋みせものごやを観た感想を述べているらしい。

皮肉なことに、叔父を見限ったあぐりが手伝いをすっぽかしたこの日、入れ違いに珍獣ちんじゅうたちが到着して、興行こうぎょうはついに開幕したのだった。


そして、京における記念すべき初日の観衆に、この八木為三郎も含まれていた。

「そんなことあらへん!そんなん見たらわかるわ!アレは本物や!なあ、局長、そうやろ?なあ?」

興奮冷こうふんさめやらぬ様子で、為三郎は主張した。

ガキ大将がコマしゃくれた口調で、また口を挟んだ。

「アホウ、大人はそんなんにだまされへん!局長かて、信じてへんわ!なあ局長?」

二人に熱い視線をそそがれた芹沢は、仰々(ぎょうぎょう)しく腕組みをして(うな)った。

「う~む…。そりゃあ、難しい問題だな。沖田くん、きみはどう思う」


いきなり話を振られた沖田は、ゲンナリしてため息をついた。

「てか、子供にまで局長って呼ばせてるんですか」

為三郎は、心強い味方を得たと沖田の腰にすがった。

「なあなあ、沖田はんはどう思うん?」

「だから、なんの話だよ?」

沖田は雪を地面に下ろしながら、胡乱うろんげに為三郎を見やった。

因幡薬師いなばやくし見世物みせもの小屋や。あっちにも見廻りに行ってるやろ?四条通をずーっと行って、烏丸通からすまどおりを下がったとこ!」

「じゃ、堀川のまだ向こうってことだろ?子供が遊びに行くには、ずいぶん遠くないか」

「父上と行って来たんや!」

「あ、そ。あいにく、わたしはそんなにヒマじゃなくてね」


「ウソや、いっつもヒマそうにしとるやんか!」

ガキ大将がげ足をとった。

「う、うるさいぞ!」

沖田は生意気な子供のこめかみに、指の節をグリグリ押しつけた。

「まあまあ、沖田くん」

ムキになる沖田を芹沢がなだめると、ガキ大将はかさに着て突っかかった。

「局長がヤメろ言うとるやろ!放さんかい!下っぱ!」


「こん〜のガキ〜…どうしてくれようか」

沖田がガキ大将の首根っこを押さえつけたとき、

女中のゆうが、二人の間に身体を割りこませてきて、

「はいどーぞ!お茶です!」

と、湯呑ゆのみが割れそうな勢いで縁側に置いた。


それまで、ずっと黙っていた菱屋の梅が、

「あれ、おおきに」

と、湯呑みに手を伸ばす。


梅はすました顔でそれを口元に運ぶと、嫌味いやみたっぷりに感想を述べた。

「おお、苦…」



ゆうと沖田は、なぜか肩を並べて歯ぎしりする格好かっこうになった。


「なあ、沖田さんはホンマや思うやろう?」

為三郎は、大人げない二人を見て逆に覚めたのか、いくぶん落ち着きを取り戻して、また問い直した。


沖田は、()ねたように、ソッポを向いた。

「さあね。局長に聞けば?下っぱのわたしじゃ、局長の意見には逆らえないからね」

芹沢は、二人のやりとりを愉快ゆかいそうに聴いていたが、少し身を乗り出すと、

「しかし沖田くん。これは捨て置けんな。今から確かめに行くか」

と、おもむろに裁定さいていを下した。


子供たちはそれを聴いて、一斉いっせいに騒ぎ出した。

「ほんま?ほんまに連れてってくれるん?」

芹沢はすっかり調子にのって、片手を突き上げた。

「よっしゃ、野郎ども!ついて来やがれ!」

子供たちからワッと歓声があがった。


「ちょっと、先生せんせ!そんなお金があるんやったら、サッサとウチに(はろ)とくれやす!」

菱屋の梅は一瞬声を荒げたが、子供たちの喜びようを見るうち、あきらめたように肩を落として、

「…ほな、うちも行こかしらん」

と、悪戯いたずらっぽい眼で笑った。


話がまとまると、この珍妙ちんみょうな一団は、時をおかず行動に移った。

こぞって芹沢に付き従う子供たちは、さながら小さな隊士のようだ。

そしてただ一人、石井雪いしいゆきだけがポツンと縁側に取り残された。


「お雪ちゃんは行かないの?」

見かねた沖田がたずねると、雪は口を真一文字まいちもんじに引き結んでかぶりを振った。

トラ、怖いもん」

「ただのでっかい猫さ」

「そうなん?」

「いや、わたしも見たことないけど、きっとそうだろ」

沖田が片目をつぶってニッコリ微笑ほほえむと、雪はその手を握った。

「沖田はんが行くんやったら行く」

「よし、じゃ、追っかけよう」

沖田は、また雪をヒョイとかつぎ上げて肩車かたぐるまをした。

「きゃあ!」

雪は鈴の鳴るような嬌声きょうせいをあげて、沖田の頭にしがみついた。


呆気あっけに取られていたゆうも、沖田までが釣られてついて行くのを見ると、あわてて前掛まえかけを外して駆け出した。

「それやったら、うちも行く!」


きれた顔でことの成り行きを見守っていた井上源三郎が、佐々木に声をかけた。

「愛次郎」

「はい」

「お前もついて行ってやれ」

「は…は?」

「あいつらが何か騒ぎを起こしそうになったら、お前が止めるんだ。いいから行け!」

「は、はい」

井上にドンと背中を押された佐々木は、戸惑いながらも後を追った。


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