表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
約束之章
154/404

美女と美男 其之弐

というわけで、壬生寺の境内に目を移す。


「総司はまだか?」

局長近藤勇と副長山南敬介は、いつまでも姿を現さない沖田総司にしびれを切らしていた。

そのかたわらには斎藤一や原田左之助といった幹部たちも顔をそろえている。

「はあ」

間の抜けた返事をしたのは、巨漢きょかんの隊士、島田魁だ。

「もういい!最初の者を呼べ!」

胸を反らせて腕組みをした近藤が、前をにらみすえたまま怒鳴どなった。


「佐々木愛次郎、摂津せっつの国、大坂の浪人です」

島田が身上書しんじょうしょを開いて男の素性すじょうを読みあげる。


進み出たのは、またしても線の細い美青年だった。

近藤は島田を振り返って渋い顔をした。

「あの手のは、二人も三人もらんぞ?」

先ごろ入隊した馬詰柳太郎のことを言っているのだ。

馬詰もこの男に劣らず容姿端麗ようしたんれいだが、剣士としてはお世辞にも優秀とは言えなかった。

山南が佐々木と名乗る浪士を見ながら口をはさんだ。

細身ほそみですが、あの筋肉のつき方はそれなりの鍛錬たんれんを積んでいると見ます」

「…なるほど、確かに。よし、誰か相手してやれ」

近藤は居並ぶ隊士たちを見渡した。


「なんなら俺が相手したりますわ」

自称大坂浪人で現在は浪士組幹部のひとり、佐伯又三郎が名乗りを上げた。

先日の不手際ふてぎわ挽回ばんかいしようとでもいうのか、竹刀しないを握る手にも妙に力が入っている。


「得意は柔術じゅうじゅつなんですが…」

佐々木愛次郎が戸惑とまどいがちに申告すると、島田が手元の身上書に目を落とした。

「なるほど、そう書いてあります」

しかし、近藤は取り合わない。

「まずは、太刀筋たちすじをみる」

この際、佐伯の腕前うでまえも見定めてやろうというつもりだ。


しかし、「はじめ」の声がかかると、佐々木は鋭い気合いを発して突進した。

その姿は先ほどまでの頼りなげな雰囲気を微塵(みじん)も感じさせない。

立て続けに放たれた面撃ちを、佐伯は何とか(しの)いだものの、思わず後退した。

「佐伯のヤツ、相手の実力を軽く見積もったな」

近藤がニヤリとして島田を(かえり)みる。


そこへようやく沖田総司が姿を現して、他人事ひとごとのように呑気のんきな声で言った。

「なんだ、もう始まってるじゃん」


近藤がジロリと沖田をにらんだ。


一緒に戻ってきた土方歳三は、組み合わせを見て、近藤にたずねた。

「ほう、佐伯か。こいつは面白いな。どんな具合だ?」

近藤はムッツリと押し黙ったまま勝負の行方ゆくえに目をらしている。

「佐伯が押されてます」

島田魁が代わって答えた。


土方は、以前斎藤一が口にした言葉を思い出して、ちょうどそこに居合わせた斎藤の腕に軽く肘鉄ひじてつを入れた。

佐伯やつが弱い“ふり”をしてるだと?チッ、おまえの見る目も大したことねえな」

斎藤は意味ありげに土方を見返すと無言で目を伏せた。


「…いや、あの優男(やさおとこ)、見た目は華奢きゃしゃだが本当に強いですよ。ただ、佐伯さんは…」

口を添えた沖田も、佐伯又三郎の力量をはかりかねているのか、その先は言葉をにごした。


だがそうするうちにも、佐々木愛次郎は、矢継やつばやに鋭い太刀たちを浴びせる。

とうとう佐伯の顔色が変わった。

「遊びは終わりや」

五分ごぶの力で佐々木を打ち負かせると踏んでいた佐伯も、ようやく相手の真価を認めて仮面を脱ぐ気になったようだ。

これまでは、おのれのツメを隠すため手心てごころを加えていたらしい。


「ここからだ…」

斎藤がボソリとつぶやく。


その言葉を裏づけるかのごとく、佐伯はまるで蛇のようにしなやかな剣さばきで、四方八方から佐々木を責めたてた。

一転、佐々木は防戦にまわる。


そしてついに、佐伯は横から突き上げるように佐々木の刀をはじき飛ばした。


「タヌキめ」

斎藤が薄くわらった。


しかし佐々木愛次郎はまだ「参った」をしない。

往生際おうじょうぎわの悪いやっちゃな!」

佐伯又三郎が竹刀を大上段だいじょうだんに振りかぶった時、

佐々木は徒手としゅのままガラ空きの胸元むなもとに飛び込んで身体をひねった。

きょを突かれた佐伯は、すべもなく右腕をとられ、気がついたときには右脇から佐々木の肩にかつがれていた。


双手背負もろてぜおい…か」

近藤が小さな驚きの声をもらす。

柔術じゅうじゅつの技だった。


佐伯の両脚がグルンとを描いて、地面にたたきつけられた。


「…一本だ」

近藤が大きな口のはしを吊り上げた。


「ちょ、まて!おかしいやないか!これは剣術の立会いやろ?!」

佐伯は痛みに顔をゆがめながら、片膝かたひざをついて抗議こうぎした。

「佐伯くん、油断したな」

近藤の表情が、勝敗は決したと断じている。

「そんな!納得できん!」

佐伯は詰め寄ったが、近藤は目を閉じて首を横に振った。

「あいにく俺の専門は武道全般でな。うちの道場では最後に立っていたものが勝ち名乗りを受ける」


佐々木が肩で息をしながらたずねた。

「では、合格ですか?」

近藤は少し考えてから、沖田を振り返った。

「そうだな…もう少し腕前うでまえをみせてもらおうか」

沖田は、近藤がなにも言わないうちから首を横に振った。

「わたしはもうヤですよ。また怪我ケガをさせたらたまらん」

なにせ相手は馬詰柳太郎に劣らぬ美青年だ。

土方には沖田の考えていることが手に取るように分かった。

「あはは、怖いのか?」

「なんとでも言ってくださいよ」

「じゃあ斎藤、おまえが相手してやれ」

近藤が言うと、斎藤一はのそりと立ち上がった。

「おいまてよ。せっかく面白いところなのに」

土方歳三が止めた時にはすでに二人は構えに入っていた。


勝負が始まると同時に佐々木愛次郎が間合いに踏み込む。

その大胆さが気に入ったか、斎藤は一瞬いっしゅん口元をゆるめたが、

一合いちごう剣先けんさきを合わせると、

いきなりするどい突きを放って、

佐々木を一間(いっけん)ほど先にあるクヌギの根元までふっ飛ばしてしまった。


二人を取り囲んでいた受験者(ギャラリー)からため息が漏れる。

「あっけねえな」

土方の言葉がみなの気持ちを代弁していた。

だが、天才沖田総司は、別の感想を持ったようだ。

「…けど今の斎藤さん、本気だったよ」


佐々木は何が起こったのかわからないまま、呆然とクヌギの木を背に座っている。

やがて頭を振りながら、ようやく

「参りました」

(うめ)いた。

斎藤は、近藤たちの方を見て小さくうなずいて見せた。

「この男は使える」という意味だ。


そして、無言のまま人の輪の中心から退いた。

「よう、うでの方はナマってねえようじゃねえか。めずらしくムキになったんで照れちゃってんのか?」

立会いを見物していた原田左之助が、ニヤニヤと冷やかしたが、斎藤は、すれ違いざまに口元を少しゆがめただけで行ってしまった。

「ちっ、愛想アイソの悪さも変わらねえときてやがる」

原田は隣にいた山南敬介に肩をすくめてみせた。

山南は原田の軽口かるくち黙殺もくさつすると、引き上げてきた佐々木愛次郎に歩み寄った。

「いつからこっちに来れる?」

佐々木は、その言葉で自分が合格したことを知って、表情を明るくした。

「今日からでも」

見かけによらず豪胆ごうたんな青年らしく、幹部にも気後きおくれしない。

「よし、じゃあ離れへ案内するから、好きな時にそこへ身の回りのものを持って行きたまえ」


余談ながら、同じ日には、これもなかなか腕の立つ男で、大坂方面の探索たんさく手腕しゅわんを発揮する佐々木蔵之介という浪士が入隊した。

このため、佐々木は「愛次郎」と下の名前で呼ばれることになった。

いずれにせよ、この一件が佐々木愛次郎と佐伯又三郎との間にある種の因縁いんねんを残したことは書きとどめておきたい。


※作中の近藤の台詞は実際の天然理心流とは関係ありません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ