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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
約束之章
152/404

継承者たち 其之肆

一方、座敷を出た吉田屋の女中たちは、勝手場かってば噂話うわさばなしきょうじていた。

「あ~緊張した。あのヒョロッとした浪人、仏生寺ゆうて、あっちこっちで暴れとる都の鼻つまみもんらしいで」

「ふうん」

気のない返事をしたもう一人の女中が、中沢琴だった。

「ふうんて…そおゆうたら、あんた、新入りやったなあ。どこの田舎から出てきたんか知らんけど、都の怖さがわかってへんみたいや」

「…髪、ほどいてくれる?」

琴は忠告を無視するように背を向け、後輩思いの女中にうなじを見せた。

「ええ?!さっき、せっかく結うたげたのに、またザンバラに戻すん?」

「田舎育ちなもんで、この髪型、こめかみの辺りがつっぱるの」


琴の頭の中はすでに「岩倉村の賭場」のことでいっぱいだった。

この都のどこかで、確かになんらかの陰謀いんぼうが進行中で、長州の過激派はそれにかかわろうとしている。

ようやく「寺田屋の残り火」に少し近づけたと感じたとき、ふと清河八郎の顔が思い出された。

琴は、清河の身を案じているつもりなどなかったが、彼と連絡をとる口実が出来て、内心ホッとしているのを自覚せざるを得なかった。



だが、ここでもうひとつ、重要なことに触れておかなければならない。

桂小五郎が江戸に滞在していたちょうどその頃、ちょっとした話題になった事件があった。


早々に種あかしをすれば、討幕とうばく運動のフィクサー、清河八郎が暗殺されたのだ。

中沢琴が、遠く江戸にいる清河に想いをせていたとき、すでに彼はこの世の人ではなかったことになる。


文久三年四月十三日。

その日、清河八郎は、友人宅からの帰路きろ麻布あざぶ一ノ橋あたりで陣笠じんがさ目深まぶかにかぶった男から声をかけられた。

「これは。清河先生ではありませんか」

男は陣笠をとって深く(こうべ)を垂れた。

清河は相手の正体に気づかぬまま、返礼のため自らも陣笠に手をかけた。

ところが。

彼のき手が笠に触れた途端とたん、背後から忍び寄ったもう一人の男が清河に斬りつけた。

「こんな子供だましの手に引っかかるとはな。無念だよ」

清河は不敵ふてきに笑い、

そして、たおれた。

かつて清河と反目はんもくしつつ、ともに浪士組を京まで率いてきた佐々木只三郎、逸見又四郎らが、ついに目的をげたのだと言われる。


誤解を恐れずに言えば、正義とは、すなわち権力だ。

つまり、この時点での正義は、佐々木只三郎や、近藤勇ら浪士組にあった。

彼らは悪の謀略ぼうりゃくめぐらせる勢力を食い止めたのだ。

その悪運を武器に、天をさえひっくり返そうと目論んだ男は、こうして大それた野望に対する正義の鉄槌てっついを下された。


だが、清河が夢見た回天かいてんこころざしは、

高杉晋作たかすぎしんさく久坂玄瑞くさかげんずい松下村塾しょうかそんじゅく四天王、

かの坂本龍馬、そして西郷隆盛へと受け継がれてゆく。

こののち、日本国の運命は二転三転して、彼らも次々と志半こころざしなかばに倒れて行くことになるが、

奇しくも生前の清河が語った通り、

人間の強い意思は、ときに天命にも屈しない。

最後まで運命にあらがい、彼らがコツコツと穿(うが)った巨大な岩をついに打ちくだいた男こそ、

希代きだい英傑えいけつ、桂小五郎だった。

彼自身はもちろん、まだそのことを知らない。



「どうだった」

吉田屋の勝手口かってぐちを出てきた中沢琴に阿部慎蔵が声をかけた。

「岩倉村…。あの浪人は岩倉村の賭場に行くと言っていた」

琴がうわそらで答えると、阿部は満面まんめんの笑みを浮かべた。

「あんたにゃ、やっぱり俺の助けが必要だな」

「どうして?」

「岩倉村の賭場なら、俺が案内できるからさ。つまり、あんたを助けられるのは俺だけってわけだ。行きたいんだろ?」

琴はいきなり阿部の腰からぶら下がっているユニコーンの根付ねつけを引っつかむと、身体からだごと引き寄せた。

「なぜそこまでしてわたしに付き合う?」

だが阿部自身にもこの得体のしれない浪人に肩入れする理由は分からなかった。

阿部は間近まぢかに迫る美しい顔に、思わず吸い込まれそうになる自分を疑った。

この男に抱いている感情は親近感とは違う何かなのか。

「ど…どっちにせよ、あんたに助太刀すけだちした時点で俺はもうここには居られねえ。ま、いたくもねえが。それに、あんたにはサッサと用事を済ませてもらって、大坂まで付き合ってもらわなきゃならん」

阿部は無理に笑ってごまかした。


とにかく、そうしたわけで、中沢琴は阿部慎蔵と連れ立って洛北らくほくの賭場へ向かうことになった。


阿部は、またしても琴が見せた奇妙な剣術を思い出してたずねた。

「あんた、烏天狗からすてんぐかなんかか?そういや、まだ名前も聞いてなかったな」

「九郎とでも呼んでくれ」

いくら阿部でも、それが偽名であることは分かる。

「ちぇ!天狗にあやかったつもりかよ(九郎は源義経=牛若丸の仮の名)」

当節とうせつ素性すじょうを知られていいことなんか何もないからな。たしか、あんたは阿部とかいったな」


「じゃあ俺のことは十郎とでも呼んでくれよ!」

阿部は、ふてくされてこたえた。

それでも、他人に気を許さない琴がほとんど初対面の相手を名前で呼ぶのは珍しいことだった。


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