表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
約束之章
149/404

継承者たち 其之壱

同日、丸太町三本木まるたまちさんぼんぎの料亭、吉田屋。

中沢琴たちがドタバタ劇を演じたしばらく後、その吉田屋に仏生寺弥助ぶっしょうじやすけが到着した。

軒先の行灯(あんどんにはすでに火がともっている。


「おや?わたしは桂先生に呼ばれたはずですが」

迎えに出た背の高い男をみて、仏生寺は意外な顔をした。

「あいにく、桂は危急ききゅうの用事で江戸へ下っております。僕は留守をあずかっている久坂と申します」

若くして右筆ゆうひつにまで登りつめ、京都留守居役(るすいやく)を任された桂小五郎は、この四月、伊藤俊輔いとうしゅんすけ(後の初代内閣総理大臣、伊藤博文)とともに江戸に入り、京を離れていた。


同じ月には、かの高杉晋作が学習院御用掛がくしゅういんごようがかりを仰せつかり、入れ替わるように上京していたが、仏生寺を迎え入れたのは、その高杉と並び称される俊才しゅんさいにして「松下村塾しょうかそんじゅく四天王」のひとり、久坂玄瑞-クサカゲンズイ-である。


いまや、都には四天王のうち三人までが集結し、時代はまさに風雲ふううん急を告げようとしていた。

わけてもこの久坂は、幕末期を代表する思想家しそうか吉田松陰よしだしょういんからもっとも愛されたと言われる男である。


「先生、目が赤いが、どこかお加減かげんでも?」

仏生寺のほおはこけ、落ちくぼんだ目の周辺は青黒く(くま)取られている。

あきらかに病的なその面相めんそうを、久坂が(いぶか)しむのも無理はなかった。

「いやいや。お気遣きづかいは無用。ただの寝不足です」

「ならよろしいが」

賓客(ひんきゃく)を気遣う言葉とは裏腹うらはらに、久坂は無表情のまま仏生寺を招き入れた。

その眼にはどこか見下したところが見て取れたが、仏生寺は相変わらず飄然(ひょうぜん)座敷ざしきに足を踏み入れた。

「イグサ(畳の材料)の香りがするお座敷なんて久しぶりだ。桂先生のお招きでないとしたら、これはいったい、どうした風の吹き回しかな」

「そう身構みがまえないで下さい。桂の用件をことづかったのは本当です。それに、僕自身、あの桂がわざわざ名指しでお招きしたという剣客けんかくに是非一度お目にかかりたかった。都くんだりまで来てくださった貴殿きでんをもてなすのがそんなに変でしょうか?」

「そんなご大層なものじゃありませんよ。実際んとこ、道場の連中からおいてけぼりを喰らったので、勝手に後からついてきたくらいだ」

仏生寺は自嘲じちょう的にそう打ちあけたが、

久坂は本気にしなかった。

「ご謙遜けんそんを」


事実、長州にとって彼のような人材は貴重だった。

なぜならこの雄藩ゆうはんには、松下村塾四天王を筆頭ひっとうに、英才えいさい俊才しゅんさいとよばれる人材は掃いて捨てるほどいたが、音に聞こえた剣客けんかくといえば桂小五郎か来島又兵衛きじままたべえの名前くらいしか見あたらない。

それは彼らが中沢琴に手もなくひねられたのを見ても明らかだ。


刀や弓は、すでに銃砲などの火器に戦いの主役をゆずろうとしていたものの、精神性を重んじる武士社会では、人物を測るうえでやはり剣の腕がモノを言う。

だからこそ桂小五郎は(きた)るべき攘夷決行にそなえ、古巣ふるすの練兵館に手紙を書き送って人をかき集め、当主斉藤弥九郎(さいとうやくろう)には特に仏生寺弥助の上京を強くうたのである。


だが長州の応援に()せ参じた斉藤新太郎(二代目斉藤弥九郎)とその門徒たちは、素行そこうに問題のあるこの天才を同志には相応(ふさわ)しくないと見限って、切り捨てたようだ。


若干23歳にして少々才気が勝ちすぎるところのある久坂もまた、教養というものを持たない人間をあからさまに(さげ)すんでいた。

しかし彼には、仏生寺を罰しようとした入江九一とは別の思惑おもわくがあるようだ。


「それはひどい話ですね」

形ばかり同情を示したものの、その声には相変わらず何の感情のこもっていない。

しかし、こうした扱いに慣れている仏生寺は、失礼な態度にも動じなかった。

「私は文盲(ぶんもう)(文字がよめない人)でして。黙ってりゃ手紙の内容など分からないと見くびられたんでしょう。けど、そんなこたみなの様子を見ていれば嫌でも分かることです」

「なるほど、さもあらん」

久坂は適当に調子を合わせながら事務的に仏生寺へ上座かみざを勧めると、いかにも天下の俊才らしく単刀直入に切り出した。

「先生は馬関海峡ばかんかいきょう(現在の関門海峡)で攘夷に加わるおつもりなのでしょう?実は、下関へ向かう道すがら、護衛ごえいをお願いしたい御仁(ごじん)がいます」


このころ、久坂玄瑞は朋友ほうゆう入江九一とともに、侍従(じじゅう)中山忠光を京から連れ出し、自らがひきいる光明寺党こうみょうじとうの党首に据えようと画策かくさくしていた。

中山忠光はのちの明治天皇の叔父にあたる公卿くぎょうだが、攘夷思想に傾倒(けいとう)しており、長州の過激派と気脈きみゃくを通じていた。

ほんの一刻いっときほど前も、彼らは同じ部屋でその段取りを打ち合わせていたばかりだ。


しかし、この日に限って予期せぬ事態が発生した。

同志のひとりが、庭でこの密議みつぎを盗み聴きしている怪しい小男を見つけたのだ。

その間諜(スパイ)とは、言うまでもなく阿部慎蔵が助けた頬傷ほおきずの男、仙吉である。

そして、まさにこの瞬間も入江九一や杉山松吉らが、その間諜かんちょうを追跡しているはずだった。

だが、それについてはひとまず置いておこう。


久坂はあえて核心かくしんに触れず、遠回しに中山卿の警護を依頼したのだった。

「ははあ。そりゃあ誰です?」

仏生寺は当然の疑問を口にした。

「今はまだ、さるやんごとなき身分のお方と言っておきましょう。出立しゅったつの日、あなたが来てくだされば、そのとき正体を明かします」

「それは興味をそそられる趣向しゅこうですね。だがあいにく、わたしは長州の人間じゃない。桂先生のおっしゃることなら一も二もなく引き受けるが、勝手にこのような話を受けるわけにはいきません。今回の件は聞かなかったことにしておきしょう」

久坂は完全に見下していた相手にあっさり(そで)にされて内心苦ったが、プライドの高い彼が、そこで感情を現すことはなかった。

そして、席を立とうとする仏生寺をすぐさま別の切り口で攻めた。

「しばし。ならば、なぜ長州の名を借りて金策をするのです」

本来、こうしたストレートな物言いこそ久坂玄瑞の本領だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ