浅葱色の羽織 其之参
近ごろの近藤らしからぬ言動を気にかけていた土方は、八木家で葬式があった日、故郷の友人井上松五郎を訪ねて、大坂に行った本当の理由を打ち明けた。
井上松五郎は言った。
「勝太(近藤勇)を信じてやれ。奴が最後に頼れるのはお前たち試衛館の門人だけだ。歳、お前が奴を護るんだ」
近藤が無理をしているのは間違いない。
土方はやり切れない気分にさせられた。
大石内蔵助のような義士に憧れ、武士になることを目指した男が、やっと陽のあたる場所に出られたと思った矢先、押し借りの片棒をかつがされ、同志をその手にかけたのだから。
土方は、それが本当に近藤の望んだやり方なら、むしろそれでもいいとさえ思っていた。
しかし、ならばなぜその金で死装束を作ろうとするのか。
土方は近藤につめよって襟首をつかんだ。
「腑抜けてんのはどっちだ。今のてめえは捨て鉢になってるだけだろ!」
「俺が腑抜けてる?バカ言え」
図星を突かれた近藤は、また目をそらした。
「しっかりしねえか!いったいあの夜のことを何時までひきずってりゃ気が済む?そんなんじゃ、下の者も戸惑うばかりだぞ」
命をあずけてもいいとさえ思っている親友を責めるのは耐えがたいのだろう。
そう言った土方の表情も苦痛に歪んでいた。
佐伯又三郎は思わぬところで近藤派のほころびを見てほくそ笑んでいる。
それに気づいた沖田は苦い顔で、井上源三郎に肩をよせた。
「止めた方がいいかな?」
井上、近藤、土方、沖田。四人はまだ少年と言っていい頃からの遊び仲間だった。
「ほっとけ。あれはもう“カッちゃん”と“トシ”のケンカじゃない。我々は二人の決めたことに従うのみだよ」
周囲がふたりの張り詰めた雰囲気に凍りつくなか、井上だけはなぜか笑みを浮かべている。
「放せよ!」
近藤は土方の腕を振り払った。
「そうさ。俺は初めて人を殺して、みっともなくクヨクヨしてる。だがな、後悔はしてねえ。すべては大義のためだ。この浅葱色はな、公儀に楯突く奴らに、俺たちは命を張ってるんだと思い知らせるための色だ!」
山南敬介の諫言は、近藤の悩みを断ち切ったが、人を斬った痛みまで癒したわけではなかった。
それどころか、殿内の一件を胸に秘めたまま、己のやるべきことに命をかける決意をさせたのだ。
近藤は死をもってその罪を贖おうとしている。
だが、この時それに気づけたのは、土方歳三のほか井上源三郎くらいしかいなかったかもしれない。
なぜなら、かつての島崎勝太という少年を知るのは彼らだけだったからだ。
近藤勇の内面は、島崎勝太であった頃と何も変わっていない。
島崎少年、つまり近藤勇は、他に選択肢がなかったときでも、自分の過ちを「仕方がなかった」と言い訳するようなことはなかった。
同じ理屈で、彼は殿内義雄を「黒」と断じたあとも、自身の行為を正当化できないでいる。
おそらく、誰しもが大人になる過程で割り切る現実を、近藤はありのまま直視しようとしていた。
それは近藤の美徳であり、弱点だった。
土方にはその様子がもどかしい。
逆に言えば、そうした灰色の部分を受け入れることこそが、大人になるということなのだ。
「くだらねえ。死んじゃ元も子もねえだろ。言っとくがなあ、代々百姓の俺からすりゃ、将軍様にはなんの恩義もねえ。それはあんただって似たようなもんだろ。俺たちは成り上がるために京に出てきたんだ!」
「ああ、そうだ。だが俺の言ってる大義ってのはそんなことじゃねえ。公方様がいなきゃ、この国は列強に互することはできん。長州なんて火事場泥棒みたいな奴らに、好きに引っ掻き回されてたまるか!」
「じゃあ、あんたは顔も知らねえ男のために、命を懸けられるっていうんだな?」
「…ああ、少なくとも俺はそのつもりだ」
近藤の決意に一同はゴクリと唾を飲んだ。
「…いいね。その心意気、買ったぜ」
原田がニヤリと笑う。
「ちぇ、聞いた風な口を」
永倉がくさすと、原田は腹の辺りをポンと叩いて鼻息を荒くした。
「俺の身体は金物の味を知ってんだよ、お前らといっしょにしてもらっちゃあ困るぜ」
土方は二人のやり取りを黙って聞いていたが、やがてポツリと言った。
「…上等だ。付き合ってやるぜ」
「ふん、そうかよ」
近藤は素っ気なく応えたが、本当は知っていたのだ。
土方歳三という、この女たらしの皮肉屋は、滅多なことで人に同調などしないが、一度口にしたことは何が何でも守り通す男だと。
彼が付き合ってやると言えば、それは死ぬまで付き合うという意味なのだ。
それは、仮にこの先、近藤が先に死ぬことがあっても変わらないだろう。
大文字屋の弥右衛門は、思いがけない波乱万丈の物語りについつい聞き入っていたが、話が途切れたとたん急に我に返った。
「あの~?」
「いろいろ悪かったね、まあ心配しなさんな。この羽織の金はちゃんととってあるから」
井上源三郎がニッコリと笑って言った。
結局、三人の脱走者が帰ることはなかった。
この後も、浪士組を逃げ出す者は後を絶たなかったが、それでも組織は膨張を続けていく。
趣味がいいかどうかは別にして、浅葱色の羽織が発揮した絶大な宣伝効果も無視できない。
奇しくも土方が言ったとおり「死に装束」を彷彿させるそのいでたちに攘夷派は戦慄し、京で身を立てようとする者は羨望の眼差しを向けた。
浅葱色をまとった一団が街をゆく姿は、その後百五十年を経ても京の人々の記憶から消せないほど強烈な印象を残すことになるのだ。
おかげで入隊希望者はまたたく間に百名を越え、そこからより抜かれた三十名近くの人間が、新たに加わることになった。
これについては、またあとで触れようと思う。
ともあれ、現地採用の隊士が増えはじめたことで、彼らはより緻密な市中の見回りが可能になった。
それにともなって、いわゆる不逞浪士と衝突する機会も増えていく。
「一人一殺」の掟が足かせになって、敵味方を問わず多くの血が流れたのは言うまでもない。
そして資金面の問題も、それに比例して深刻になっていった。




