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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
約束之章
143/404

浅葱色の羽織 其之壱

さて、斎藤一らが島原大門で立ち回りを演じた半刻はんときほどのち。

壬生村の浪士組屯所ろうしぐみとんしょにめずらしい訪問者があった。

大文字屋源蔵だいもんじやげんぞうの使いで弥右衛門やえもんと申します」

玄関に出た八木家の次男為三郎にそう名乗ったのは、舟屋町ふなやちょうにある呉服屋、通称「大丸」の手代てだいである。

柄の悪い浪士たちの風体ふうていにすっかり目を慣らされた為三郎は、見るからに生真面目な商人を胡散臭うさんくさげに頭のてっぺんから足の先まで眺めまわした。

しかし、ほとんどの隊士は巡察じゅんさつ(市中の見回り)に出ているか、壬生寺での調練ちょうれんに駆り出されている。

為三郎は、少し考えてから、一番ヒマそうな男たちの名を叫んで屋敷の奥に駆けていった。

「芹沢せんせ!左之助はん!お客さんやで!なんとか屋やて!」


部屋の奥でゴロゴロしていた芹沢鴨は、その声を聞いて、どうせまた借金取りだろうと狸寝入たぬきねいりを決め込む。


が、今回はそうではなかった。


「なんだよもう、うるせえな」

原田左之助がのっそり現れると、大文字屋の弥右衛門やえもんは、お供の丁稚でっちに手招きをした。

あゆみ出た丁稚でっちの腕には、大きな柳行李やなぎごうり(柳で編んだカバンのようなもの)が抱えられている。


「まいどおおきに。今日は羽織をお届けに上がりました」

「あ、そ。もうじき、みんな帰ってくるから、そこ置いといて」

原田は素っ気なくいうと、ふところに入れた手で胸板をボリボリかきながら背を向ける。

弥右衛門はあわてて原田を引き止めた。

「とにかく、中身を(あらた)めとおくれやす」

「え~、いいよお。着られりゃなんでも」

「まあ、そう言わはらんと」

弥右衛門が目配めくばせすると、丁稚は柳行李やなぎごうりの中から鮮やかな色の羽織を取り出して広げて見せた。

以前、局長の近藤勇が発注した隊服である。


「はぁん、なかなかいいんじゃねえの?」

そう感想を述べたのは、原田ではなく為三郎にイヤイヤ引っ張られてきた芹沢鴨だ。

「せんせ、着てみてや」

為三郎がせがむと、芹沢はまんざらでもなさそうに、あごを撫でた。

「そうだなあ。よし、ちょっと、それ貸してみろ」

丁稚でっちが芹沢に羽織を差し出すのをみながら、弥右衛門は思い出したように、辺りを見回した。

「あ、それと。斎藤せんせはおいやすか?」

「さあねえ。あいつになんか用かい?」

原田は気のない返事をして、芹沢の着替えをボンヤリ眺めている。


「いや、それが…」

弥右衛門が何か言いかけたところへ、壬生寺の境内で調練を終えた近藤勇以下、隊士たちがドッと帰ってきた。


「お、なんだなんだ?」

永倉新八が、芹沢鴨の珍しい格好に興味を示して近づいてくる。

弥右衛門は、ていねいにお辞儀じぎをすると、

「皆さんの隊服をお届けに参ったんどす」

ともう一度用件を述べた。


永倉につづいて、隊士たちも何事かとゾロゾロ集まってきた。

野次馬やじうまのなかには、釣られてきた女中のゆうも混じっている。


「なかなかカッコいいよな?」

芹沢が、満足げに袖口そでぐちのダンダラ模様もようを眺めて、隊士たちを振り返る。

こんな風に機嫌きげんのいい芹沢は久しぶりだ。

小さな八木為三郎などは、気前よく小遣こづかいをくれる芹沢には調子がいい。

「よう似合(にお)とるわ」

「お、そうかい?」


羽織のデザインを監修した近藤勇が、得意そうに土方歳三の腕をひじでつついた。

「芹沢さんも、アレで少し息を吹き返したみたいだ」

「…余計なことを」

土方は普段以上に苦虫にがむしつぶしたような顔になる。

「おまえも羽織ってみろよ」

「いやだね、そんなダッセえの。その色はまるで…」

近藤は鋭い目で土方をにらみ、その先を言わせなかった。


「…なに?」

ゆうが、二人の意味ありげなやりとりを見て、井上源三郎に首をかしげてみせる。

井上はただ苦笑いして、

「よし、じゃあ明日からはこの隊服で見回りをしようじゃないか」

と皆に呼びかけた。


「いやいや、俺の分はいい」

芹沢が、照れ笑いを浮かべて手を振った。

「なぜ?」

井上が意外そうにたずねると、芹沢は羽織を脱いで、

「言ったろ?こないだ新見たちと一緒に菱屋ひしや紋付もんつきをあつらえたばかりでな。それはあんたたちで着ればいいさ。いい宣伝になるだろうぜ」

と笑って外へ出て行った。


「どうやら、あんたより服の趣味はマトモらしいぜ」

土方は、いつもの覚めた微笑で近藤の肩をポンと叩いた。


弥右衛門は、商品の評判がかんばししくないことに不安な顔をしている。

そもそも荒っぽい浪士組に彼のような中堅ちゅうけんどころが差し向けられたのは、残りの半金を取りっぱぐれないようにと、主人の大文字屋源蔵だいもんじやげんぞうが予防線を張ったからだ。

実は、彼らが以前そろいの紋付を作ったのもこの店で、支払いはいまだ滞ったままなのだ。

弥右衛門としては、ここで期待に応えて、番頭ばんとうへの出世の足がかりにしたいところである。

どうやってこの荒くれ者たちを言いくるめて金を回収しようかと算段していると、

「よう!斎藤!大文字屋のお使いがお前に用があるってよ!」

原田左之助が、門の方に向かって叫んだ。


佐伯又三郎と連れ立って巡察から帰ってきた斎藤一は、まっすぐはなれに向かおうとしたところで、母屋おもやの人だかりを振り返った。

「大文字屋?」


人混みをかき分けてきた斎藤が、見覚えのない男に眉をひそめる。

「呉服屋が俺に何の用だ?」

「いえいえ、御用ゆうても些細ささいなことで。この隊服をお届けに上がったついでみたいなもんどす」

弥右衛門は、いったい何度同じことを言わせるつもりだという言葉をグッと飲み込んだ。


くっついてきた佐伯又三郎が意地の悪い笑みを浮かべて斎藤をつついた。

「見てみ、この派手な羽織。ずいぶん間の悪いこっちゃな、斎藤先生。せっかく家木らに小遣こづかいまでやったのに、無駄金やったちゅうわけや」


弥右衛門はそれを聞いて、なにやら考え込むように斎藤の顔を見た。

「…ひょっとしたら、その話となんや関係があるかもしれんのどすけど」

斎藤が不審げに目を細める。


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