腐れ縁
さて、一刻ほどのち。
前川邸では、粛々と通夜が進行していた。
読経がひとしきり終わって、例の長々しい法話が始まりそうな気配になると、抹香臭いのが苦手な土方歳三や原田左之助はさっさと何処かへ行ってしまった。
芹沢以下水戸藩出身の一派は、平間重助をのぞいて誰も姿を見せていない。
さすがに近藤勇と山南敬介、八木源之丞あたりは大人しく仏の教えに耳を傾け、僧侶に礼を申し述べると、すぐ近所にある壬生寺まで仰々しく見送りに出かけていった。
他の隊士たちも僧侶が帰るとそれぞれ離れへ引き上げていったが、沖田総司は坊城通りを横切って、八木家の門前まで来たときにふと歩みを止めた。
中から、見覚えのある人物が歩いてくる。
「あれ?お秩さん。なんで?」
正確には、浜崎新三郎医師と石井秩が連れ立って門から出てきたのだ。
しかし、ふたりは暗い顔で会釈すると、黙って行ってしまった。
のん気な永倉新八が沖田を肘でつついて、
「う~ん…いまの医者んちの娘も捨てがたい。お琴ちゃんに、お祐に、あぐりちゃん、あと、今日来た借金取りのお梅。ウヒヒ、まったくこの壬生界隈は桃源郷だな…」
と、指折り数えながらニヤニヤしている。
「問題は、そのうちの誰も永倉さんを選んだわけじゃないってことですよね」
沖田は永倉のたわ言をバッサリ切り捨てると、腑に落ちない顔で門をくぐって行った。
そのころ、前川邸の奥座敷では、井上と平間、斎藤一だけが居残って番をしていた。
「ところで、あの見目麗しき借金取りは大人しく帰りましたか」
平間重助が線香に火をつけるのをぼんやり見ていた井上源三郎が、ふと思い出したようにたずねた。
「まあ、どうにかな」
平間はその火を掌で消しながら、憮然としてこたえる。
「馬詰の親父さんはアテにならんし、そろそろ優秀な勘定方がほしいところですなあ」
「まったく。しかし、それ以前に湯水のように金を使う筆頭局長をなんとかせねばなるまい」
平間がやれやれといった態で頭を振ったとき、噂の主が巨躯を折り曲げるようにして鴨居をくぐってきた。
「聞こえてんだよ!」
「おや。芹沢さん」
井上は驚いた顔で芹沢鴨を見上げた。
「俺が、仲間に線香をあげに来ちゃ変かよ?」
「いやいや、失礼しました。どうぞお顔を見てやって下さい」
井上が微笑んでうながすと、芹沢は平間を横目で見て、
「ちぇ、冗談じゃねえ。こいつがあんまりうるせえから仕方なくきたんだ。薄気味悪い死に顔まで拝みたいとは思わんね」
と吐き捨てた。
ずんぐりとした平間の身体が、壁のように芹沢の前へ立ちはだかった。
「あんたは筆頭局長なんだろう?短い間でも、阿比留は大切な部下だったはずだ!」
寡黙な男のいつになく激しい口調に、隅で片膝を抱えて座っていた斎藤一も驚いて思わず顔をあげる。
「…故郷を遠く離れた都で客死した同志を、せめてあなただけでも偲んでやるべきじゃないのか。それが出来ないなら、あなたに隊を率いる資格はない」
平間は背を向けてそう言い残し、静かに部屋を出て行った。
井上は、気まずい雰囲気を取り繕うように、座布団をすすめた。
「さあさ、阿比留さんの無念も、筆頭局長に手を合せてもらえば少しは晴れるでしょう」
芹沢は神妙な面持ちで正座すると、白い布をめくって、阿比留の死に顔をしばらくのあいだジッと見つめていた。
やがて彼は、独り言のように話しはじめた。
「…あの平間ってのは、俺ん家の御用人のせがれでな。無口だが気のいい奴なんだ。ほんとは俺みたいな穀潰しと一緒にいるような男じゃないのさ。だが、あれでなかなか骨があるんだぜ。あいつだけは俺の顔色を見ないでモノを言いやがる。たいして強くもないくせにな」
井上源三郎は表情を引き締め、小さくうなずいた。
「いざという時に頼りになるのは、ああした人ですよ」
「かもな。…あんたもさ、ちょっと似てるぜ、あいつによ。たいして強くないとことかさ」
芹沢は、照れ隠しに憎まれ口をたたくと、フイと立ち上がり、八木家の母屋へ引き返していった。
しかし、隊士の死がある種の感傷をもって語られたのはこのころまでだったかもしれない。
やがて、こうした催事は日常茶飯事となっていった。
さて、沖田総司が石井秩の沈んだ表情に引っかかりを覚えながら離れにもどってくると、隊士たちがいつもより遅めの夕飯をとっていた。
部屋に入るなり妙な違和感に気づいた沖田は、もういちど一座を見渡して、また驚かねばならなかった。
「あら?原田さん?なんで?どういうこと?」
違和感の正体は、いつもなら母屋で飯を食っているはずの原田左之助の存在だった。
「…よう。ま、ちょっとな」
原田は煮え切らない返事をすると、この男にもっとも似つかわしくない悲しげな表情を浮かべてうつむいた。
そのとき、沖田は先ほどの一件を思い出して、また良くないことが起きたのだと直感した。
陰鬱な夜が更けてゆく。
芹沢は言うにおよばず、浪士組首脳部の意向としては、面倒な葬儀を早く終わらせて通常業務に戻りたいというのが本音だっただろう。
しかしその夜、原田がもたらした訃報によって、阿比留の埋葬は、一日、日延べとなった。




