表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
136/404

腐れ縁

さて、一刻ほどのち。

前川邸では、粛々(しゅくしゅく)通夜つやが進行していた。

読経どっきょうがひとしきり終わって、例の長々しい法話ほうわが始まりそうな気配になると、抹香臭まっこうくさいのが苦手にがてな土方歳三や原田左之助はさっさと何処かへ行ってしまった。

芹沢以下水戸藩出身の一派は、平間重助をのぞいて誰も姿を見せていない。


さすがに近藤勇と山南敬介、八木源之丞あたりは大人しく仏の教えに耳を傾け、僧侶そうりょに礼を申し述べると、すぐ近所にある壬生寺まで仰々しく見送りに出かけていった。


他の隊士たちも僧侶が帰るとそれぞれ離れへ引き上げていったが、沖田総司は坊城通りを横切って、八木家の門前もんぜんまで来たときにふと歩みを止めた。

中から、見覚みおぼえのある人物が歩いてくる。

「あれ?おいちさん。なんで?」

正確には、浜崎新三郎医師と石井秩いしいいちが連れ立って門から出てきたのだ。

しかし、ふたりは暗い顔で会釈えしゃくすると、黙って行ってしまった。

のん気な永倉新八が沖田を肘でつついて、

「う~ん…いまの医者んちの娘も捨てがたい。お琴ちゃんに、おゆうに、あぐりちゃん、あと、今日来た借金取りのおうめ。ウヒヒ、まったくこの壬生界隈みぶかいわい桃源郷とうげんきょうだな…」

と、指折り数えながらニヤニヤしている。

「問題は、そのうちの誰も永倉さんを選んだわけじゃないってことですよね」

沖田は永倉のたわ言をバッサリ切り捨てると、に落ちない顔で門をくぐって行った。



そのころ、前川邸の奥座敷おくざしきでは、井上と平間、斎藤一だけが居残って番をしていた。


「ところで、あの見目麗みめうるわしき借金取りは大人おとなしく帰りましたか」

平間重助が線香に火をつけるのをぼんやり見ていた井上源三郎が、ふと思い出したようにたずねた。

「まあ、どうにかな」

平間はその火をてのひらで消しながら、憮然ぶぜんとしてこたえる。


「馬詰の親父さんはアテにならんし、そろそろ優秀な勘定方かんじょうがたがほしいところですなあ」

「まったく。しかし、それ以前に湯水ゆみずのように金を使う筆頭局長をなんとかせねばなるまい」

平間がやれやれといったていで頭を振ったとき、噂のぬし巨躯きょくを折り曲げるようにして鴨居かもいをくぐってきた。

「聞こえてんだよ!」


「おや。芹沢さん」

井上は驚いた顔で芹沢鴨を見上げた。


「俺が、仲間に線香をあげに来ちゃ変かよ?」

「いやいや、失礼しました。どうぞお顔を見てやって下さい」

井上が微笑ほほえんでうながすと、芹沢は平間を横目で見て、

「ちぇ、冗談じゃねえ。こいつがあんまりうるせえから仕方なくきたんだ。薄気味悪うすきみわりい死に顔までおがみたいとは思わんね」

き捨てた。


ずんぐりとした平間の身体が、壁のように芹沢の前へ立ちはだかった。

「あんたは筆頭局長なんだろう?短い間でも、阿比留は大切な部下だったはずだ!」

寡黙かもくな男のいつになくはげしい口調に、すみ片膝かたひざかかええて座っていた斎藤一も驚いて思わず顔をあげる。


「…故郷を遠く離れた都で客死かくしした同志どうしを、せめてあなただけでもしのんでやるべきじゃないのか。それが出来ないなら、あなたに隊をひきいる資格はない」

平間は背を向けてそう言い残し、静かに部屋を出て行った。


井上は、気まずい雰囲気を取りつくろうように、座布団ざぶとんをすすめた。

「さあさ、阿比留さんの無念も、筆頭局長に手を合せてもらえば少しは晴れるでしょう」

芹沢は神妙しんみょう面持おももちで正座すると、白い布をめくって、阿比留の死に顔をしばらくのあいだジッと見つめていた。

やがて彼は、ひとごとのように話しはじめた。

「…あの平間ってのは、俺ん御用人ごようにんのせがれでな。無口だが気のいい奴なんだ。ほんとは俺みたいな穀潰ごくつぶしと一緒にいるような男じゃないのさ。だが、あれでなかなかほねがあるんだぜ。あいつだけは俺の顔色かおいろを見ないでモノを言いやがる。たいして強くもないくせにな」

井上源三郎は表情を引きめ、小さくうなずいた。

「いざという時に頼りになるのは、ああした人ですよ」

「かもな。…あんたもさ、ちょっと似てるぜ、あいつによ。たいして強くないとことかさ」

芹沢は、照れ隠しににくまれ口をたたくと、フイと立ち上がり、八木家の母屋へ引き返していった。


しかし、隊士の死がある種の感傷かんしょうをもって語られたのはこのころまでだったかもしれない。

やがて、こうした催事さいじ日常茶飯事にちじょうさはんじとなっていった。



さて、沖田総司が石井秩いしいいちの沈んだ表情に引っかかりを覚えながら離れにもどってくると、隊士たちがいつもより遅めの夕飯をとっていた。

部屋に入るなり妙な違和感に気づいた沖田は、もういちど一座いちざ見渡みわたして、また驚かねばならなかった。


「あら?原田さん?なんで?どういうこと?」

違和感の正体は、いつもなら母屋おもやで飯を食っているはずの原田左之助の存在だった。

「…よう。ま、ちょっとな」

原田はえ切らない返事をすると、この男にもっとも似つかわしくない悲しげな表情を浮かべてうつむいた。

そのとき、沖田は先ほどの一件を思い出して、また良くないことが起きたのだと直感した。


陰鬱いんうつな夜がけてゆく。


芹沢は言うにおよばず、浪士組首脳部の意向としては、面倒めんどう葬儀そうぎを早く終わらせて通常業務に戻りたいというのが本音だっただろう。

しかしその夜、原田がもたらした訃報ちょうほうによって、阿比留あびる埋葬まいそうは、一日、日延ひのべとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ