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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
135/404

麗人、返済を迫る

壬生浪士組筆頭局長ろうしぐみひっとうきょくちょう、芹沢鴨は、隊士のひとりが頓死とんしした翌日ですら、習慣を変えようとしなかった。

「さあ、芹沢さん。辛気しんきくせえのはまっぴらだ。どんどんいこう」

八木家の一室で、副長助勤の平山五郎からしゃくを受けながら、チビチビと酒をめている。


永倉新八が、めずらしく芹沢の個室に顔を出したのは、そんな昼下ひるさががりのことだった。

「芹沢さん!あらら…こんなときに酒盛さかもりかよ」

永倉はふすまを開けるなり、芹沢を取り巻く平山や野口健司、佐伯又三郎らを見渡してあきれかえったものの、すぐにニヤニヤして玄関の方をあごでしゃくった。

「なんかえらく色っぽい姉ちゃんが来てるぜ」

「俺に?」

横になって酒を飲んでいた芹沢は、めんどくさそうに身体を起こした。


「ヒヒヒ、コレかい?」

永倉は目尻めじりを下げて小指を立てて見せる。

部屋の片隅でひとり本を読んでいた平間重助が、不審ふしんげに顔をあげた。

しかし芹沢には、屯所とんしょまで訪ねてくるような相手など思い当たらない。

「ケッ、まったく、てめえの下品さにはあきれるぜ!」

永倉に毒づいて不承々々(ふしょうぶしょう)玄関に出てゆくと、

脚をくずして上りかまち腰掛こしかける見覚えのない女の後ろ姿があった。

きぬの付け下げ小紋こもんに真っ白な襟足えりあしがまぶしい。

しかし、振り返ったそのおもては、さらに目を疑うほどの美貌びぼうだった。

年のころは二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。

まるで講談に登場する貂蝉ちょうせん(三国志のヒロイン)もかくやと思わせる色香いろかを身にまとっている。


菱屋ひしやの使いのもんどす」

謎の女はその容色ようしょくに似合わない剣のある声で切り出した。

しかし芹沢は、用件を聞くなり壁に寄りかかって大笑いしだした。

「アハハハ、今度は、あんたが借金取りかい?菱屋の野郎、泣き落としの次は色仕掛いろじかけとはな!こいつは傑作ケッサクだ。まったくさ、したたかな奴だせ!ハハハハ…あ~おかしい」

女は何が面白いのかサッパリわからないという顔で、ふところから取り出した扇子せんすを突きつけた。

「あのなあ、芹沢せんせ。笑いごとやおへんえ?奉公人ほうこうにんおどしつけて借金()み倒すやなんて、二本差にほんざしのええ歳した男のすることやないわ」

芹沢は笑いすぎて目にうっすら浮かんだ涙を指でぬぐい、

「…は~あ、姉ちゃんの言うことも、もっともだな」

と適当にあしらった。

「ね…姉ちゃん?」

女はいどみかかるようにキッと芹沢をにらみつける。

さすがの芹沢もその迫力に少し気圧けおされて、苦笑にがわらいした。

「そう恐い目で見るなよ。おっかねえ女だな、あんたも」

「あんたやのうて、うめどす」

菱屋の梅はピシャリと言った。

「おっと、すまん、すまん。そんじゃ、お梅さんよう。実は急におっんじまった隊士がいてなあ。寺に払う金やらなんやらで、本当にいま手持ちがねえんだ。悪いが日をあらためて出直してもらえないか」

「見くびらんといてや、局長はん。そない見えいたうそで、うちが引き下がる思うたはるんやったら、あもおすえ」



「…芹沢が押されてるよ」

前庭の植え込みのかげから、この様子を隠れて見物していた藤堂平助が、面白そうにつぶやいた。

そのとなりには、沖田総司も身をかがめて対決の行方ゆくえを見守っている。

はなれは葬儀の準備にいそがしく、庭は道場の建設中とあって、屯所でやることのない二人はヒマをもてあましていた。

しかたなく大工仕事を見物しているところに、妖艶ようえんな美女が母屋へ入っていくのを見かけて、あとをつけてきたのだ。

「…どっかで見たような性格だなあ」

二人はそろって庭先を掃除しているゆうを返り見た。


「なんやて?あんなんと一緒にせんといて!」

ゆうも借金取りと筆頭局長の攻防に聞き耳を立てていたらしく、怒りながらも、竹箒たけぼうきをおいて野次馬やじうまに加わった。

「けど、あっちの方が綺麗なぶん、凄みがある」

藤堂の挑発ちょうはつゆうはまんまとのせられた。

「うちかて、化粧けしょうしたらあんなもんやないで」

「そういや、化粧っけないなあ。たまにはしてみれば?」

沖田に間近からしげしげ眺められたゆうは、顔を赤くして突っぱねた。

「はん!あんたら相手にそんなことしてどないなるちゅうねん!」


「なにやってんだ?おまえら」

三人の背後、坊城通りから声をかけたのは土方歳三だった。

阿比留鋭三郎の通夜つやのため、壬生寺の僧侶そうりょを井上源三郎とふたりで先導してきたところだ。

江戸からやってきたばかりの阿比留には、当然京に近親者きんしんしゃはなく、弔問ちょうもんにやってくるような親しい者もなかったから、葬儀は浪士組の中でひっそりと行うことになっていた。

もちろん、土方と井上がことさら小ぢんまりとした式にこだわったのは、阿比留の謎めいた死に方も少なからず関係していたが。


「みてよ。芹沢さんの客、傾城けいせいの美女ってのは、ああいうのを言うんじゃない?」

沖田は身をかがめたまま、母屋おもやの玄関を指さした。

「借金取りだけどな」

藤堂が茶々(ちゃちゃ)を入れる。

「まったく、ヒマな奴らだな」

土方はあきれたように肩を落として、件の女にちらりと視線を移すと、聖職者せいしょくしゃの眼前にもかかわらず、ヒューと口笛を吹いた。

「覚えときな、青二才ども。女ってのはなあ、場合によっちゃ、そこいらの不逞浪士ふていろうしなんかよりよほど恐ろしいぜ。ありゃあ、こないだ観た“玉藻御前たまもごぜん”のたぐいだ。傾城けいせいとはよく言ったもんさ」

俗っぽいことこの上ない話題に、井上が気まずそうに咳払いして、

「遺体は前川さんのお宅に安置あんちしております。足元が悪うございますからお気をつけて」

と僧侶たちをかした。



一方、芹沢鴨は、うめが身を乗り出したところへ都合よく通りかかった僧侶をチラリと見やって肩をすくめた。

「な?ウソじゃねえだろ」

釣られて振り返った梅も、袈裟けさを着た坊主頭の男を見て、渋々(しぶしぶ)納得するしかなかったようだ。

赤い唇をかるくむと、手にした扇子でピシリと床を打った。

「五日や!」

梅は芹沢の顔につんと尖った鼻先をよせ、蠱惑こわく的な笑みを浮かべた。

「…それ以上は待てしまへんえ」

「あ、ああ」

「武士に二言にごんはおへんやろなあ、芹沢せんせ」

芹沢は人差し指を眉間みけんにあてて、片目をつぶった。

「自分が武士だってことを、いま思い出したぜ」

「ふふ、面白いお人どすなあ、せんせは。ほな、また寄らせてもらいます」


京女らしからぬ梅の気風きっぷのよさに、芹沢は、しばし唖然あぜんとしてその後ろ姿を見送っていた。

沖田たちも悠然ゆうぜんと引きげていく梅に、感じ入ったように見とれている。


芹沢の背後には、いつからか鼻の下を伸ばした永倉と、不機嫌ふきげんな顔をした平間重助が並んでいる。


「あれは手強てごわそうですな」

平間がボソリとつぶやいた。

芹沢は振り返りもせず、愉快ゆかいげに笑った。

「あれじゃ色仕掛いろじかけになってねえな。だが、いい女だ」

「…ハァ、そう言うと思った。重い腰をあげたついでに、阿比留さんに線香の一本もあげてやっちゃあどうです」

「なるほど、そうきたか」

芹沢は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて、平間を振り返った。

「神社に婿入むこいりした手前、いままでお前にも黙ってたことがある。告白するとな、俺は信じちゃいねえのさ。神だの、仏だの」

平間はまた大きなため息をついて、顔をしかめた。

「言われなくとも知ってる。それでもです」


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