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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
132/404

魑魅魍魎、跋扈 其之肆

「それにしても驚きましたね。オレたちの他にも清河を狙ってた奴がいたとはさ。あの男はいたるところでうらみを買ってるみたいだ」

仏生寺が出て行くと藤堂は永倉に肩を寄せてささやいた。

「ま~ったく大した偶然もあったもんだ!この分じゃ、清河の悪運あくうんも長くは続かねえなあ!」

永倉は、まるでこの場にいる誰かに聴かせようとでもするように声を張り上げた。

「永倉さん!?」


琴は永倉に正体がバレたことを悟って、腰を浮かせた。

いずれにせよ、早く仏生寺の後を追わねばならない。

勘定かんじょうを」

と声をかけたが、主人は浪士組の二人にクドクドと礼を述べるのに忙しい。


「ほんまに。ほんまにおおきに」

「いいよ。仕事なんだから」

永倉はわずらわしそうに手を振った。

しかし、主人はこのまま永倉たちを帰しては不味マズいと思ったらしい。

「そういうわけには。これ、すくのおすけど」

と、上がりの一部を差し出した。

どうやら主人には、というより京の人々には、浪士組と侠客ヤクザの区別さえついていないようだ。

永倉はどうにもやり切れなくなった。

「なんだあ?そりゃ!みかじめ料かなんかのつもりかあ!?」

「ひっ!」

主人は血の気を失って身をすくめる。

永倉はすっかり閉口へいこうして、

「…あのなあ。そんなに身銭みぜにを切りたいなら、この兄ちゃんに飲み代をおごってやんなよ」

と変装した中沢琴の肩に手をおいて、妥協案だきょうあんを示した。

「そ、それくらいやったら、おやす御用ごようどす」

主人は嬉々(きき)としてうなずいた。


「いや、私は…」

琴は突然話に巻き込まれて、戸惑とまどいをかくせない。

この永倉という男にはいつもあわてさせられる。


「いいからいいから。“貸し”はいずれ返してもらうよ。イヒヒ」

永倉はニヤリと笑って、琴の腰のあたりをなでた。

琴は、いつから気づかれていたのだろうといぶかりながらも、永倉をにらみつけた。

だが、永倉はすべてを見透みすかしたように、

「早く行かねえと、仏生寺の旦那を見失っちまうぜ?」

と店の外に目をやった。


「まったく…じゃあね、平助くん」

先を急ぎたい琴は、かるく首を振りながら店を出ていく。


「あーっ!あれ…」

藤堂もようやく気がついたらしく、出口を指さしたが、すでに琴の姿はない。



「いいか?今日あったことは誰にも言うな」

なおもペコペコと頭をさげる店主を振り切って表通りに出るなり、永倉がめずらしく真顔まがおで言った。

小石をりながら先を行く藤堂は、半分聞き流している。

「なに?お琴さんのこと?」

「ちがう!仏生寺のことだよ」

「別にいいけど、なんでさ?」

「芹沢さんは、あの酔っ払いを浪士組に引き入れようとしてる」

藤堂は歩みをとめ、芹沢と仏生寺が差し向かいで飲む様子を想像して顔をしかめた。

「…悪い冗談だぜ。だいたいさ、同門の永倉さんにゃ悪いが、あんなゴロツキみたいな男がこの町になんの用です?どう見ても、尊皇そんのうだの攘夷じょういだのってガラじゃないでしょ」

「血の匂いをぎつけて、魑魅魍魎ちみもうりょうどもが集まって来たってとこさ。しかし、あんな物騒ぶっそうな男まで姿をみせたってことは、都もこれからますます血生臭ちなまぐさいことになりそうだぜ」

永倉は気が重そうにつぶやいて、禁裏きんり築地塀つきじべいに視線を移した。



道草を食った二人が、禁裏きんり近辺を一周してその日のつとめを果たしたのは、日も暮れかかる頃だった。

やっと壬生村へ戻って来ると、八木家の門の前に、なぜか原田左之助がつっ立っている。


「腹が減った」


「…なに?」

永倉はまゆをしかめて聞き返した。

「腹が減ったんだよ!」

原田が不機嫌ふきげんに同じ言葉を繰り返した。


「なぜそんなことをおれに言う?」

「なぜって、おまえのせいで、いつまで経っても晩飯ばんめし支度したくができねえからだろ!」

永倉は、今の今まですっかり忘れていたお使いを思い出した。

「…あ!やっべ…」

となりを見たが、さっきまで肩を並べていたはずの藤堂はすでに屋敷に入ってしまった後だ。


「…おまえ、まさか」

永倉は、今にもわめき散らしそうな原田の口を押さえつけた。

「しーっ!これには、いろいろ深い事情があんだよ」

原田は憎悪ぞうおに満ちた目で永倉をにらみつけている。



「なに男同士でコソコソ話してるん?気持ち悪いな」

原田の後ろから、竹箒たけぼうきを肩にのせて近づいてきたのは、このところ姿をみせなかったゆうだ。

「おゆうちゃん!もう来ないのかと心配してたんだぜ」

永倉は話をそらす口実こうじつをみつけて、ゆうけ寄った。

「阿比留鋭三郎くらいにひるんどったら、不逞浪士ふていろうしの相手なんかできへんからな。それに、やっぱり浪士組のみんなと一緒にいたいから」

どこか吹っ切れたような笑みで、ゆうはなれを見やった。


「…ど、ど、どした?なにがあった?急にしおらしくなっちゃって。“浪士組のみんな”とか、そんな気持ち悪いこという柄じゃなかったろ?」

永倉は心配そうにゆうの肩に手を置いた。

ゆうはその手をにらんでから、軽くはねのけた。

「ま、若い新入りの中には二枚目にまいめもおるし、その他大勢もチヤホヤかしづいてくれるさかい、居心地がええゆう意味や」

「あ、ああ、そう…変わりなくて、安心したぜ」


ゆうは、げないでいる二人を品定しなさだめするように、人差し指をただよわせた。

「ま、あんたら二人は…微妙びみょうな線やけどな」

「おまえ…何でもかんでも正直にズケズケ言やいいってもんでもねえぞ…」

あの原田すらあきれさせる口の悪さだ。


「これ!今日は永倉はんがおゆうちゃんの代わりに八百藤やおふじ)へ行ってくれはったんえ」

話し声を聞きつけた八木雅やぎまさが玄関から顔を出し、めずらしく永倉の肩をもって、ゆうをたしなめた。

面倒な夕飯の支度したくもあらかた終わり、多少気持ちにもゆとりができたらしい。

あとは味噌汁みそしるに永倉が買ってきた大根と加茂茄子かもなすをいれるばかりのようだ。

「あ…いやあ、それが」

永倉はふたたび窮地きゅうちに追いやられた。

ピンときたゆうまゆを吊り上げる。

「なんや、行ってへんの?」

「いや、行くには行ったの!行くには行ったんだけどね!」

「ほんで、八百屋の店先まで行って、なんも買うてこんかったん!?」

「ごめん!なに買うか忘れちゃってさ」

ゆうは鬼の首を獲ったように、雅にまくしたてた。

「みてみ、御寮ごりょんさん(奥さんの意)。ほんま、使えへんやろ!」

「おゆうちゃん、ほんまにもうええさかい」

タジタジの永倉をみて、まさはおかしそうに口元をおおった。

「そやけど、子供やないねんから、なに買うか忘れたて!」


原田も、だんだん永倉に同情を覚えてきたらしい。

「もう勘弁かんべんしてやれよ。こいつも、よかれと…」

ゆうあわれむように原田を見て、ため息をついた。

「わかってへんな」

「なにが」

「どうせ八百屋の娘にスケベ心出して、頭から飛んでもうたんやろ」


原田とゆうは申し合わせたように永倉の顔を見た。

永倉は決まり悪そうに目をらす。

しかし原田はその視線のさきにまわりこんで問い詰めた。

「…なに?そういうこと?」

「え~っとね…」

永倉は白い目でにらむ二人に耐えきれず、ついに開き直った。

「だ~って、しょうがねえだろ!朝っから晩まで、こんなムサッ苦しい男ばっかりの屋敷に閉じ込められてちゃあ、息が詰まるんだよ!」


「なんやて!」

今度はまさゆうひたい青筋あおすじをたてて声をそろえた。

「あ~っと、ごめんなさい!…ほぼ!…ほぼ男ばっかり!」

「誰がほぼ男や!」


ともあれ、永倉新八は、八木家でのこうした平穏へいおんな生活が少しでも長く続けばいいと願ってまなかったが、悲劇が立て続けにおそったのはそれから間もなくのことだった。


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