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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
130/404

魑魅魍魎、跋扈 其之弐

“あぐり”というその少女は、毎日のように行商ぎょうしょうで八木家を訪れていたから、永倉の顔にも見覚えがあった。

「あら、いらっしゃい。どないしはったんです?」

「あぐりちゃんがちっとも会いに来てくんねえから、こっちから出向いたんじゃねえかよう」

永倉は、今にも抱きつきそうな勢いでにじり寄る。

あぐりは困惑した笑みを浮かべて、さりげなく身を引いた。

「け、今朝けさがたも、八木様のお宅にはうかがいましたけど…?」

「いや~ん、マ~ジ~で~?ざ・ん・ね・ん!んじゃ、はなれにも顔出してくんなきゃあ」

甘えた声で、永倉は恥も外聞がいぶんもなくデレデレと身をよじった。


出遅れた藤堂は、その醜態しゅうたいを少し離れたところから見て、顔を引きらせた。

「…目的おめあてアレかよ」


あぐりは、慎重しんちょうに距離を取りながらたずねた。

「それであの、御用件は?」

「実はさ、お雅さんのお使いでね」

「あ、そうですか。おっしゃって頂ければ、すぐにお包みしますけど」

あぐりは少しホッとしたものの、まだ警戒けいかいを解いてはいない。

だが、永倉の方はハタと考え込んだ。

「…アラ?で、なにを頼まれたんだっけか?」

振り返って藤堂を頼ったが、

「知らね」

と、なく突きはなされた。


「ほんなら、思い出したら、もう一回声かけてもらえますか?」

あぐりは言い置いて、逃げるように他の客の相手を始めた。

「あ、待って待って!」

正直、女性からつれなくされることには慣れっこの永倉も、あぐりの態度から浪士に対するおびえのようなものを感じ取って一瞬表情をくもらせた。

そのとき、母親らしき年配の女性が、娘をかばうように永倉の前に立ちはだかった。

「なんにしまひょ?」

み手をしながら愛想笑あいそうわらいを浮かべてはいるが、その目の奥にはやはり警戒と恐れの色がうかがえる。

永倉は、突然()めて、なんだかやりきれない気持ちになった。

「えっと!!あ~いや、…また帰りにでも寄らせてもらうよ」



烏丸通からすまどおりへ出て禁裏きんり(御所)に向かう道中どうちゅう、急に口数の減った永倉の背中を見て、藤堂は複雑な思いにられた。

「どうやら、我々の評判があまりかんばしくないってのは本当のようですね」

「そりゃまあ、おめえみてえに目つきの悪い奴がうしろにひかえてりゃ、口も重くなるさ」

永倉は、冗談めかして応じたが、動揺どうようは隠せない。

八百藤やおふじでの一部始終いちぶしじゅうを見ていた藤堂は、永倉の気持ちを察して、あえてその軽口かるくちに調子をあわせた。

「これでも、島原あたりじゃ目元のすずしい色男で通ってるんスがね」

「ケッ!そんなとこに通うのは十年(はえ)えよ。半人前がくだらねえ遊びばっか覚えやがって」

「情報収集の一環いっかんですよ。気のせいかもしれんが、都の連中は長州人にずいぶん愛想あいそがいい」


「気のせいじゃねーだろ。まあ、奴らはたいてい、いい身ナリをしてやがるかんなあ。お~れなんか、たまに自分の方がならず者なんじゃねえかって不安になるくらいだぜ」

永倉はさらに落ち込んだ様子で肩を落とした。

「八百屋でのスケベっぷりを見るかぎり、それも気のせいとばかりは言えませんがね。だいたい、お琴さんの方はどうなったんです?」

「チェーッ!えること言うなってんだ!いいか?道を歩いてて、可愛かわいい子猫ちゃんが二匹捨てられてたとしろ?人情として、どっちか一匹を見捨てられっか?」

「…屁理屈へりくつにしても、もうちっとマシな例えはないんスか?まず猫を二匹も飼う甲斐性かいしょうがあるのか、自分を疑ってみた方がいいすよ」

「…そういう生々(ナマナマ)しい現実は、ひとまず置いとけよ…。真面目に考えちゃうだろ」


すっかり滅入めいった二人が、烏丸からすま通りを禁裏きんりの手前まで上がってきたとき、

小さなつじに面した居酒屋から、なにやら怒声どせいが漏れ聴こえてきた。


「じゃあ何か?おまえらは、これから下関で夷狄いてき一戦交いっせんまじえようって憂国ゆうこくの士からも金を取ろうってのか?」


開け放った入り口に掛かる暖簾のれん隙間すきまからは、酔って店の者にからむ数人の男がみえる。


ケンカに目のない藤堂は、仕事抜きで興味津々(きょうみしんしん)吸い寄せられていった。

生々(ナマナマ)しい現実といやあ、ほらあそこ。絵に描いたような不逞浪士ふていろうしがいますよ?まさか、芹沢さんたちってこたあねえよな?」

「てめえの冗談は、笑えねえつーんだよ!…ん?てか、あれは…」

永倉は急に黙り込んで、店の中にいる浪士たちに目をらした。


暴れているのは、仏生寺弥助ぶっしょうじやすけの取り巻き連中で、つまりそこは、先ほどから中沢琴が仏生寺の行状ぎょうじょうあきれつつ監視かんしを続けている居酒屋だった。

が、もちろん、永倉新八と藤堂平助は、そんな事情など知らない。


「いっちょ名誉挽回めいよばんかいのために、一肌ひとはだ脱ぎますか?!」

藤堂は、すでに腕をまくっている。

「まあ、まてよ」

永倉は先に立って店の前まで行くと、暖簾のれんから首だけを突っ込んで中をのぞき込んだ。

み込まなかったのは、警戒けいかいしたからではない。

敷居しきいまたいですぐの土間どまに、グッタリと伸びている男が邪魔じゃまで入れなかったのだ。

店内には、いかにもな風体ふうていの「不逞浪士ふていろうし」が四人ほどいて、そのうちの一人が店の主人らしき男の襟首えりくびをつかんでいる。

女中や客たちは、おびえた目で、腰を浮かしていた。

彼らも出口で寝転ねころんでいる男のせいで、店から出るに出られないらしい。


永倉は足元の男にチラリと視線を落としてから、暴れている浪士たちの説得を試みた。

「ようよう!あんたらも、昼間っからこんなとこでクダ巻いてねえで、そろそろ帰っちゃどーだい?」


が、もちろんこうした手合てあいが素直に忠告を聞きいれるはずもない。

「うるっせえな!痛い目に会いてえなら相手してやるぞ?」

永倉は顔をしかめ、両手をげた。

遠慮えんりょしとくよ。痛いのは苦手なんだ。んじゃ、しょうがねえ、平助」

「はいよ!」

「やっちまいな」

藤堂はニヤリと笑うと、はじかれたように、入り口で伸びている男ごと土間どまを飛び越え、いたに降り立った。

「待ってましたあ!オレぁ、このまま京で一度も刀を抜かずに引っ返すのかと、そろそろ不安になってたとこだぜ。アニキ!!」

「だ…誰がアニキだ。おおい、殺すんじゃねえぞ!」

永倉はウンザリした顔で、くぎを刺した。


が。


藤堂は、勢いのまま主人相手にスゴむ男の背中を思い切りりとばした。

不意ふいを突かれた男は、店のすみで静かに飲んでいた浪人の席まで吹っ飛ばされた

すみ浪人ろうにん”はあわてる風もなく、飛んできた男の顔面をひじで受け止めたが、それがとどめとなって、男は気を失った。


藤堂は浪士たちをめ回し、啖呵たんかを切った。

「まったく、昼間っから、いい大人がなにやってんだかなあ?!他のお客さまがおびえてらっしゃるのが分かんねえのか!」

なんとか店内に入った永倉が、藤堂をどやしつけた。

「そりゃてめえのせいだろ!」


頬杖ほおづえをついた隅の浪人が、聞き取れないほどの声でつぶやいた。

「…まったく、どっちもハタ迷惑めいわくな奴らね」

永倉も藤堂も、それが中沢琴であることには、まだ気づいていない。


呆気あっけにとられていた不逞浪士ふていろうしの一人が、

ようやく我に返って、スラリと刀を抜いた。

「クソガキが!今のうちにせいぜいいきがってやがれ!」

「へえ?誰だあ?今ホザいたのは!いいから、かかってこいよ!」

藤堂は不敵ふてきな笑みを浮かべてその男を流し見ると、刀に手をかけた。


「もうあやまってもおせえぞ!小僧こぞう!」

さらにもう一人が叫び、

二人は同時に藤堂へおそいかかった。

「いよっと!」

藤堂は軽い身のこなしで攻撃をかわすと、

刀の小尻こじりで一人目のくびうしろをしたたかに突き、

返す刀のみねで、もう一人をぎ払った。

浪士たちは、それぞれもんどり打ってぜんの上に突っこんだ。

割れた陶器とうきの破片が飛び散り、客や店員から悲鳴がもれる。


永倉は、もはや手がつけられないといった風に肩をすくめた。

「おーお。張り切ってやがら」



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