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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
上洛之章
13/404

旅の終わり

斎藤一が江戸にいたころ出入りしていた天然理心流てんねんりしんりゅう試衛館しえいかんは、市谷甲良屋敷にある小さな町道場だ。


若き道場主は、まだ無名ながら、質実剛健しつじつごうけんを地でいく男だった。

近藤勇 ―コンドウイサミ―

のちの新選組局長である。

いにしえの剣豪けんごうを思わせるような風貌ふうぼうで、

じっさい、おどろくほど強かったが、

彼が身にまとう空気には、なにかしら、それ以上の不思議な力があった。

近藤には、なぜか大粒の才能をきつける器というか、雰囲気のようなものがそなわっていて、

いつしか試衛館は、きら星のように多彩な剣客けんかくたちが、弟子や食客しょっかくとしてつどう場所になっていた。

かつての斎藤一も、そのうちの一人だ。


文久三年二月下旬。

桜の花びらが開こうとする季節。


この近藤勇以下、試衛館出身の十二人の若者が、くしくも斎藤のいる京へと中山道を西に向かっていた。


彼らは、まもなく上洛じょうらくする将軍徳川家茂の警護と、都の治安維持ちあんいじのために幕府が募集した「浪士組」に志願したのだった。


その日、浪士組一行は、かつて大老たいろう井伊直弼いいなおすけ牙城がじょうであった彦根をすぎて、遠景えんけいに琵琶湖をのぞみながら、武佐の宿場町しゅくばまちに到着しようとしていた。

浪士たちはそれぞれ1~7番組までに振り分けられ、隊列を組んで、順番に宿場町へ入ってゆく。


試衛館からは、

三番組に、井上源三郎、沖田林太郎、馬場平助、中村太吉郎、佐藤房次郎、

六番組に、山南敬介、土方歳三、永倉新八、原田左之助、沖田総司、藤堂平助

といった顔ぶれが、銘々(めいめい)配属されていた。


ほかの平隊士たちとはちがって、「先番宿割せんばんやどわり」という役職についていた近藤勇は、彼らと別行動だ。

浪士組の本隊に先んじて宿場町に入り、旅籠はたごにそれぞれの組を振り分けねばならない。

なにか下っぱ仕事のようだが、門弟をひきつれて浪士組に参加した近藤勇へ、なにがしか役職を与えたほうがよかろうという上層部の(余計な)配慮らしい。


とはいえ、旅もいよいよ終盤である。

宿泊の手配も、さすがに十四回目ともなれば手馴れたもので、武佐宿に到着した浪士組を迎えいれた近藤は、同じお役目の池田徳太郎、佐々木如水らと手わけして、手際てぎわよく浪士たちをさばいていった。


近藤は、やがてゾロゾロとやって来た六番隊を宿に先導せんどうしながら、そのなかに試衛館の門弟で、親友でもある土方歳三の姿を見つけて、肩をならべた。

「なあトシ、おまえ気がついたか?道中、中山道の宿場は、どこもずいぶん小綺麗こぎれいだったろ?」

「なんだよ。藪から棒(やぶからぼう)に」

土方が、素っ気なく言葉をかえす。

商人あがりの彼は、必要とあらばいくらでも愛想よくふる舞うことも出来たが、気心きごころの知れた近藤には遠慮がない。

年齢が近く、昔から仲の良かった二人も、道中はほとんど別行動で、あまり言葉を交わす機会がなかった。

こうして、近藤が隊を宿へ案内するわずかな時間に、おたがい二こと三こと、今日あった出来事を話す程度である。

近藤も、土方の無愛想ぶあいそうな返事には慣れているから、べつに気にする様子もない。

「いや、取締役の連中からチラっと聞いたんだがな、先だっての和宮かずのみや様のお輿入こしいれのために、中山道に67もある宿場町を、幕府はぜんぶ、再普請(ふしん)したそうだぜ」

と、まるでしっくいの壁など生まれて初めて見るような顔で、街道沿いにある本陣ほんじん(公家や大名、はたもと本などの指定宿舎)の門塀もんぺいをながめた。

「マジかよ。どうかしてる」

土方は、面白くなさそうに顔をしかめた。

「それでも宮様みやさまは、東国のように野蛮やばんな土地には行きたくないと、ずいぶんしぶられたらしい」

「そのわがままなお姫様に、かっちゃんの嫁さんの話を聞かせてやりたいもんだな。あんなさびれた道場にとついできて、文句一つ言わねえんだからさ。まったく、おつねちゃんは、近藤家にはすぎた嫁だぜ」

土方は、揶揄からかうように話をはぐらかした。

「かっちゃん」とは近藤勇のことで、旧名、島崎勝太の名残なごりだ。

勇は、もともと百姓ひゃくしょうの三男坊で、先代近藤周斎の養子として天然理心流を継いだ。

この流派の当主というのは、なぜかみな跡継あとつぎに恵まれず、先代も、その先代も養子に宗家そうけをゆずっている。

しかし結果として、縁故えんこにとらわれることなく優秀な弟子が流派を引き継いでいったため、純粋な強さが培養ばいようされることになった。

それがこの混迷こんめいの時代に、近藤勇という剣豪けんごう結実けつじつしたのは不思議な偶然だ。

「うちのことはいいだろ」

近藤は、嫌な顔をしながら、手にした宿割やどわりの紙と、旅籠はたごの看板を照らし合わせている。

「なんだよ、お輿入こしいれがどうとか。嫁さんが恋しくなったって話じゃないのか?」

「バカ、ちげえ。そんな話を聞いたら、京ってなあどんだけみやびやかな町なんだって逆に不安になってきてよ。俺らみたいな多摩の田舎もんがやっていけんのかね」

「心配しなくてもなあ、そんなにおしとやかな町なら、俺たちが呼ばれやしねえ」

土方が、皮肉を込めてそう言ったとき、近藤は、目的の宿を見つけて立ち止まった。

「ま、そりゃそうだな。お、此処ここだ!」


六番組が、まるで野盗やとうの群れのように旅籠はたごになだれ込んでいくのを見送りながら、土方が思案しあん顔でつぶやいた。

「ただ、大井川を越えたあたりからどうもいけねえ。水が変わったせいか、身体が重いし、寝覚めも良くねえ」

近藤は、冷ややかな視線を返した。

「け、なに繊細せんさいなふりしてやがる」

やがて、玄関にできた行列がハケると、土方がおもむろに草鞋わらじを脱ぎだした。

すると近藤は、なにか急に思い出したようにそでを引っぱって、

「あ、おい!ちょっと!」

と、もう一度外へ連れ出した。

「な、なんだよ!聞いてなかったのか?俺は具合が悪いつったろ!」


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