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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
126/404

親子鳶 其之壱

壬生寺の境内けいだいでは、あいも変わらず斎藤一による情け無用の選別が行われていた。

だが、受験者の数も今日は残すところあとわずか。

朝には長蛇ちょうだの列をなしていた腕自慢うでじまんたちも、試衛館の精鋭せいえいにかかれば形無かたなしで、そのほとんどは藤堂平助と斎藤に追い散らされるようにして帰っていった。


四月に入って以降、斎藤、佐伯又三郎、島田魁しまだかいにつづき、何人かの新顔がすでに入隊を許されていたものの、彼らも目の前の惨劇さんげきを見て、

「ひょっとしたら自分は場違いなところに来てしまったのではないか」

あおい顔をしている。

ここに集まって来るような猛者もさともなれば、これまで剣の腕には絶対の自信を持ってきたはずだったので、それは彼らのアイデンティティをも否定する残酷なショーだったと言わねばならない。


だがこの日、実はたった一人、すでに合格を決めた者がいた。

これがちょっとした変わりダネで、その浪士だけは立合いを免除めんじょされたのである。

このことが副長 土方歳三をさらに悩ませているのだが、その理由については後で触れよう。



そんな土方の気も知らず、沖田総司は例のごとく飄々(ひょうひょう)と壬生寺の境内けいだいに姿を現した。


「おお、やってるやってる。土方さん、相変わらずおっかない顔してるな」


巨漢きょかんの島田魁を付き従えて、不機嫌ふきげんな顔で腕組みをする土方を見て、入隊希望者の目にはさぞ威圧的いあつてきに映っているだろうと沖田はなんだか可笑おかしくなった。

土方はいつもあんな顔をしているし、背の高い島田はただ邪魔じゃまにならないよう土方の後ろに立っているだけなのだから、本人たちに、まったくその自覚はないはずだ。


だが、沖田を見つけるなり、土方は救世主が現れたとばかりに相好そうこうくずした。

「総司!どこ行ってた?待ってたんだぞ!」

今朝の剣幕けんまくがウソのようだ。

そもそも土方が下手したでに出るなど、付き合いの永い沖田でさえ記憶にないことで、しかめ面のときなど比較にならないくらい不気味だった。

「…はあ、ど、どうも…」

歩み寄る沖田の態度も妙によそよそしくなる。


「さあ、さあ!おまえが連中の相手をしてやってくれ!さあ!」

沖田は恐るおそる斎藤を指差ゆびさした。

「あ、で、でもほら?斎藤さんが…」

土方は有無を言わせず沖田の手にした木刀を取り上げて、竹刀に持ち代えさせた。


「斎藤!てめえ!さっさとそこを退きやがれ!」

手のひらを返したような土方の豹変ひょうへんぶりには、斎藤も渋い顔をする。


沖田はわけも分からぬまま、とりあえず斎藤には軽く手刀しゅとうを切って謝っておいた。

斎藤は、すれ違いざまにこっそり土方を親指で差して、

「あの薄気味悪うすきみわるい笑顔には気をつけろ」

耳打みみうちすると、島田魁のうしろに引っ込んだ。


「で、誰とやりゃあいいんです?」

沖田はもう、これからあまり良くないことが起きるのをなか予期よきしながらたずねた。

土方は、わざとらしく後ろを振り返って確認をとった。

「ああ、ええと、つぎは?誰だっけ?」

そばに控えていた島田魁が、事前に聴き取りをした入隊希望者の身上書しんじょうしょを読み上げる。

馬詰柳太郎まづめりゅうたろう、十九歳。備後国びんごのくにうまれで、流派は…ん?あれ?何も書いてないな?」

島田は、もういちど書面に目を通し、言い漏らしたことを見つけたらしく、手を打って付け足した。

「あ、そうそう!さきほど面談で入隊を許した馬詰信十郎まづめしんじゅうろう殿の御子息ごしそくです」


その馬詰信十郎という中年の浪士こそ、本日ただひとりの合格者だった。

沖田は、なにか重いものでも背負わされた心持ちにさせられた。

「…親子連おやこづれの浪人ですか?なんだかもう、それだけで生活臭せいかつしゅうが漂いまくってるんですけど…」


土方の眉間みけんしわが刻まれた。

「だが、あいつはな…ちょっと他の連中とはわけが違う」

意外な答えが返ってきて、沖田の言葉は俄然がぜん熱を帯びた。

「へえ?歯応はごたえありそう、とか?」

「バカ、そういう意味じゃねえ」

「じゃ、なにが他と違うのさ?」

「つまりその、隊にとって必要な人材なんだよ」

土方の返事は、めずらしく歯切れが悪い。

沖田も次第にイライラしてきた。

「だからなんで」

事務方じむかたが得意なんだそうだ」

「へえ…なるほどね」

浪士組は金勘定かねかんじょうに明るい人間をのどから手が出るほど欲していた。

それは沖田も承知している。

まして、今朝の井上源三郎の姿を見てしまっては、土方が彼を望むのも無理はないと思った。

ところが、土方は言い訳めいた口調で、おかしなことを言い始めた。

「だから、やつだけは面談の時点で合格させたんだ」


急に話が見えなくなった沖田は、考えを整理しようと斜め上に視線をただよわせる。

「ん?あれ?それって親父さんの方の話?」

「俺はいま、親父の話をしている」

土方は妙に強調して言った。

「…話がみ合わないな。わたしの相手の話じゃないんですか?」

沖田はわけが分からないという風に腕を組んだ。

土方がもどかしげに首を振る。

「ちがう!親父の信十郎の話だよ!ただし、隊に入るにあたって、奴には条件があるんだそうだ」

沖田はの嫌な予感は確信に変わりつつあった。

「…なんです。その条件ってのは」

「息子も一緒に浪士組に入れろとさ」

「…入れてやりゃいいでしょ。めんどくさいなあ、もう」


「とはいえ、特別扱いはできん。息子にも入隊試験に合格してもらわなきゃならん」

朝から逃げ回っていた沖田は知らなかったが、土方としては、試衛館の仲間たちにもっともらしい訓辞くんじれた手前てまえ、例外を作るわけにはいかなかった。

「なるほど。で?息子の方はそこそこ使えるんですか?」

「…まあその、なんだ…ありゃダメだな」

「さっきからナニ言ってんの?そんなの、私にどうしろっていうんですか」

土方は苛立いらだたしげに沖田の胸ぐらをつかんで、とうとう開き直った。

「だから、おまえに頼んでるんだろ!」

「ええっ!?まさか手心てごころを加えろってこと!?」

「しーっっ!声が大きい!」

「だって、たった今、特別扱いはしないって言ったばかりでしょ!」

「特別扱いをしていないって体裁ていさいが必要だと言ったんだ!ちっとは大人の事情を察しろ!ガキが!」


沖田はそっぽを向いて口元を引き結んだ。

「とにかく、わたしはごめんですから。他の人に頼んでください」

「他の人って誰だよ!あ?言ってみろ!永倉や平助や斎藤にそんな気の効いた真似まねが出来ると思うか?あいつら、下手ヘタしたら殺しちまうぞ?」

沖田は三人の顔を順番に思い浮かべると、土方の取り越し苦労と笑って済ますこともできなくなった。

「ホントにもう…しょうがないな…。で?相手はどれです」


土方は無言のまま、鐘楼しょうろう(鐘を突く場所)の脇に立つ二人連れへ沖田の視線を誘導するように目配せした。

五十に手が届きそうなみすぼらしい男と、華奢きゃしゃ色白いろじろの青年が並んで立っている。

「…あの~。お父さんの方、刀の差し方が逆さまなんですけど…?」

そのなんとも所帯しょたいじみた(たたず)まいを見て、沖田はさらに気乗りしなくなった。

土方は荒っぽく沖田を突き放し、

「ソロバンはじけりゃいいんだ。刀の差し方は関係ねえ!それにお前がやんのは息子の柳太郎だろうが」

と、投げやりな口調で若い方の男を指差した。

しかし肝心かんじんの息子の方も、どう見ても強そうには見えない。

「ホントにやるんですか?あのフニャフニャのと?」

「育ちが良さそうと言え」

「だって、女みたいですよ」

「あれはな、美少年と言うんだ。だいたいツラが女みてえとか、お前が言えた筋合すじあいじゃねえだろ」

土方はあくまで馬詰親子の擁護ようごに徹するつもりらしい。

「美少年なんて呼んでもらったことは、ついぞありませんがね」

沖田も、揶揄からかい半分に反抗的な態度で応じると、

土方はあからさまに不快な顔で吐き捨てた。

「よせよ、キモチ悪い!なあにが美少年だ」

「気づいてないでしょうけど、土方さん、さっきからメチャクチャなことしゃべってますよ」

「ああそうさ。今じゃ俺は浪士組の副長で、おまえは副長助勤ふくちょうじょきんだ。道場にいた頃とは立場が逆転したんだよ。部下は上司の理不尽りふじんな要求にも従うべきだろ」

土方はそう言って、人の輪の中央に沖田を突き飛ばした。


「ちぇ、よく言うよ。それじゃまるで、昔はわたしの指南しなんに大人しく従ってたみたいに聴こえるだろ!」

沖田はブツクサいいながらも、すでに所定の位置に立つ馬詰柳太郎に向き合った。


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