表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
124/404

雨上がりの午後 其之弐

一方、寺からわずか数間をへだてた八木家では。

斎藤にやられた候補者のうめき声を塀ごしに聞きながら、山南敬介が自分のみぞおちを突かれたように顔を歪ませていた。


「ほうら?またひとり減った…」

井上源三郎は沖田総司の目を見て、あの苦悶くもんの声はおまえのせいだと言わんばかりに眉根みけんを吊り上げる。

ゆうも井上の肩を持って加勢した。

「そおゆうたら、あんたが実技試験の相手サボってどこぞへ逃げよったて、土方はんがえらい怒ってたで?」

沖田は心外そうに、この場にいもしない土方に抗弁こうべんした。

「別に遊んでた訳じゃない。市中の見廻みまわりに行ってたんだ!」

ゆうは、鬱憤うっぷんを晴らすかっこうの標的を得て、ここぞとばかりにまくし立てた。

「半日もどこを見廻って来たんか知らんけど、取り締まらなあかん相手は身内におるんとちゃうか?」

「…いったい、なんの話さ?」

沖田はキョトンとして問い返した。

ゆうは芹沢の部屋をアゴでしゃくる。

「筆頭局長さんの部屋に腰巾着こしぎんちゃくが入って行きよったで?きっと、またなんか悪巧わるだくみしとるんや」

「…バカ…」

沖田が口元に人差し指を立てて声を落とすように注意するのを無視して、ゆうは三人の顔を見渡した。

「浪士組が都の人間から嫌われてるのは知ってるやろ?このままやったら、悪いうわさがホンマゆうことになってまうで?」


ゆうの指摘には、山南敬介も返す言葉がなかった。

つい先日、芹沢鴨の共犯になった沖田に至っては、ただただうつむくことしか出来ない。

「とにかくこれ以上、腕っ節ばっかり強うてアタマ空っぽみたいな連中の世話すんのは、うちもゴメンや!」

この場にもすね傷持きずもつ者がいるとは思っていないゆうの言葉には遠慮えんりょがない。

井上は、気まずい空気を察したものか、ゆうの暴言にかこつけて話を引き戻した。

「だが、その腕っ節の方も怪しいもんだぞ。日に何人かはカラッキシのが混じってるから、そういうのに斎藤が大怪我させなきゃいいが…いやむしろ、怪我で済めばいいがねえ」

そう言って、ジットリとした眼で沖田を睨む。

どうやら、ただ助け舟を出したわけでもないらしい。


「ちょっと!それ、脅しですか?なんでわたしがそんなことで責めらんなきゃ…それにいくら斎藤さんでも…ねえ?」

沖田は救いを求めて山南にすがった。

山南は真面目な顔で首を横に振る。

「…早く行った方がいいな。彼ならやりかねん」


沖田は目を閉じ、両手をあげて、降参の意を示すと井上に向き直った。

「やれやれ。分かりましたよ、行けばいいんでしょ?…で、その前にちょっと聞きますけど、お寺に子どもたちはいましたか?」

井上は唐突とうとつな問いに怪訝けげんな顔をしてから、足元の水溜りに目を落とした。

「いや?見かけなかったぞ。今朝はずっと小雨が降ってたからな」

すると沖田は、なぜか急にやる気を見せて、井上が縁側に立て掛けていた野太のぶとい木刀をつかんだ。

「よっし。じゃ、軽く身体を動かしてくるか!」


「おいおい!考試こうしは木刀じゃなくて竹刀しないでやるんだぞ!」

井上が慌てて声をかけたが、沖田は耳も貸さずに行ってしまった。

山南と井上は不安げな顔を見合わせた。

「なんだ、あいつ?本当はやりたかったのか?」

そもそも手加減を知らないことにかけては、沖田も藤堂や斎藤に引けをとらない。

「やはり山南さんに頼むべきだったかなあ…」

早くも後悔して頭をく井上に、山南は芹沢の部屋を見ながらこたえた。

「いえ、私も仕事を思い出しましたから…おゆうちゃん、ありがとう」

「は?えっ?なにが?」

戸惑うゆうに、山南は何か決意を秘めた目でうなずいてみせる。

「われわれは不逞浪士ふていろうし云々(うんぬん)をとやかく言う前に、自らえりを正す必要があるようだ。近藤さんのところに行って来ます」

そう言いおくと、前川邸にある近藤の居室へ足早に向かって行った。


ゆうは、山南を見送りながら腕を組んだ。

「…あのひと、たぶん解ってへんなあ」

「え?だって…」

井上が驚いてゆうの顔をのぞき込む。

「うちは、真っ当に働いとる人にチョッカイ出すのはあかんうただけや。金なんか、悪いことして儲けとる奴から、しぼれるだけしぼり取ったったらええねん」

「おいおい物騒ぶっそうだな。最近、みんなどうかしてるぞ」


実は土方だけでなく、井上も、このところ近藤勇の様子がおかしいことを気にかけており、

土方や山南がこのまま何もいさめる気がないなら、自分が苦言くげんていさねばなるまいと覚悟していた。

期せずして山南の決意を知った井上は、内心、出しゃばらずに済んだことを喜んだ。

「ま、前途洋々(ぜんとようよう)とはいかんが、あの二人がいる内はなんとかやってけるだろ」

「え?…どの二人?」

ゆうあごさすりながらニヤける井上を気味悪そうに眺めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ