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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
123/404

雨上がりの午後 其之壱

同じ日の午後。

ふたたび、壬生浪士組屯所、八木邸。



江戸出立以来の数少ない同志のひとり、阿比留鋭三郎は、あいかわらず体調がすぐれない。

今日もほかの隊士たちが市中の見廻りや新入隊士の選抜などにいそがしく出かけていくなか、離れの縁側にひとり腰かけて、部屋を掃除する八木家の女中もどき、ゆうをいやらしい目つきでながめていた。


離れの裏手にある壬生寺からは、先ほどから竹刀の音が奇妙な間をおいて断続的に聞こえていた。

塀の向こうでは隊士を選抜するための実技試験が行われているのだ。


「まあた、ヘタクソどもがぎょうさん来とるわ」

浪士組入隊を熱望するゆうは顔をしかめ、怒りにまかせて雑巾をきつくしぼった。

彼女の不機嫌さは新しい隊士がくる度にいや増している。

ゆうにしてみれば、自分こそが一番最初に名乗りをあげた候補であるはずなのに、あとから入った隊士たちが偉そうに屯所を歩きまわる姿は、がまんならないのだ。


「気にすんなよ。どうせ寄ってくるのは半端者はんぱものばかりさ」

阿比留はそう言って、軽く咳きこんだ。

ゆうは「あんたもな」と言いたげな目で阿比留をにらむと、急に立ち上がって、庭越しに見える母屋にむかって叫んだ。

「あんた!そこ、今さっき雑巾かけたばっかりやさかい、きたない足で歩かんといて!」


「おっと!すんまへん」

庭に面した廊下を歩いていた隊士の佐伯又三郎が、床のまだ濡れている部分をヒョイとまたいで芹沢鴨の部屋に入っていく。

浪士組が京に着いてから最初に入隊した佐伯でさえ、ゆうにとっては新入りに変わりなかった。


阿比留とは対照的に、このところ佐伯は忙しそうに働いている。

めぼしい商家をみつくろっては、こうして芹沢に報告しているのだ。


ゆうは芹沢一派のやっているいかがわしい仕事に薄々勘づいていたから、さらにこの男が気に入らない。

苛立ちはつのる一方で、ネチネチとまとわりつく阿比留を振り払うと、荒々しい足取りで母屋に向かった。


縁側にまわると、土方歳三に追い払われた井上源三郎がひとり淋しく茶をすすっている。

「あれ?今日の考試は、もうしまいなん?」

つとめて興味がなさそうにたずねるゆうに、井上はウンザリした顔で手をヒラヒラと振ってみせた。

「…まだやってるが、もういくらも候補者は残ってないね」

「それやったら!うちも入隊試験を受けさせてもらえるように源さんから頼んでえな」

ゆうは懇願するように井上の肩にすがった。

井上は気のない様子で頬杖をついて、ゆうの顔を流し見る。

「…そうねえ。おゆうちゃんの腕前じゃあ、まだちょっと厳しいかなあ。なぁんせ、うちの試験官連中ときたら手加減てかげんてもんを知らんからねえ」

「自分の教え子やろ?もうちょっと信用してくれてもええやんか!」

「う~ん…そうねえ」

井上はなにか別のことを考えているようで生返事しかしない。

「なあ!聞いてる?!」

「!」

ゆうが声をはりあげると同時に、井上はピンと背筋をのばした。

が、その視線は、ゆうのふくれっ面ごしに中庭の方へ注がれている。

その視線をたどってゆうが振り向くと、市中見廻しちゅうみまわりを終えて帰ってきた山南敬介と沖田総司の姿が目に映った。


「総司!おまえ、いいかげん土方さんを手伝いに行ってやれ。早くしないと平助と斎藤が、来る人間を全部追い返しちまうぞ!」

井上は急に大きな声を張り上げた。



そのころ、壬生寺の境内では。


入隊希望者がぐるりを取り巻く円の中心で、大柄な浪士が八相に構えて立っていた。

正面には、竹刀を持つ腕をダラリとさげた斎藤一が対峙している。


「スキだらけだぜ!」

大柄な浪士は、勢いこんで間合いをつめた。

斎藤は振り下ろされた竹刀をかわしざま、

肩口を思いきり打ちすえてたいを入れかえる。

浪士はうめき声をあげて地面にひざをついた。


「つぎ」


無愛想に順番をまつ入隊希望者の列に声をかける斎藤をみて、副長 土方歳三が不機嫌もあらわに叫んだ。

「いいかげんにしろ!この試合はおまえの相手の太刀筋たちすじをみるのが目的なんだぞ!」


斎藤は土方の方をジロリと見て表情をかえずにこたえた。

「相手によっていちいちやり方を変えていられない」

「これはおまえの稽古じゃねえんだよ!そういうもんだろうが!」

土方は頭をかかえた。


そもそも、最初に入隊希望者の相手をしていた藤堂平助が、数合打ち込まれるとすぐムキになってやり込めてしまうので、ゴロゴロしていた斎藤を無理やり引っ張ってこさせたのだ。

土方の思惑おもわくでは、これでようやくまともな試験が行われるはずだったが、交代した斎藤は輪をかけてひどかった。

なにしろ、先ほどからほとんどの相手を一撃で仕留めてしまう。

聴こえてくる竹刀の音が妙に途切れとぎれだったのはそのせいだ。


一年の空白を経て土方のまえに姿を現した斎藤一の剣は、さらに鋭さを増していた。

それはそれでたいへん結構なことだが、これでは受験者たちの力量を見極めるも何もあったものではない。

さらに始末が悪いことに、おそらく斎藤は大真面目で与えられた役割をこなしているのだった。


「弱い“ふり”が得意な人間をご所望なら、佐伯又三郎あたりが適任では?」

ボソリというと、斎藤はまた構えに入った。

「なに?」

土方はそのひと言に耳を疑った。

あの“こしぎんちゃく”が板についた佐伯又三郎が本当は強いなど思いもしなかったことだ。

一瞬、その考えに気をとられていた土方は、すぐにかぶりを振った。

「そういうことを言ってるんじゃねえんだよ!」


だがその時すでに、斎藤は次の候補者を地面にいつくばらせていた。


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