借金取りを追い払う方法 其之参
芹沢は、しおれる山南の姿を、然も愉快げに指差した。
「からかい甲斐のあるやつだな?」
井上は、とても貧乏を笑える気分にはなれなかった。
なにしろ、先日平野屋から借り入れた百両は道場建設の補填と、近藤発案のダンダラ羽織の発注、隊士たちの生活費などで瞬く間に消えている。
「芹沢さんも人が悪い」
「借金のことなんて、そう深刻に考えんなよ。せっかく会津のお預かりになったんだ。やつらの名前を使や、金に不自由するこたあねえさ」
「それじゃあ、せっかく我々を受け入れてくれた会津に申し訳が立たないでしょう」
「チェ、見え透いた建前はよせよ。奴らは幕府に義理立てして引き受けただけだぜ?向こうが浪人風情とあなどって、飼い殺しにするつもりなら、こっちも好きにやらせてもらうまでさ」
たしかに芹沢の流儀は、もっとも単純で効果的な資金調達方法だが、多少なりとも武士の矜持というものがあれば、後ろめたさを覚えずにはいられないはずだ。
では、この芹沢にプライドがないのかというと、まったくそんなことはないのだ。
「攘夷決行の期日まであと一月。このまますんなりコトが運ぶわけがねえ。遠からず、俺たちの出番がくる。そうなりゃ、金をせびるしか能のねえ素浪人との違いってやつを、目にモノ見せてやろうじゃねえか」
そう、これが芹沢鴨の複雑なところで、一面ではひどく誇り高い男なのだ。
精悍で青白い顔は妙に確信に満ちていて、井上にはそれがただのハッタリや強がりとも思えなかった。
「そりゃまあ、そうなりゃいいですけどねえ」
「いずれ、業突くな商人の方から、是非ウチで金を借りてくれと頭を下げてくることになるだろうぜ」
芹沢は門の方をチラリと見やりながらこたえた。
そこには、山南たちと入れ違いで帰ってきた隊士の平間重助が仁王立ちしている。
平間は、二人の話に割って入るタイミングを計っていたが、返答に詰まる井上をみて、ついに口をはさんだ。
「芹沢さん、急にいなくなるから捜したぞ!」
「へえ、そうかい?」
「一人で外をフラつくのは危険だと言ったはずだ」
芹沢の実家からお目付役としてついてきた平間は、律儀に諫めたが、もちろん、芹沢が素直に聴くはずもない。
「てめえらが格子女郎なんかに見とれてモタモタしてっから、先に帰ってきたんじゃねえかよ」
平間は体裁を気にするように井上の顔をチラリと見てから、
「…それはともかく、これ以上井上さんを困らせてやるな」
と両手を腰にやった。
「うるせえなあ、おまえのお小言にはウンザリだよ。悪気のない戯れ言じゃねえか」
芹沢は言いたいことを言ってしまうと、さっさと奥の居室へ引っ込んで行った。
苦り切って腕組みをした平間は、井上に向き直った。
「…まったく…あんたには、損な役回りばかり押しつけて申し訳ないと思ってる。私に出来ることがあれば言ってくれ」
水戸一派では唯一の常識人らしく、ずいぶん殊勝な言葉だ。
井上は力なく笑った。
「とんでもない。平間さんがいるからまだ歯止めが効いてるんですよ。あんたがいなきゃ、今ごろ浪士組は破産してる。いや、ホント」
平間重助は警戒するように少し身を引くと、あらためて井上の顔をマジマジと見た。
「あんたは得体の知れん人だな。そうやって媚を売るような台詞を吐いておきながら、ちっとも芹沢さんのことを怖がっていない」
井上は大袈裟に頭を振った。
「そいつは買い被りでしょ。あたしゃ京までの道中、芹沢さんと一緒にいる時間が長かった分、少しばかり気心が知れているってだけです」
「…うちの連中など四六時中いっしょにいるが、心中みなあの人を恐れてる。あんたくらい腹が座ってれば、芹沢さんもお山の大将にならずに済むんだが」
たしかに芹沢は、力で圧倒することによって水戸派を支配していた。
だが、どうやらこの平間だけはちがうらしい。
それは、近藤勇と井上源三郎のあいだに結ばれた信頼関係とどこか似ていた。
「…とはいったものの、芹沢さんの放蕩ぶりはなんとかならんもんかねえ」
壬生寺の境内で行われている隊士募集に合流した井上は、拝殿の前でしかつめらしく入隊希望者の立会いを睨む土方歳三にグチをこぼした。
「だが芹沢の稼いできた金が必要なのも本当だ。しばらくは好きにさせとくさ」
近藤から隊士の選抜を任されている土方は、煩わしそうに手を払った。
だが、井上の方も悩みは切実だ。
「そりゃそうだが、出て行く金の方が大きいんだぞ?ここにいる彼らも、入隊させれば食わせていかにゃならんだろ」
「…そういう所帯じみた話題は、後にしてくんねえかなあ」
土方は、前を向いたまま渋い顔をした。
「せめて優秀な勘定方でも居ればねえ。それにさ、水戸さん方が金を握っている以上、近藤さんの肩身は狭くなる一方だぞ?」
「だから、俺たちは人を集めてる。まあそう焦るなよ」
土方はやっと井上の顔を見て、ピシャリと言った。
だが、「鬼の副長」のひと睨みも井上には効き目がない。
「別にあせっちゃいないが、チャンバラの試験じゃ算盤の腕までは量れん。な?だろ?」
「ああもう、うるっせえな!」
境内に集まっていた未来の隊士たちは、土方の大声に驚いて静まり返った。
入隊を賭けて藤堂平助と立ち会っていた浪士も、気をとられてピタリと動きを止める。
そこへ藤堂の面撃ちが綺麗に入った。
「一丁あがり!はい、つぎぃ!」
上機嫌で竹刀を振り回す藤堂を見て、井上はまた大きなため息をもらす。
「おーお、悩みのない顔しちゃってまあ」
土方はとうとう泣きをいれた。
「…源さん、頼むからあっち行っててくれ」




