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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
122/404

借金取りを追い払う方法 其之参

芹沢は、しおれる山南の姿を、愉快ゆかいげに指差した。

「からかい甲斐がいのあるやつだな?」

井上は、とても貧乏を笑える気分にはなれなかった。

なにしろ、先日平野屋から借り入れた百両は道場建設の補填ほてんと、近藤発案のダンダラ羽織ばおりの発注、隊士たちの生活費などでまたたく間に消えている。

「芹沢さんも人が悪い」

「借金のことなんて、そう深刻しんこくに考えんなよ。せっかく会津のおあずかりになったんだ。やつらの名前を使や、金に不自由するこたあねえさ」

「それじゃあ、せっかく我々を受け入れてくれた会津に申し訳が立たないでしょう」

「チェ、見え透いた建前たてまえはよせよ。奴らは幕府に義理立てして引き受けただけだぜ?向こうが浪人風情ろうにんふぜいとあなどって、い殺しにするつもりなら、こっちも好きにやらせてもらうまでさ」


たしかに芹沢の流儀りゅうぎは、もっとも単純で効果的な資金調達方法だが、多少なりとも武士の矜持きょうじというものがあれば、後ろめたさを覚えずにはいられないはずだ。

では、この芹沢にプライドがないのかというと、まったくそんなことはないのだ。


攘夷じょうい決行の期日きじつまであと一月ひとつき。このまますんなりコトが運ぶわけがねえ。遠からず、俺たちの出番がくる。そうなりゃ、金をせびるしか能のねえ素浪人すろうにんとの違いってやつを、目にモノ見せてやろうじゃねえか」

そう、これが芹沢鴨の複雑なところで、一面ではひどく誇り高い男なのだ。

精悍せいかんで青白い顔は妙に確信に満ちていて、井上にはそれがただのハッタリや強がりとも思えなかった。

「そりゃまあ、そうなりゃいいですけどねえ」

「いずれ、業突ごうつくな商人の方から、是非ぜひウチで金を借りてくれと頭を下げてくることになるだろうぜ」

芹沢は門の方をチラリと見やりながらこたえた。

そこには、山南たちと入れ違いで帰ってきた隊士の平間重助が仁王立におうだちしている。


平間は、二人の話に割って入るタイミングをはかっていたが、返答に詰まる井上をみて、ついに口をはさんだ。

「芹沢さん、急にいなくなるからさがしたぞ!」

「へえ、そうかい?」

「一人で外をフラつくのは危険だと言ったはずだ」

芹沢の実家からお目付役めつけやくとしてついてきた平間は、律儀りちぎいさめたが、もちろん、芹沢が素直に聴くはずもない。

「てめえらが格子女郎こうしじょろうなんかに見とれてモタモタしてっから、先に帰ってきたんじゃねえかよ」

平間は体裁ていさいを気にするように井上の顔をチラリと見てから、

「…それはともかく、これ以上井上さんを困らせてやるな」

と両手を腰にやった。


「うるせえなあ、おまえのお小言こごとにはウンザリだよ。悪気わるぎのない戯れ言(ざれごと)じゃねえか」

芹沢は言いたいことを言ってしまうと、さっさと奥の居室きょしつへ引っ込んで行った。


にがり切って腕組みをした平間は、井上に向き直った。

「…まったく…あんたには、損な役回りばかり押しつけて申し訳ないと思ってる。私に出来ることがあれば言ってくれ」

水戸一派では唯一の常識人らしく、ずいぶん殊勝しゅしょうな言葉だ。

井上は力なく笑った。

「とんでもない。平間さんがいるからまだ歯止はどめが効いてるんですよ。あんたがいなきゃ、今ごろ浪士組は破産はさんしてる。いや、ホント」

平間重助は警戒けいかいするように少し身を引くと、あらためて井上の顔をマジマジと見た。

「あんたは得体えたいの知れん人だな。そうやってこびを売るような台詞せりふいておきながら、ちっとも芹沢さんのことを怖がっていない」

井上は大袈裟おおげさかぶりを振った。

「そいつは買いかぶりでしょ。あたしゃ京までの道中、芹沢さんと一緒にいる時間が長かった分、少しばかり気心きごころが知れているってだけです」

「…うちの連中など四六時中しろくじちゅういっしょにいるが、心中しんちゅうみなあの人を恐れてる。あんたくらい腹が座ってれば、芹沢さんもお山の大将にならずに済むんだが」

たしかに芹沢は、力で圧倒あっとうすることによって水戸派を支配していた。

だが、どうやらこの平間だけはちがうらしい。

それは、近藤勇と井上源三郎のあいだに結ばれた信頼関係とどこか似ていた。



「…とはいったものの、芹沢さんの放蕩ほうとうぶりはなんとかならんもんかねえ」

壬生寺の境内けいだいで行われている隊士募集に合流した井上は、拝殿はいでんの前でしかつめらしく入隊希望者の立会いをにらむ土方歳三にグチをこぼした。


「だが芹沢のかせいできた金が必要なのも本当だ。しばらくは好きにさせとくさ」

近藤から隊士の選抜を任されている土方は、わずらわしそうに手を払った。

だが、井上の方も悩みは切実せつじつだ。

「そりゃそうだが、出て行く金の方が大きいんだぞ?ここにいる彼らも、入隊させれば食わせていかにゃならんだろ」

「…そういう所帯しょたいじみた話題は、後にしてくんねえかなあ」

土方は、前を向いたまま渋い顔をした。

「せめて優秀な勘定方かんじょうがたでもればねえ。それにさ、水戸さんがたが金を握っている以上、近藤さんの肩身かたみは狭くなる一方だぞ?」

「だから、俺たちは人を集めてる。まあそうあせるなよ」

土方はやっと井上の顔を見て、ピシャリと言った。

だが、「鬼の副長」のひとにらみも井上には効き目がない。

「別にあせっちゃいないが、チャンバラの試験じゃ算盤そろばんの腕までははかれん。な?だろ?」


「ああもう、うるっせえな!」


境内けいだいに集まっていた未来の隊士たちは、土方の大声に驚いて静まり返った。

入隊をけて藤堂平助と立ち会っていた浪士も、気をとられてピタリと動きを止める。


そこへ藤堂の面撃ちが綺麗きれいに入った。


「一丁あがり!はい、つぎぃ!」


上機嫌じょうきげんで竹刀を振り回す藤堂を見て、井上はまた大きなため息をもらす。

「おーお、悩みのない顔しちゃってまあ」


土方はとうとう泣きをいれた。

「…源さん、頼むからあっち行っててくれ」


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