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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
120/404

借金取りを追い払う方法 其之壱

壬生村。

浪士組屯所(とんしょ)、八木邸。


朝からシトシトと降る雨が庭石を濡らしている。

季節は間もなく梅雨つゆの時期を迎えようとしていたから、それまでに屋根付きの道場を完成させるのが浪士組にとって当面の急務だ。

しかしあいにくの天気で、この日、大工たちは久しぶりの休暇をとっていた。


そんなわけでめずらしく静かな朝をむかえた八木家に、離れから土方の叫ぶ声が響く。

「そーじ!そーじ!」


市中の巡察じゅんさつに出かけようと母屋おもやかさを借りにきた山南敬介は、声のする方を振り返った。

そこへ、遅れてきた沖田総司が小走りに駆け寄ってくる。

「お待たせ、支度したくできましたよ。さ、行きましょうか」

山南は離れの方にクイと首をかしげた。

「しかし、土方さんが呼んでるぞ」

「いいんですよ。どうせまた入隊希望者の相手をしろっていうんだ」

沖田は気にする風もなくジャノメ傘をひろげる。

山南はまゆをしかめ、

「では行ってきたまえ」

とうながした。


この朝、沖田が巡察じゅんさつについてくると言い出さなければ、山南は一人で伏見に向かって寺田屋をのぞいていくつもりだった。

中沢琴の居場所が分かって取りあえずひと安心はしたものの、早く話をしなければならない。

「隊士の選抜せんばつも大事な仕事だ。私は一人でも大丈夫だから」

できれば沖田をここに残らせるように仕向けて、当初の予定を変えずにすませたい。

しかし沖田は、なぜかかたくなに戻ることをこばんだ。

「市中の安全を守るほうが大事でしょ?あんなのほっといていきましょうよ」


「そーじ!どこいった!」

土方の声が近づいてくる。

「やばい!」

沖田はあわてて草履ぞうりをぬぐと山南の手をつかんで母屋おもやの奥に引っ張っていった。


「山南さんがモタモタしてるから!」

あたりの様子をうかがいながら、沖田は非難ひなんめいた口調でささやいた。

「なぜそんなに嫌がる?あれは持ち回りでやってるんだろ。相手くらいしてやればいいじゃないか」

山南はせない様子でたずねた。

「やですよ。今、入隊試験をどこでやってるか知ってるでしょ?壬生寺の境内けいだいですよ!恥ずかしい!」

これまで稽古けいこ場所に使われていた八木家の庭では、例の道場を建てていたから、隊士たちの選抜試験はむをず壬生寺の境内で行われていた。

「アレじゃ猿回さるまわしの猿にでもなった気分だ」

沖田には村人たちの好奇こうきの目にさらされながら剣を振るうのが我慢がまんならない。


…とは言い訳に過ぎず、本当はもう一つ別の理由があった。


寺に行けば、いやでもそこで遊んでいる子供たちと顔を合わさねばならず、そこにはきっと、あの石井雪もいるからだ。

壬生寺で狂言きょうげんが行われた日、沖田はこの小さな友人を招待しょうたいしておきながら、約束をすっぽかしてしまった。

楽しみにしてくれていた雪には合わせる顔がない。


「たまには土方さんも体を動かした方がいいんだ」

沖田は子どもじみたふくれっ面で鼻をならす。

二人は誰もいない奥座敷おくざしきに逃げ込んだ。


「総司!いるのは分かってるんだ!」

土方は屋敷の裏手にまわって、縁側えんがわから中をのぞき込んだ。

もう少し身をのり出せば、障子しょうじかげに隠れている沖田の姿が見えるところにいる。


山南はくだらないわがままに付き合わされて、こんなところで息をひそめているのがだんだんバカバカしくなってきた。

思い切って障子しょうじの影から出ようとしたとき、すぐ耳元で土方の声が聞こえた。


「今日という今日は…」


ところが。

「土方さん」

遠くから島田魁の声がして、土方の気配けはいがふと遠のいた。

「よう…島田さん」

「それにしても鬱陶うっとうしい雨ですねえ。あっと、そうだ、入隊希望の者が大勢おうぜい待ってます。そろそろ考試こうし(選抜の試験)をはじめないと」

「ち!総司め。しょうがない、実技の相手は平助にでもやらせてくれ」

土方がいまいましげな声でこたえた。


荒々しい足音が遠ざかっていくのを聞きながら、沖田は大きく息をついた。

「まったく、しつこいったら」

「どっちもどっちだよ」

山南はあきれ返っている。


「よし、今のうちだ。さっさとズラかりましょ」

とたんに沖田は息を吹き返して軽い足取りで廊下ろうかに出た。

すると、今度は玄関から井上源三郎の声が聞こえてくる。


「いやいや、ごもっとも!ごもっともなんですがね。そこを曲げてなんとかお願いできませんか」


ただならぬ気配の声音こわねに、二人はそのまま出て行くのをためらって、廊下ろうかかどから顔を出してそっと様子をうかがった。

玄関口には商人風の中年男が困り顔で腕組みをして立っている。

差し向かいに座った井上は、なにか適切な言葉を探そうとするように、せわしなく意味のない手振りを繰り返していた。

だが、口をついて出てくるのは「つまりそのー」とか、「あー」とか、「うー」とか、これまた意味のない言葉ばかりだ。


「今出るのはちょっとまずい」

今度は山南があおい顔をして沖田を引き止めた。

「まずいってなにが?」

沖田は片方のまゆを吊りあげてたずねた。

「源さんが捕まってるのは、たぶん借金取りだ」

「つまり…だれ?」

「さあ。酒屋か、揚屋あげやか、飯屋か、具足ぐそく屋か、あ、浜崎さんの診療所の者かもしれん。あーいや、ひょっとしたら先月タガ屋からなにか買ったかも…あるいは…」

「ちょ、ちょっとまった。そんなに!?」

山南はおどろく沖田の肩をつかんで、人差し指をたてた。

「しっ!このところよく来てるんだ」

二人は、もう一度玄関の様子をうかがい見た。


「なんや要領ようりょうを得んけど、つまり井上様はもうすこし待てとゆうたはりますのやな」

商人は肩をおとして井上の言い訳をさえぎった。

「もーーーしわけない。いやはや、あたしのつたない説明で分かってもらえてなによりですよ。いやはや…」

「べつに納得したわけやおへんけど、ないもんは取り立てようあれへんさかい。とにかく出直しますよって、一刻も早うお金を都合してください」

借金取りはようやくあきらめて、不機嫌ふきげんにそう言い残すときびすを返した。

「は。かならず!」

これではどちらが武士で、どちらが商人なのかわからない。

井上は男が門を出て姿が見えなくなるまで頭を下げていた。


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