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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
116/404

ネズミの出る部屋 其之壱

近藤たちが淀川をくだる三十石舟(さんじっこくせん)に揺られていたちょうどその頃。

山南敬介は、寺田屋の宿帳(やどちょう)に名前を(もちろん偽名で)書きこもうとしていた。

都合のいいことに、うるさ(がた)の女将は留守るすで、たまたま通りかかった若い女中が、

「そこにお名前を書いといておくれやす」

とぞんざいな対応をしてくれたおかげで、難なく敵地に潜入せんにゅうすることが出来そうだ。

山南にはこのあとの計画と呼べるほどのものはなかったが、部屋をとってしまえば、いずれは宿へ帰ってくる中沢琴と会えるはずだ。


ところが、そこへ女将の登勢(とせ)血相けっそうを変えて駆け込んできた。

「お客さん、申し訳おへんけど今日は満室どすのや」

登勢とせは息を切らしながら山南の手から乱暴に筆を取り上げた。

「しかし、この娘から部屋は空いていると聞いたが」

山南は、床に雑巾ぞうきんがけをしている女中を指差して登勢とせを振り返る。

「すんまへん。まだ奉公(ほうこう)にきて日が浅いさかい間違えましたんやろ。ようしかっときますさかい、堪忍(かんにん)え」

「そやけど、女将おかみはん…!」

女中がガラガラの二階を見上げて抗議しようとするのを、登勢とせはさえぎった。

「うちが満室や、ゆうたら満室なんどす」

山南も負けじと食い下がる。

「この宿帳(やどちょう)を見るかぎり、空きがないとは思えないが」

「ここんとこ、部屋にネズミが出るようになりましてなあ。ほんまに、油断もすきもあれへん。今日は大掃除おおそうじせなあかんさかい、使える部屋が少ないんどす」

登勢は山南をにらみすえて、たっぷり皮肉ひにくを込めた言い訳を披露(ひろう)した。

「ずいぶんな言われようじゃないか」

山南はこれでいて結構短気なところがあったから、ふだんであれば女将おかみにらみつけてもおかしくなかったが、この時ばかりはうっすらと微笑みさえ浮かべた。

この女将が、中沢琴を必死で守ろうとしてくれているのが伝わったからだ。

「分かったよ。それでは出直そう。“お富”さんにもそう伝えてくれ」

山南は宿帳やどちょうに記されていた、ただ一人の女性の名を見逃していなかった。

なにやら満足げに出て行くその姿を見ながら、登勢とせは腕を組んで大きく息をついた。

「なんやあれ、気味悪きみわるい。ほんまに、半次郎はんも(わき)が甘いわ。薩摩やからゆうて、好き勝手出入りさせんのも考えもんや」



芹沢鴨、近藤勇らの大坂行きに話を戻そう。

大坂は八軒家はっけんやについた一行は、まっすぐ今橋方面へ向かった。

めざすは両替商(りょうがえしょう)の平野屋である。


じつはこの件には前段(ぜんだん)があった。


平野屋は大坂でも有数の両替商(りょうがえしょう)で、浪士組はこれまで散々人をやって借金を申し入れていた。

しかし、そのたびに居留守いるすを使われ、ノラリクラリとかわされてきたのだ。


(ごう)を煮やした芹沢は、とうとう近藤・新見を引き連れて、みずから大坂に乗り込む決心をしたという次第しだいだ。



ところが。


「ほんまに間ぁが悪いちゅうか、申しわけありまへんけど、主人の五兵衛ごへいは今日も留守でして」

番頭ばんとうはこの日も主人はいないとシラをきった。

「へえ、そうかい。んじゃまあ、急ぐ旅でもなし、帰ってくるまでここで待たせてもらうとするか」

芹沢は怒りを押し殺した声で言うと、帳場(ちょうば)の真ん前にどっかり腰をおろした。


「まさか、壬生浪士組の筆頭局長にここまでさせておいて、やっぱり金は貸せませんなんて言わねえよなあ」

手下の野口健司がスゴむと、すかさず新見錦がなだめにかかる。

「やめないか、野口。使用人が主の留守中に大金を動かせないのは道理どうりだ。逆にいえば、主人が帰ってくれば貸すということさ。なあ、番頭さん」

例の仏生寺弥助がつかった手段である。


「どうも長くなりそうだ。お前らも座らせてもらいな」

番頭の苦りきった顔をみて、芹沢鴨はヤクザの親分よろしく近藤たちに声をかけた。

永倉新八がなにか意見しようとするのを近藤が押しとどめる。

芹沢、新見、近藤、土方、永倉、沖田、野口、七人がずらりと並んで店先の上がり(かまち)に腰かけると、客の相手をするすき間さえないような状態になってしまった。


奥に隠れて様子をうかがっていた主人の平野屋五兵衛は、番頭ばんとうが芹沢たちの扱いに手を焼いているのを見て考え込んだ。

これは一筋縄ひとすじなわでいく相手ではないと判断した彼は、とうとう裏口から奉公人ほうこうにんを出して奉行所へ走らせた。


平野屋のある今橋から内本町の西町奉行所までは、走れば(今でいう)10分ほどの距離だ。



とはいえ、辛いのは平野屋ばかりでもない。

近藤たちはまゆをひそめる客の目にさらされ、「たちの悪い不逞浪士ふていろうし」として気恥ずかしさに耐えねばならなかった。

四半刻(しはんとき)もしないうち、店の者がを上げるより先に永倉がボヤきはじめた。

「こ~んな姿、親兄弟にゃあ見せらんねえな」

土方歳三がすばやく肩を寄せて、ジロリと永倉をめあげる。

「黙ってろ。食っていくためにゃ、そうカッコいいことばかりも言ってられねえだろ」

「…京に出てからこっち、おれたちにカッコいい見せ場なんてあったかよ?さあっぱり思い出せねえがな…あイテ!」

土方は口の減らない永倉の足をみつけて黙らせた。


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