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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
葬送之章
110/404

高慢と偏見 其之壱

壬生寺。


近藤勇はまるでさでも晴らすように、

試衛館の門弟たちに激しい稽古けいこをつけていた。


「総司、おまえの突きは前にのめり過ぎだ!もっと後ろ足に体重を残せ!そうすりゃ次の動作がもっと早くなる」

「はい」

沖田総司はもう何度目になるのか、数えきれないほどの立ち合い稽古を繰り返していた。


永倉新八と原田左之助は二人の様子をなかば呆れてながめている。

「気合入ってんなあ」

「つーかよう、総司の突きなんて、あれ以上早くして一体ナニと戦う気なんだよ…」

原田は沖田との立ち合いを思い浮かべてウンザリな顔をした。

「よおし!ほんじゃま、おれたちも、もう一汗ひとあせ流しますか!」

永倉が釣られて張り切り出すと、原田は手のひらを突き出した。

「もう結構!オマエ、調子づいてくっと、滅茶苦茶めちゃくちゃブン回してくるから!あとは稽古ケイコダイスキ源さんにでも付き合ってもらえ」

「お~い、付き合いわりいなあ。だって源さんは見回りに出てんだよ」


とそこへ、

タイミングよく巡察じゅんさつを終えた井上源三郎が帰ってきた。

「お、いいところに」

永倉が声を掛けようとしたが、井上はなにやらあわてた様子で近藤に駆け寄って行った。

「近藤さん、近藤さん、やっぱりここか。探したよ」


「よう、どうした?」

沖田と対峙たいじする近藤は、井上に背を向けたまま応えた。



「さっき三条大橋のそばでさ、気になる男を見かけたんだ。あの小洒落こじゃれた格好は、家里次郎じゃないかと思うんだが」


井上の肩に手を置こうとしていた永倉新八の動きがピタリと止まる。


近藤は手拭てぬぐいで汗を拭きながら振り返り、あきれたように天をあおいだ。

「あいつ、まだこの辺をウロウロしてやがったのか」

「声を掛けようとしたんだが、気づかれたか池田屋って宿屋の辻をひょいと入って行ってってしまってさ、そこで見失った」

「なにやってんだ」

「いやさあ、これ、どうしたもんかねえ?」

普段であれば、井上もこんな間の抜けた質問はしない。

おそらく、彼も殿内の死にまつわる一連の出来事の裏で何があったか、薄々察していたから判断に迷ったのだろう。


稽古けいこが中断して、いつの間にか試衛館一門は近藤の周りに輪になって集まっていた。


副長、土方歳三が、困り顔の井上を横目でにらむ。

「どうするって、死んだ殿内が土佐の吉村寅太郎とつながってるかもしれないなんて言い出したのは源さんだぜ?家里はその殿内と同志なんだ。見かけちまった以上、追わにゃなるまいよ」

「アレは、あたしじゃなくて、お琴ちゃんがそう言ったんだよ」

原田左之助が井上の背中をドンと叩いた。

「まったく。めんどくせえもん、見かけんなよな!」


その時、近藤と沖田が、渋い顔で目を見合わせるのを、永倉新八は見逃さなかった。


「消えちまったってことは、まだその辺りの家にひそんでるかもしれないってことだよな?んじゃま、おれが行ってくらあ」

スタスタと歩き出す永倉の後を、あわてて近藤が追った。

「あ、まて!俺もいく!源さん、案内を頼む」

「あ、ああ」


「ねえ!稽古ケイコはどうすんのさあ!?」

藤堂平助が三人の背中に声をかけた。

「歳、あと頼む」

近藤は振り返りもしない。


山南敬介は、土方に目配せしてうなずき合い、原田に向き直った。

「原田さん。我々もお供しましょう」

原田はとうに木太刀きだちを放り投げ、愛用のやりかついでいる。

「俺ぁハナからそのつもりだぜ?」



井上の言った池田屋というのは、鴨川に架かる三条大橋のすぐ西側にある宿屋である。

すなわち、歴史に名高いあの「池田屋事件」の舞台だ。


近藤ら五人は、井上の案内で、その北側の辻に入った。

すると、山南がすぐ裏にある小さな武家づくり屋敷の前で足を止め、けわしい顔でうなった。


「ここは…近藤さん、岩国屋敷(京の岩国藩邸)ですよ」

原田が不思議そうな顔で、近藤と山南の顔を交互に眺めた。

「なに?それがどうしたの?」

「岩国藩ってのは毛利筋の吉川家が治めてる国だ」


おかしな話ではあるが、岩国を治める吉川家というのは、長州の支藩しはん(つまり徳川に直接紐づく外様大名とざまだいみょう)なのか、長州毛利家の家臣なのか、曖昧あいまいな存在だった。


「ふうん。厄介やっかいなとこに逃げ込みやがったなあ。源さん、ほんとにここかあ?」

原田が井上の肩を小突く。

「待ってくれ。あたしゃ、この辺りで見失ったってだけで、この中に入っていくとこを見たわけじゃないんだぞ?」

「ただの偶然かもしれんが、出来すぎな気がするな」

近藤が腕組みをして考え込むところへ、永倉が口を出した。

「しかし近藤さん、家里の野郎が長州と通じてたなら…」

殿内も長州の間者かんじゃという事になる。


山南敬介はそんな永倉の横顔をじっと見つめていた。

彼にはいま、永倉の考えていることが手に取るようにわかった。

それは、事情を知る山南が自己を正当化するために辿たどった都合のいい理屈とまったく同じだったからである。


殿内の死について近藤たちの関与を疑っていた永倉にしてみれば、それが事実であって欲しいという希望にすがりたいのだ。

何故なら、仮に近藤らが手を下したとしても、それであれば大義名分たいぎめいぶんが立つではないか。

そして、近藤の言うとおり長州が殿内を殺したとしても、凶行きょうこうは家里の手引きという筋書きが成り立つ。


結局、考えても真実は霧の向こうだ。

しかし、家里なら何か知っているかもしれない。


御用改ごようあらためかい」

原田が意気込んだ

今や会津お預かりとなった彼らは堂々とこの言葉を口にできる。

しかし、それも相手次第だ。

「さすがに、大名屋敷ここに踏み込むのはまずいですよ」

山南が近藤に耳打ちした。

「分かってます。穏便おんびんに、でしょう?め事を起こして会津公にご迷惑をかける気はありません」


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