表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
107/404

行き止まりの道 其之弐

同じころ。

くだん与力よりき草間烈五郎くさまれつごろうに伴なわれ、東町奉行所に向かった近藤勇は、門前まで来ると突然立ち止まって山南敬介を振り返った。

「ここまででいい。山南さんは戻って下さい」

「え?いや、しかし…」

近藤ひとり置いていくことに不安を覚えた山南は食い下がったが、

「呼ばれたのは私だけだ。別に捕まったわけじゃないんだから、そう深刻な顔しなさんな。今度のことで隊内には動揺どうようもあろうし、山南さんは戻って、おかしな憶測おくそくが飛びかう前に収めてください」

近藤は笑顔で取り合わなかった。


与力よりきの前でこう出られては、引き下がるほかない。

しかしこの場合、隊士たちが思い描く最悪の筋書きが、おそらくもっとも事実に近かった。

ちなみに近藤は後日、この一件を「殿内に天誅てんちゅうをくわえた」と故郷に書き送っている。

昨夜の一件から、近藤の中で何かが変わったのかもしれない。

悠然ゆうぜんと奉行所の門をくぐる近藤の後姿うしろすがたを、山南は複雑な気持ちで見送った。


近藤だけではない。自分たちも京の熱気、いや、狂気とでもいうべきものに飲み込まれつつあるのではないか。

そんな不安を覚えながら、大宮通を南に引き返した。

やがて「六角獄舎ろっかくごくしゃ」と呼ばれる牢屋敷ろうやしきを通りかかったとき。

突然背後に人の気配けはいを感じて、山南はとっさに抜刀ばっとうした。


振り向きざま身構えると、そこには町娘まちむすめに身をやつした中沢琴が立っていた。

肩口かたぐちに突き付けられた刀身とうしんを凝視しながら、琴はつばを飲み込んだ。

「…さすが、かんにぶってない」


「!」

山南はすばやく刀を引き、サヤに納めた。


「お琴さん。いったい、なんのつもり…」

山南に文句を言ういとまもあたえず、

「いいから。ちょっとこっち」

琴はいきなり腕をつかむと、通りの至るところにある小さな古寺ふるでらの一つに引っぱり込んだ。


「…ひと月も姿をくらませておいて、他に言うことはないんですか」

山南は怒りとあきらめの入り混じった眼で琴をにらんだ。

琴は、何かこの場に相応ふさわしい謝罪の言葉を探すように小さな手振りを数回繰り返したのち、諦めたように肩を落とした。

山南は仕方なく先を続けた。

「私が聞きたいことは、分かりますね?」

「ええ。どう言い訳しても納得してもらえないでしょうから、正直に答えますけど、私は清河八郎きよかわはちろうの依頼で動いています」

山南は深いため息をつき、琴の言い分をはね退けた。

「馬鹿なことは止めて、利根へ帰るんだ」

しかし琴も、その忠告をまばたきひとつで黙殺もくさつした。

「で、今日はお願いがあって来ました。殿内さんに会わせてほしいんです」

不意討ふいうちのようにその名前を突きつけられて、山南の頭から今までの会話は消し飛んでしまった。

なぜ中沢琴の口から殿内の名が出てくるのか。

混乱して、口をパクパクさせていると、

寺の本堂ほんどうから、なぜか井上源三郎が歩いてきた。

「やあ、お二人さん。ずいぶん抹香臭まっこうくさい場所で逢引あいびきだね?」

山南は、なにやら救われたような、しかし不味まずいところを見られたような、妙な気分にさせられた。

「い、井上さんこそ。こんなとこで何してるんですか?」

「あたしゃ殿内さんの密葬みっそうの手配だよ。気は重いが、これも仕事でね」

「では、このお寺に?」

「それがねえ…」

井上が顔をしかめて振り返った方角からは、くぐもった木魚もくぎょの音に合わせて、うなるような読経どっきょうの声と、線香の香りが漂ってくる。

「断られちまったよ。通りにはこれだけ寺が建ち並んでるってのに、なかなか引き受け手がなくて、困ったもんさ。坊主ボウズどもは何やら小賢こざかしい理屈をこねるが、要するに金次第カネしだいってこったろ。この分じゃ、次に誰か死んだら、あたしゃ信仰を失くしちまうね」

井上は落胆らくたんした様子で頭をいた。

縁起えんぎでもない」

苦笑くしょうする山南と井上の顔を、琴は目を丸くして交互に見比べた。

「ちょ、ちょっと待って。殿内さんは死んだの?どうして?」


「斬られたのさ。たぶん、長州の連中に」

井上は、なぜ琴が殿内義雄の件でムキになるのかに落ちない様子で答えた。

うそ。あり得ない」

その妙に確信めいた響きに、山南は眼を細めた。

「…なぜそう思うんです?」

「それは…」

琴は口ごもった。


「お琴さん、あなた、いったい京で何をやってるんだ?殿内と会って何を話すつもりだったんです?」

琴はてのひらで、矢継やつばや詰問きつもんを押しとどめた。

「…ま、待ってよ。まず私の話を聞いて」

「それは、さとに残してきたお父上や、良之助くんよりも大事なことなのか?」

詰め寄る山南と、興味深げな井上の視線に気圧けおされ、琴はついに観念かんねんしてちゅうにらんだ。

「…分かったわ。殿内さんと、京に潜伏せんぷくしている吉村寅太郎の関係を知りたかったの」


今度は山南たちがおどろく番だった。

吉村寅太郎よしむらとらたろうとは、土佐勤王党とさきんのうとうを飛び出した、あの吉村?」

土佐で投獄とうごくされていた吉村がゆるされ、ひそかに入京にゅうきょうしたことは、まだ一部の人間にしか知られていないはずだ。

「ええ。彼はこの京で、より過激な攘夷じょうい集団を立ち上げようとしている」

琴の話しぶりには迷いがなく、それは山南が幸運にも知りえた事実とも合致がっちしていた。

彼女が何らかの方法で、吉村寅太郎の動きをつかんでいるのは、もはや疑いようもなかった。

「ねえ。殿内さんが、攘夷派と接触していた形跡はありませんでした?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=929024445&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ