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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
103/404

女たち 其之参

「ふん、こけおどしか。話にならんな、これを見ろ」

殿内はふところから鵜殿鳩翁うどのきゅうおう書状しょじょうを取り出し、正面に座る芹沢の前に放り投げた。


これこそが、殿内義雄をして浪士組のおさたらしめる根拠なのだ。


畳の上の書状を冷ややかに見下ろし、芹沢は太夫たゆうしゃくを受けている。

代わって、水戸一派の平山五郎がそれをひろい上げた。

彼はサラリと文面を読み流しただけで、その正当性に反論の余地がないとさとったか、隻眼せきがんに憎しみをたぎらせて殿内をにらみつけた。


拝見はいけん

山南敬介が差し出したてのひらに、平山はそれを圧しつぶすように叩きつけた。

山南は静かに目を通し終えると、顔を上げ、その紙を手のこうはじいた。

「しかしここには、こうある。『京都に残りたいと申し出た者は、会津藩にその身柄みがらあずけ、同家(会津松平家)の指示に従うように伝えよ』」

しかし、その指摘も殿内には予期よきしたものであったらしい。

「その通り。しかし、書付かきつけの最後を見たまえ。それを“伝える”のは私の仕事だ」

たしかに、文末には鵜殿鳩翁うどのきゅうおうの名で殿内、家里宛てとある。

殿内は山南が返答にきゅうするのを満足そうにながめ、とどめを刺した

「つまりだ。京に残留する浪士の身のしょかたについては、万事ばんじわたしを通して、会津公のご指示をあおぐことになっている。そもそもお前たちが幕府のあたま越しに会津藩と話をするなど、僭越せんえつだとは思わんかね」


芹沢が太夫を抱き寄せながら聞いた。

「あんたは、浪士組が会津の庇護ひごに甘えるだけでやっていけてると思ってんのか?」

殿内は汚らわしいものでも見るような目で吐き捨てた。

「それは貴様キサマらのやってる押し借りまがいの金策きんさくを言ってるのか?」

山南と土方は、そろってしぶい顔をした。

もっとも痛いところを突かれたからだ。

しかし当の芹沢は、そんな中傷ちゅうしょうなど意にもかいさない。

「おもしれえ。じゃ、どなたか知らねえが、あんたと仲良しの、その幕府の偉いさんから今すぐカネを工面してきてもらおう」

殿内は芹沢の挑発ちょうはつ一笑いっしょうした。

「子供じみた無茶を言うな」

「無茶だと?具足ぐそくもねえ、武器もねえ、頭数あたまかずも充分じゃねえってのに、どうやって攘夷派じょういはの荒くれどもと戦う?このままじゃ俺たちは、いつまで経っても烏合うごうしゅうだぜ」


熱をびてきた議論にしゃくをする芸妓げいぎたちの手も止まる。


「誰といつ、どう戦うかは、おかみが決める。お前たちはそれまで、せいぜい竹刀しないでも振っていればよろしい。ま、これだけは言っておいてやろう。金の当てならあるから心配するな」

殿内は不遜ふそんに言い放った。


今夜の暗殺計画はいよいよ避けられそうにないと判断した土方が、末席まっせきに座る沖田総司に耳打みみうちした。

「じき話し合いは決裂けつれつだ。おまえは先に店を出て、粕谷と落ち合え…こっちはなるべく長く引きとめて、飲ませるだけ飲ませておく」

沖田はわずかな目の動きで了承りょうしょうの意を伝えた。


「…街を出る前にれ」

そこには、短慮たんりょな男を演じる土方歳三の姿はすでになく、本来の冷徹れいてつな策略家がいた。

ちなみにこののち、敵を酔わせて斬るのは土方の常套じょうとう手段となった。


かわやにいってきます」

白熱する議論にみなの意識が集中したころ、沖田はしゃくをする芸妓げいぎに声をかけてさりげなく席を立った。

かんするどい斎藤一が、その妙な気配けはいに問いかけるような視線を投げると、沖田はわずかに首を振って「ついて来なくていい」と目配めくばせを返した。



沖田が外に出た頃には、すでに下弦かげんの月が南の空に浮かんでいた。

路地の暗闇にひそんでいた粕谷に合流して、声をかける。

「…たぶん、もう少しで話し合いは終わります」


「で?」

協議の行方ゆくえを問う粕谷に、沖田は首を横に振って不調ふちょうに終わったことを告げた。

それは、同時に暗殺の決行を意味する。

沖田は自分を押し殺し、土方の作戦を淡々と伝えた。


「悪くない作戦だ。あの土方というのは油断のならん男だな」

やみの中に妖しく光る粕谷の目が笑っていた。

沖田はそんな事などどうでもいいと首を振った。

「それより、どうします?」

決断を迫るその口ぶりはさりげなく、

それでいて、沖田の視線には射抜くような鋭さがあった。

粕谷は軽い驚きの表情を浮かべた。

「どうするだと?今さら何を聞く。無論むろん、今夜決着をつける」


粕谷のう「決着」がなにを意味するか、沖田はわかっていた。


「あれから…あなたの話を聞いてから、殿内をつけ回してるあいだも、ずっと考えてたんですよ…」

沖田はちゅうに視線をただよわせて、言葉を切った。

粕谷は、ただ黙ってその続きを待っている。


「…やっぱり、あなたに手柄てがらゆずる訳にはいかない」

粕谷は沖田の言葉の真意を探るように目をすがめた。

「沖田くん。私をすくいたいなどと思っているなら、それは思い上がりだ」

二人はしばしにらみ合った。


先に口を開いたのは沖田だった。

「…逃げ出したいと思ってるのは、実はあなたの方じゃないんですか」

「なんだと」

沈着冷静ちんちゃくれいせいな粕谷新五郎が、めずらしく感情らしきものをのぞかせた。



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