女たち 其之弐
― 祇園甲部。
享楽にあふれる都でも最大の歓楽街。
花街に一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だ。
建ち並ぶ茶屋の店先には、それぞれの屋号をあしらった雪洞がともり、石畳の小路を照らしている。
軒に連なった雪洞には、みな祇園のシンボル「つなぎ団子」の紋様がはいっていて、浮世と隔絶された世界を演出していた。
通りには吹髷といわれる髪を結い華やかな髪飾りをつけた芸妓たちが行き交っていた。
隊士たちは市中の巡察があるので祇園が初めてという者はさすがにいないものの、やはり客として見る景色はいつもと違う。
「すれ違うたびにいい匂いがするんだよなあ」
永倉新八が、連れ立って歩く舞妓を返り見て、のん気に鼻の下を伸ばしている。
沖田は釣られて振り返り、底の厚い履物で器用に歩く彼女たちに感心しながらも、憂鬱な気分をぬぐえない。
「お祐ちゃんがなんで誘わなかったんだってまた怒るよ」
と、差しさわりのない話題でお茶をにごした。
「いちおう誘ったんだがな。さすがに祇園まではついて来なかったよ」
「ま、あれでも女だし」
沖田が気の抜けたような笑顔で応えると、復活した原田左之助が口をはさんだ。
「祇園は嫌いなんだってさ」
「なぜ?」
「さあね」
原田はそっけなくいうと、また女たちに視線をもどした。
「ま、此処は見た目より物騒ですからね」
沖田の言葉どおり、この華やかな町は、ある意味で敵地だった。
幕末、祇園の華たちも京女のご多分にもれずその大半は長州びいきで、この町の裏の顔は攘夷派の暗躍を陰で支える女たちの棲み家でもあるのだ。
一行が店の前に着いたところで、芹沢鴨が沖田の肩をつついた。
「粕谷さんはどうした?」
沖田は少し間をおいて、意味ありげに口元をゆがめた。
「『狂言の後始末』を今夜中に済ませたいってことで、来れないそうですよ」
永倉が怪訝な面持ちで二人の顔を見比べる。
芹沢は薄笑いを浮かべながら無言でうなずき、のれんをくぐった。
四半刻ほどのち。
芸妓の三味線が長唄の旋律を奏でている。
「料理がおそいな」
元来癇性の気がある新見錦は、人差し指の先で忙しなく膝をつついている。
しかし、藤堂平助がやっとの思いで口説き落とした茶屋を責めるのは酷というものだった。
いきなり二十人もの客を押し付けられた店の裏では、 四方八方の仕出し屋から料理を取り寄せて戦争のような騒ぎなのだ。
遊び女たちは、場をつなごうとせわしなく酌をして廻り、自然のなりゆきで、みなの酔いも早くなる。
会津藩士たちとの一件で目論見が外れた新見は、殊に盃を空けるペースが早い。
これは充てに出来ないと判断した土方歳三は、率先して殿内に酒をすすめた。
「まあまあ殿内先生、難しい話のまえに、まずは壬生狂言の成功を祝して一献いきましょう」
「いや、私はこのあとも所用があるのだ」
最初の内こそ殿内もそう言って拒んでいたが、注ぎ上手の土方に乗せられて、気がつけば酒を過ごしていた。
赤ら顔の新見錦が、憂さを晴らすように時勢を語り始める。
「寺田屋の一件で、薩摩の過激派誠忠組はここのところなりを潜めてる。俺たちの当面の敵は、長州の志士とかいうゴロツキども、武市半平太の土佐勤王党、そこから分派したという吉村寅太郎、林藤次(桜園)の門徒ども肥後勤王党、その他、有象無象ってところだ」
「やつらなど、根絶やしにしてやるさ」
仲間の平山五郎が気勢をあげる。
酔いがまわった殿内義雄は、新見ら水戸勢をさえぎって、さっそく一席ぶちだした。
「まてまて、黙って聞いておればなんだ?勝手に話を進めるな。本隊と離れたとはいえ、われわれが幕府旗下の組織であることに変わりないんだぞ。まさに今も、大樹公が二条城におわすのだ」
「それがどうした?今の我々はれっきとした会津藩お預りの身分で、市中の警護を任されている。そして、その会津に約束を取り付けたのは芹沢先生だ。われらが隊の方針を決めるのに何の不服がある」
新見が、手前みその理屈でついに舌戦の口火を切った。
もちろん、殿内は受けて立つ構えだ。
「きさまらには何かを決める権利など最初からない!少々後手を踏んだが、浪士組取締役の鵜殿さまから残留組の取りまとめを任されたのは、他ならぬこの私と、ここにいる家里だ」
「やれやれ、またそれかよ」
芹沢鴨はもう飽きあきだという様子で鼻を鳴らして、
「幕府の権威をかさに着るのもいいが、あんたの後ろ盾になる鵜殿様も、もう京にはいないんだぜ。そろそろ自分の立場ってのを理解しとかねえと、この辺りがうすら寒いことになってくるんじゃねえのか」
とトレードマークの大鉄扇で首の後ろをとんとんと叩いて見せた。




