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幕末カタナ・ガール  作者: 子父澤 緊
抗争之章
102/404

女たち 其之弐

― 祇園甲部ぎおんこうぶ

享楽きょうらくにあふれる都でも最大の歓楽街。


花街に一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だ。


建ち並ぶ茶屋の店先には、それぞれの屋号やごうをあしらった雪洞ぼんぼりがともり、石畳いしだたみ小路こみちを照らしている。

のきつらなった雪洞には、みな祇園のシンボル「つなぎ団子だんご」の紋様もんようがはいっていて、浮世うきよ隔絶かくぜつされた世界を演出していた。


通りには吹髷ふくわげといわれる髪をい華やかな髪飾りをつけた芸妓げいぎたちが行きっていた。


隊士たちは市中の巡察じゅんさつがあるので祇園が初めてという者はさすがにいないものの、やはり客として見る景色はいつもと違う。



「すれ違うたびにいい匂いがするんだよなあ」

永倉新八が、連れ立って歩く舞妓まいこを返り見て、のん気に鼻の下を伸ばしている。

沖田は釣られて振り返り、底の厚い履物はきもので器用に歩く彼女たちに感心しながらも、憂鬱ゆううつな気分をぬぐえない。

「お祐ちゃんがなんで誘わなかったんだってまた怒るよ」

と、差しさわりのない話題でお茶をにごした。

「いちおう誘ったんだがな。さすがに祇園まではついて来なかったよ」

「ま、あれでも女だし」

沖田が気の抜けたような笑顔で応えると、復活した原田左之助が口をはさんだ。

「祇園は嫌いなんだってさ」

「なぜ?」

「さあね」

原田はそっけなくいうと、また女たちに視線をもどした。


「ま、此処ここは見た目より物騒ぶっそうですからね」

沖田の言葉どおり、この華やかな町は、ある意味で敵地だった。

幕末、祇園のはなたちも京女きょうおんなのご多分にもれずその大半は長州びいきで、この町の裏の顔は攘夷派の暗躍あんやくを陰で支える女たちのでもあるのだ。


一行が店の前に着いたところで、芹沢鴨が沖田の肩をつついた。

「粕谷さんはどうした?」

沖田は少し間をおいて、意味ありげに口元をゆがめた。

「『狂言の後始末あとしまつ』を今夜中に済ませたいってことで、来れないそうですよ」

永倉が怪訝けげん面持おももちで二人の顔を見比べる。

芹沢は薄笑いを浮かべながら無言でうなずき、のれんをくぐった。



四半刻しゃんときほどのち。


芸妓げいぎ三味線しゃみせん長唄ながうた旋律せんりつかなでている。


「料理がおそいな」

元来がんらい癇性かんしょうがある新見錦は、人差し指の先で忙しなくひざをつついている。

しかし、藤堂平助がやっとの思いで口説くどき落とした茶屋を責めるのはこくというものだった。

いきなり二十人もの客を押し付けられた店の裏では、 四方八方の仕出し屋から料理を取り寄せて戦争のような騒ぎなのだ。


遊びたちは、場をつなごうとせわしなくしゃくをして廻り、自然のなりゆきで、みなの酔いも早くなる。


会津藩士たちとの一件で目論見もくろみが外れた新見は、ことはいを空けるペースが早い。

これはてに出来ないと判断した土方歳三は、率先して殿内に酒をすすめた。


「まあまあ殿内先生、難しい話のまえに、まずは壬生狂言の成功を祝して一献いっこんいきましょう」

「いや、私はこのあとも所用しょようがあるのだ」

最初の内こそ殿内もそう言ってこばんでいたが、注ぎ上手の土方に乗せられて、気がつけば酒を過ごしていた。


赤ら顔の新見錦が、さを晴らすように時勢じせいを語り始める。

「寺田屋の一件で、薩摩の過激派誠忠組(せいちゅうぐみ)はここのところなりをひそめてる。俺たちの当面の敵は、長州の志士とかいうゴロツキども、武市半平太の土佐勤王党とさきんのうとう、そこから分派ぶんぱしたという吉村寅太郎、林藤次とうじ桜園おうえん)の門徒もんとども肥後勤王党ひごきんのうとう、その他、有象無象うぞうむぞうってところだ」

「やつらなど、根絶ねだやしにしてやるさ」

仲間の平山五郎が気勢きせいをあげる。


酔いがまわった殿内義雄は、新見ら水戸勢をさえぎって、さっそく一席いっせきぶちだした。

「まてまて、黙って聞いておればなんだ?勝手に話を進めるな。本隊と離れたとはいえ、われわれが幕府旗下ばくふきかの組織であることに変わりないんだぞ。まさに今も、大樹公たいじゅこうが二条城におわすのだ」

「それがどうした?今の我々はれっきとした会津藩おあずりの身分で、市中の警護を任されている。そして、その会津に約束を取り付けたのは芹沢先生だ。われらが隊の方針を決めるのに何の不服ふふくがある」

新見が、手前みその理屈でついに舌戦ぜっせん口火くちびを切った。

もちろん、殿内は受けて立つ構えだ。

「きさまらには何かを決める権利など最初からない!少々後手ごてを踏んだが、浪士組取締役ろうしぐみとりしまりやく鵜殿うどのさまから残留組の取りまとめを任されたのは、他ならぬこの私と、ここにいる家里だ」

「やれやれ、またそれかよ」

芹沢鴨はもう飽きあきだという様子で鼻を鳴らして、

「幕府の権威けんいをかさに着るのもいいが、あんたの後ろだてになる鵜殿様も、もう京にはいないんだぜ。そろそろ自分の立場ってのを理解しとかねえと、この辺りがうすら寒いことになってくるんじゃねえのか」

とトレードマークの大鉄扇だいてっせんで首の後ろをとんとんと叩いて見せた。


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