第06話『地球の災害を宿す幹部』2/19修正
「ノーフェッド」
太陽の暖かい明かりが当たらない暗い部屋で、チップを持った人間は低い声で怪物になれる言葉を呟いた。それは『ウィンド オブ フェスティバル』リハーサルの中、赤いドレスを着こなした紗季に向かって5mの壁セットが倒れてくる事件が起こる20分前の出来事である。その人間は、アルファベット『h』の文字が描かれたGSチップに宿る薄茶色のガイアパワーによって身体が輝き始める。やがて光が収まると怪物ハンター・ノーフェッドに変化していた。
「へえ、キミの名前はハンターだね」
「ありがとう。これで赤松紗季を消すことが出来る……!!」
「お礼を言われる筋合いは無いよ。ボクはきっかけを与えるだけで、キミがその力を使用して何をしようと自由だからね。そうそう、1つだけ注意事があった。ボクたちノーフェッドには邪魔者がいて、フュージョナーと名乗っているよ。出会ったら気をつけてね」
薄茶色の怪物ハンターの前には、GSチップを渡したもう1人の怪物がいる。チップに内蔵してある音声認識プログラムによってノーフェッドに変化したのを見届けた鍵条姫乃こと藍色の怪物キー・ノーフェッドだ。いつも通り、GSチップの利用者を見つけていた。
ハンターに変化している人間は紗季のストーカーであり、消せることに礼を言っているが、キーは利用者の使用方法に興味なさそうである。キーの目的はあくまでもGSチップの覚醒──エクストラチップを集めることである。そのエクストラチップを使用する自分たちとは別の戦士──ノーフェッドの敵であるフュージョナーを警戒するように促すことは忘れない。
何故、姫乃は利用者を見つけることが出来るのかというと、それはエクストラチップ『K』キーの固定能力である。藍色に輝く眼力は人間の潜在能力を調べることが出来て、チップに応じた人間を引き当てる。そして、いつも持っている鍵型の銃『ウェイク・シューター』はGSチップを使用できるための鍵穴を利用者の肉体の一部に撃ち込んで作り出す。その際に万が一に自分のことを話さないように記憶操作もしているのだ。
「私は戦ったことが無いのだが……」
「安心したまえ、ハンターくん。サービスとして助っ人を連れてきているから存分に暴れていいよ」
「助っ人……?」
最近フュージョナーという怪物を倒す白い戦士といった噂で聞いたことがある敵に、不安になる薄茶色の怪物ハンター。チップを手に入れたからといって戦闘に関しては素人である。不安を聞いたキーはいつも通りサービスを事前に用意しており問題ないと励ましているように見えるが、助っ人が誰か分からないハンターは首を傾げる。やがて、リハーサルの本番の合図が聞こえて怪物ノーフェッドたちは『ウィンド オブ フェスティバル』会場の中にある部屋から立ち去るのであった。
「トライディザスター……?」
「フレイム・ノーフェッド……?」
「何だぁ、ちゃんと聞いていなかったのか、もう一度言うぜ、俺様はトライディザスターの1人、フレイム・ノーフェッド様だ!!」
会場の外である街路樹が並んでいる広場で空気中に赤い炎が舞う中、少し傷ついたフュージョナーに変化している進也と会場のスタッフの避難が終わったと報告しに来た里美は、先ほどまで戦っていたハンターを逃がした突然の乱入者フレイム・ノーフェッドが言った内容が分からなかったのか一緒に首を傾けている。その様子を見たフレイムは律儀にもう一度同じように宣言して身体から炎を発した。
「どうやら敵みたいだね、松下さん。今までのノーフェッドとは様子が違う」
「そうですね……。あっ、上野くんのお父さんから電話が……もしもし?」
《もしもし、松下ちゃんか!? 君や進也の目の前にとてつもないガイアパワーが感知している!! 何かあったのか!?》
再び燃え上がったフレイムに対してエターナルは警戒する。今までのノーフェッドとの戦闘では不利になったことはあったが、覇気で追い詰められる感覚を味わうのは初めてである。それに白い鎧を傷つけた攻撃は、あの1年前の出来事ロストタイムで対峙した『漆黒の怪物』以来だからだ。そんな進也の態度から感じ取ったのか、里美も自ら後退してフュージョナーの背中にある黒マントに身を寄せている。すると、里美の携帯電話からメロディが鳴り、電話相手がノーフェッドに詳しい秀樹であることを確認して通話をする。
風花荘から携帯電話で会話をしている秀樹はノーフェッドの巨大な反応を見て焦っていた。いつも部屋からタッチパネル式でタブレット型の特殊携帯端末機でガイアパワーを感知している。液晶画面には立体の地図が映っており、奏時市全体を現している。フュージョナーは水色の丸印で、ノーフェッドは赤色の丸印で表示されている。ちなみに里美を桃色の丸印で表示しているのは、秀樹はこの携帯端末機の予備を護衛用として里美に渡すつもりであるためだ。
「炎を纏ったノーフェッドが……フレイム・ノーフェッドと名乗っています」
《何だと……!? 進也、気をつけろ!! そいつは『黒炎』の異名を持っていて、GFウォッチを着けている幹部だ!!》
「上野くん、幹部だそうです!! 気をつけてください!!」
「何だって!? 分かった、コイツを倒してお袋のことを聞き出す!!」
一触即発な雰囲気の中、里美は秀樹に現在の状況を簡単に電話越しに伝える。それを聞いた秀樹はフレイムが組織の中でも上位に値する異名の持ち主であることを知っており、さらにフュージョナーと同じ地球の未知なる力──ガイアパワーを秘めたチップを制御するGFウォッチを身に着けていることなど、大声で注意を呼びかける。秀樹との会話を簡単に進也に伝える里美。あの『漆黒の怪物』が率いる組織と関連している相手の出方を見ていた進也の感情が高ぶっていく。その感情は母親を消した相手への復讐心も含まれているが、里美への謝罪の件からか安定した闘争心を保っている。身体が小刻みに震えて武者震いを体感しているのだ。
「話し合いは終わったか? なら行くぜ、フュージョナー!!」
「来い、ノーフェッド!!」
武者震いをしているのはフレイムも同じであった。久しく見ぬ敵という存在、自身の力を解放するという喜びが燃え上がらせる。両肩に巨大な手の形をしたショルダーアームを持って、両腕と頭部に炎が絡み付いたような姿をしている茜色の怪物フレイム・ノーフェッドは右腕を前に伸ばして右手を広げると、何もない所から炎を纏った深紅の槍『ブレイジング・ランス』を出現させた。自身の身長と同じくらいな長さの深紅の槍を右手で握りしめ鋭く尖った槍の先端をエターナルに向ける。フレイムの感情がますます高ぶってきたのか、身体に纏ったガイアパワーの炎が激しく燃え上がるなか、腰を軽く下ろして炎を纏った足で走り始め、加速した脚力から放たれた後の足跡は燃えている。エターナルもまた真っ直ぐ走ってくるフレイムに対して、後ろにいる里美を巻き込まないために覚悟を決めて走り始めた。
「オラ!!」
「くっ」
「オラオラ!!」
深紅の怪物と純白の戦士が激突する。交差するなか、まず先手を打ったのはフレイムだ。普通の人間では絶対に持ち上がらないと思われる深紅の槍を右手のみ、片手で軽々と振り回してエターナルの左太ももを突き差そうと鋭く尖った先端から振り降ろす。咄嗟に反応したエターナルは深紅の槍の軌道を予測ではなく、本能で感じ取って右足に力を込めて右側に横っ飛びをする。コンクリートの地面を転がりながら左足を踏ん張りながら、フレイムの左腰に向けて右足を蹴り上げる。しかし、フレイムは体勢を低くして左腕でエターナルの攻撃を防御する。そのまま再び右手に持った深紅の槍を突きさそうとするが、エターナルが後ろに飛びながら両腕を交差して攻撃を防いだ。今のところ、一進一退の攻防が続いている。
《松下ちゃん、このまま電話を繋いでおいてくれ!! 君はなるべく進也が見えるギリギリの所まで離れるんだ!!》
「きゃっ!! 分かり……ました!!」
「松下さん!? キュー、松下さんを守って!!」
「キュイ!!」
携帯電話から聞こえる秀樹の明確な指示のもと、闘いとは全く無縁の里美はこの広場で隠れる場所を探している。時折、斬撃音が聞こえて思わず身体を止めてしまう。強敵であるフレイムと戦っているなか、進也は里美の様子が目に入る。そこでハンター・ノーフェッドを追いかけるのに召喚していた不死鳥のキューを止まっている里美の側に移動させた。指示を聞いたキューもまたエクストラチップなので戦闘能力や潜在能力はずば抜けて高い。
「ありがとうございます、上野くん、キューちゃん!!」
「闘い中に、ごちゃごちゃ話してんじゃねえ、オラオラオラ!!」
お礼を言う里美の安全を確認しているエターナルが、自分を余所見をしていると勘違いしたフレイムは怒りを露にして怒鳴る。
「うわっ!!」
「燃えろ、燃えろ、燃えちまえ!!」
何度も突き攻撃をした後、右手に持っている深紅の槍を使用した中間距離からの攻撃を止めたフレイムは、広げた左手からまるでお手玉のように回し始めた複数の炎を発射し始めた。これは先程のハンターを逃がすためにエターナルを吹き飛ばした攻撃技だ。目にも止まらぬ速さで飛んでくる炎に対してエターナルは回避を試みるが、どんどん作製されていく炎の連射に悪戦苦闘している。その様子を見たフレイムは好機と捉えて同じ攻撃を繰り返す。
「熱い!!」
「どうした、こんなものか!?」
「それなら……」
『ダガー チェックイン』
炎の連続攻撃を当てられて熱さに戸惑うなか、距離を取っているフレイムが挑発してくる。複数の炎が飛んでくることに左手で黒マントを盾にして防いでいるエターナルは、GFウォッチにエクストラチップ『D』を右手で差し込んだ。赤い右手に灰色の短剣が出現してフレイムに接近するために柄を握りしめて構えながら走り出す。
「おっ?」
「せいやっ!!」
「かっかっか、やるじゃねえーか、燃えてきたぜ!!」
「お袋は何処にいる!!」
眼力が橙色に発光するエターナルは走りながら灰色の短剣を振り下ろして飛んでくる紅い炎をタイミング良く次々と弾き飛ばす。炎を出しているフレイムは迫ってくることに怪物とは思えない嬉しそうな表情で炎を出すことを止めて再び深紅の槍を右手で構えて迎え撃つ。突き差す槍と振り降ろす短剣の斬撃音が広場を響き渡り、再び近距離戦闘になったエターナルは敵幹部であるフレイムに最も聞きたいことを攻撃しながら質問する。
「あん、お袋?」
「1年前、漆黒の怪物セメタリー・ノーフェッドに消されたおれの母親だ!!」
「知るかよ、俺は組織の行動や目的に興味無い!! 戦うことが全てだ!!」
「だったら、お袋を消した漆黒の怪物がいる場所は何処だ!! おれはソイツを消す!!」
突然、質問されたフレイムは意図が分からず戸惑いながらも深紅の槍の攻撃を緩めない。闘うことが全てであるフレイムにとって、エターナルの質問など無駄である。右手で構えた先端が鋭い槍を相手の心臓に向けて突き差そうとするが、微かに短剣でずらされて回避される。苛立ちを隠していないのはエターナルも同様であり、ついに見つけた母親の手掛かりになる相手は戦闘狂で情報を話すとは思えなかった。しかし、漆黒の怪物が陣取る組織の場所さえ分かれれば母親の敵討ちが出来ると考え、フュージョナーと同格の能力を秘めた茜色の怪物ノーフェッドによる深紅の槍が迫る戦闘の中、諦めずに再び質問を続ける。
「お袋、お袋ってウルセエ奴だ、このマザコン野郎!!」
「ぐわっ!!」
「鍵使いから頼まれて久しぶりに闘えると期待していたが、社長の負け犬かよ」
母親ばかり話題に上げるエターナルに対して、苛立ったフレイムは炎を纏った左足で蹴り飛ばした。質問に集中していたあまり、隙を見せてしまったエターナルは防御が間に合わずコンクリートの地面にうつ伏せで倒れこむ。槍を右肩に乗せたフレイムは同じ幹部である藍色の怪物キー・ノーフェッドからの助っ人要請に久々の期待していた。しかし、その結果は真に闘いを求む好敵手ではない存在だった。もちろん、そんなフレイムの考えなど進也は知るよしも無い。
「うるさい!! 絶対に吐かせてやる……、普通のノーフェッドと違う強さ……これならどうだ!!」
『オーバーライド』
「ダガースリング!!」
負け犬と呼ばれて悔しがるエターナルは立ち上がってGFウォッチが必殺技発動する赤いボタンを押した。無機質な電子音声が鳴り響き、右手に持っている強化した灰色に輝く短剣を狙いを定めて離れているフレイムに向けて上手投げで飛ばした。トライディザスターという敵幹部の強さが未知であるため、全力で攻めるエターナル。普段、通常攻撃を上回る強さの必殺技はフュージョナーに変化してあるガイアパワーを消費するため、ここぞという時に発動すると決めてある。ダガーの必殺技『ダガー・スリング』は一直線の軌道を描いて無防備なフレイムの腹に吸い込まれるように突き刺さった。
「フン、効かないな。GFウォッチ使い同士なら、もう少しパワーが欲しいぜ」
「なっ!?」
「かっかっか、これでも喰らいな。これが必殺技ってヤツだ!!」
『オーバーライド』
逆転を狙ったエターナルが放った必殺技は同格であるはずのフレイムには何故か通用しなかった。戸惑うエターナルを他所にフレイムは灰色の短剣を腹から抜き取り、同じようにGFウォッチの赤いボタンを押した。響き渡る必殺技の無機質な電子音声によって、フュージョナーと同様に周りからガイアパワーがフレイムの身体に向かって集まっていく。しかし、その茜色の輝きはエターナルよりも遥かに膨れ上がっている。
「何……ですか、あれは……?」
「キュイ、キュイ!!」
「キューちゃん、ごめんなさい……。怖くて動けないです……」
「キュイーーーーーーーーッ!!」
離れた場所で進也の戦闘を見ていた里美は、フレイムが放っている茜色のガイアパワーに圧倒されていた。地球の力──ガイアパワーは人間の感情を現している。見ているだけでも分かる不気味さに、初めてノーフェッドに襲われた恐怖心が蘇ってくる。キューが逃げるように必死に鳴き声を出しているが、身体が震えて尻餅をつくことしか出来なかった。そんな里美の感情を感じ取ったキューは助けを呼ぶために、進也の元へ大きな翼を広げて飛んで行くのであった。
「さあ、派手に散りな!!」
「キュイーーーーーーーーッ!!」
「キュー!? どうしたの……? まさか……ヤバい、松下さんが!!」
左手を真上に挙げるフレイムの手から炎が噴射されていく。この広場の青い空が消えていき、赤い炎しか見えなくなる。それの正体は離れた場所から見ると、巨大な炎球が浮いているのが分かる。その炎球は影を作り出す程の塊となり、フレイムの意志によって保たれている。まさに絶体絶命の中、キューが飛んできたのだ。焦っている様子のキューを見たエターナルは、フレイムから溢れ出す余りにも大きい茜色のガイアパワーを感じて、背を向けて隠れて安全であるはずの里美の元に全力で走り出す。この時、進也は助けに行くことに夢中で復讐心など忘れていた。
「上野、くん……」
「松下さん、伏せて!!」
「ファイヤービッグボム!!」
到着したエターナルは眼に涙を溜めて震えている里美を攻撃から守るために、ギュッと前から抱き締めて覆い被る。そのエターナルの上をさらに不死鳥キューが小さいながらも翼を広げて覆い被るなか、挙げていた左手を振り下ろしたフレイムは必殺技『ファイヤー・ビッグボム』を炸裂させた。空中に浮かんでいた巨大な炎球は落下して行き、コンクリートの地面に激突した。
ドゴォォォォーーーーーーッ!!
「うわあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
「キュイィィィィィィーーーーーーっ!!」
その瞬間、衝突によって発生した赤い爆風が広場にあった周りの街路樹や自動販売機などを次々と飲み込んでいく。その中には進也と里美とキューも居り、悲鳴を上げながらも飛ばされないように耐えている。特に里美は普通の人間なので、フュージョナーである進也が必死に守っていた。
「かっかっか、決まったぜ!! まあ、良い運動になったし帰るか!!」
先ほどまで平和な広場は地獄絵図に変わった。緑がある自然豊かな街路樹は一瞬で黒焦げになって生命を失い、機械である自動販売機はバラバラに砕けて原形を失い火花が散って損傷している。平らであるはずのコンクリートの地面はまるで隕石が落ちてきたかのように陥没している。もはや広場とは言えない場所に黒煙が立ち昇り、勝ち誇った茜色の怪物フレイム・ノーフェッドは己の勝利を確信して去っていった。
『フェニックス チェックアウト』
「キュ、イ……」
「去った……か……、……松下……さん、大丈夫……?」
「けほっ、けほっ、何とか……大丈夫です……。それより、キューちゃんや上野くんが!!」
「キューは不死鳥だから大丈夫……。クソッ……、あのノーフェッド、強い……うっ……」
不死鳥キューは爆風に耐えきれず、小さな鳴き声を残して消えた。進也と里美もこの悲惨な現状では生きているかは分からない。すると、地面に落ちていたガレキが動き始めた。そこにはボロボロのフュージョナーの鎧を装着した進也と守られていた里美が生きていた。黒いマントを里美の口に当てて煙を吸わないように守っている。あの時、キューが一緒に居なければ、進也と里美は無事に生きていたかは分からなかった。やがて、黒煙から出てきてお互いに無事を確かめ合い、進也が里美の安全を確認した瞬間にフュージョナーの鎧に限界が訪れた。
『エクストラ・チップ チェックアウト』
「がっ……!!」
「上野くん!!」
「うぅっ……」
GFウォッチから変化終了を告げる電子音声が鳴り響き、フュージョナーの白い鎧が砕けるように散らばって強制解除して、進也は人間に戻って地面に倒れこんだ。熱気を感じる程の体温や大量の汗を顔に流して、至るところに切り傷があって肌が見える衣服になった進也を守ってもらって怪我の無い里美が心配する。唇の周りが真っ赤な進也の口の中は、血だらけで舌で感じる味は苦すぎる。
「上野くん、とにかく移動しましょう」
「う、ん……」
「里美ちゃーーーーん!!」
「その声は……、赤松さん!!」
里美は進也を支えようと肩を貸してあげようとするが、全く力が足りない。人間が人間を持ち上げるには、倒れている人間にも上がろうとする意志が無ければ、どんなに筋力のある人間でも重みを感じるのは違いが出てくる。つまり、か弱い里美が1人で成長期の進也を持ち上げるのは不可能であり、困っていると橙色のジャケットを着た紗季が走ってきた。
「里美ちゃん、無事だった?」
「はい。でも、上野くんが怪我を!! 赤松さん、運ぶのを手伝ってください」
「分かったわ。進也、里美ちゃんを守ってくれて、ありがとうね」
「うぅ……んっ……」
紗季は荒れ果てた広場を見て驚いていたが、頭を切り換えて2人の心配をして、爆発から里美を守った進也を褒める。そして、里美と紗季は一緒に傷ついた進也を肩に乗せて、この場を移動するのであった。
「ここなら大丈夫ですね。上野くん、寝転んでくださいね」
「ありが、とう」
「それから……あの、これを使ってください……」
会場を襲ったハンター・ノーフェッドから逃走しているスタッフの避難場所。たくさんの人間が居て状況を確認し合ったり、今後について話し合いをしている。紗季と一緒に運んだ進也をビニールシートの上に寝かせた。意識がぼんやりしている進也を見て、里美は正座で座り込み両膝を叩いた。
「えっ」
「どうぞ!!」
「し、失礼します……」
里美が用意したのは自らの膝を使う枕──膝枕だ。戸惑う進也をよそに顔を赤らせながらも里美は待ち構えている。疲れて恥ずかしがる余裕の無い進也は、ゆっくり里美の膝に頭を乗せた。その感触は、いつも寝る時に使っている抱き枕より遥かに柔らかくて気持ちが良かった。その温かい体温を感じた進也は意識を手放して、すやすやと眠るのであった。
「おやすみなさい、上野くん」
「二人とも無事で良かったわ」
「はい。あ、赤松さん……小さな声でお願いしますね。上野くんが起きちゃいます」
「そ、そうね。あーーー、それにしても、すごい爆発だったわね、地鳴りが凄かった」
里美が初めて見る進也の寝顔は可愛らしかった。男の子の寝顔は幼くなると、弟がいる親友の理名から聞いたことはあったが、実際に見つめていると母性本能をくすぐられる。いつもノーフェッドとの戦いに明け暮れる進也を見ていた里美にとって、こんなに無防備で穏やかな表情をしているのは新鮮で思わず黒髪を撫でてしまう。その様子を見ていた紗季は余りにも進也を見つめる里美の雰囲気が、無茶をする旦那さんを心配する奥さんに見えてしまい、からかうことも忘れて声をかけにくかった。ようやく紗季が話しかけても注意されてしまったり、普段の姐さんの立場が崩れていくほど圧倒されている。
《大丈夫か、松下ちゃん!!》
《無事かぁぁぁーーーーーっ!! 里美ぃぃぃーーーーーっ!!》
「そういえば、上野さんと通話状態のままでした」
「あの筋肉バカ……」
そんな雰囲気で静かになったのに空気を読まない大声が2つ聞こえた。その声の正体は、この場に居なくて風花荘にいる秀樹と鉄郎だった。声を聞いて思い出した里美は、ポケットから携帯電話を取り出す。その表情は怒っており、紗季はため息を吐くしか出来なかった。
《大丈夫か、松下ちゃ……》
「もしもし、上野さんと……銀川さん。無事ですが、声が大きいです。上野くんが疲れて寝ていますから、後で連絡しますね」
《わ、分かった……、2人が無事で安心した……、失礼しました》
《イエッサーーー…………っ》
ようやく繋がったことに安堵する秀樹たちだったが、静かに怒る里美の通話する声には気迫があった。進也の眠りを妨げる大声を注意する声に、思わず丁寧に挨拶して終える秀樹と恐らく敬礼しているだろう鉄郎は一瞬で切った。里美が通話を終えたと同時に紗季は、もう少し落ち着いて進也が起きるまで沈黙を続けると心の中で固く誓うのであった。
「うう……っ」
「おはようございます。上野くん、気分はどうですか?」
「う、うん。大丈夫、ありがとう……」
「進也、里美ちゃん、こっちの状況も伝えるわ。大変なことになっているの」
里美の膝枕で眠ってから30分後、進也の意識が少しずつ戻ってきて眼を覚ました。目の前には里美の微笑んでいる顔があり、進也は少し見とれてしまう。ちょっと名残惜しい膝枕から頭を上げてビニールシートに座って、きちんと頭を下げてお礼を言った。スタッフたちと相談して戻ってきた紗季は、進也が薄茶色の怪物ハンター・ノーフェッドを追いかけた後のことを話し始める。
「由利さんが襲われた……!?」
「逃げたノーフェッドは再び会場に戻った、ってことになりますね……。モデルさん狙いですか?」
「目的は赤松さんを狙っていると言ってましたけど……」
リハーサルで一番最初に演じていた女性モデル──無表情が売りの由利19歳がノーフェッドに襲われたのだ。彼女は右足に打撲の後があって楽屋で動けないようである。膝枕をしていた里美は足を伸ばしている。進也は戦っている時、少しだけ会話したことを思い出す。情報を纏めていくにつれて、ハンターの狙いが分からなくなってきた。
「赤松さん、監視カメラに何か映っていませんか?」
「良いアイデアだけど、機械は全く分からないわ」
「おれもです」
ふと、里美が会場内に設置されていた監視カメラに気付いて紗季に提案してみる。しかし、ここには機械に詳しい人間は居なかった。誰もが諦めようと考えた時、紗季は1人の男性を閃いた。
「仕方ないわね、本番まで後2時間。このままだと時間が無いからスペシャリストに来て貰うしかないわ」
「スペシャリスト?」
「誰ですか?」
「風花荘の頭脳、青山よ」
本番の時間が迫る『ウィンド オブ フェスティバル』。スタッフ以外、監視カメラという扱えない機械。人間が変化する怪物ノーフェッド関連なので、なるべく他の人間を巻き込まないほうが良い。それに対して、紗季はある詳しい人間を思い付いた。その提案に進也と里美が一緒に首を傾げるなか、紗季は左目をウインクして、その人間の名前を答えるのであった。
「松下さん、青山さんって、どんな人?」
「物静かですが、とても頼りになる男の人です。この風花荘の土地も守ってくれています」
進也は紗季が言っていた青山という人間を知らない。風花荘の住人ではあるようだが、里美と徹子を除いても鉄郎と紗季以外の人間は見たことが無かった。疑問を聞いた里美は青山のことを丁寧に教えていく。北区に近い西区の端にある風花荘の土地は高価なので色々とあるのだ。その色々から守ってくれているのが青山だ。
「でも、何で風花荘に来る必要があったの? 会場に来てもらったほうが良いと思うけど」
「それはですね……あっ、ここです。青山さん、里美です。お邪魔します」
「お邪魔します」
現在、進也と里美は風花荘に居た。本番までの時間が無いのに北区の会場から20分かけて、何故か西区の風花荘に電気バイク『エターナライザー』で一緒に戻ってきた。進也はその青山に来てもらった方が、ノーフェッドが現れた時に対抗できると思っていたが、それは出来ないらしい。分からない進也に里美が説明しようとするが、203号室に到着してしまった。とりあえず、急いでいるので挨拶することにした。
ピンポ〜〜〜〜ン♪
里美がインターホンを鳴らす。扉を開けて進也と里美は青山の部屋に入った。
「……C国とJ国の株価は安定している、引き続き3億動かしておく。H国とM国はそろそろ危ないな、6億を買い上げる。L国とT国は期待大だから10億ほど投資しておくか、……来たな」
「は、はじめまして。おれは……」
「……上野進也、17歳。8月8日生まれ、身長168cm、体重64kg、血液型A型。最近の好きな食べ物は里美が作っただし巻き卵」
進也が入った青山の部屋の第一印象は、見たことあるパソコンがあれば、全く使用方法が分からない部品など、とにかく機械だらけだった。机の上には特定の人間しか持つことが出来ない黒いクレジットカード、大量に積まれているUSBメモリ、どこの国のお金か分からない紋章が刻まれたメダル、罰印が描かれた怪し過ぎるスイッチなどがある。そんな部屋の住人はパソコンに映っていた数字ばかりのページを閉じて振り向く。
黒髪をオールバックにして黒の四角い伊達眼鏡を着けて細身ながら程よい筋肉を維持している男性──青山健太。筋肉の鉄郎が風花荘の肉体担当であれば、機械の健太は頭脳担当である。ちなみに年輩の徹子は指導担当で、姉御の紗季は格闘担当であり、良心の里美は癒し担当である。進也が頭を下げて挨拶して自分のことを言おうとしたが、さらりと健太は進也の個人情報を話し出した。
「な、な、なに、この人?」
「青山さんは、すごく頭が良いんです。だから、パソコンの前から離れることが出来ないそうです」
「……松下里美、17歳。7月23日生まれ、身長159cm、体重46kg、血液型O型。最近、下着がきつくなってDに変えた」
「ぶはぁっ!?」
自分の個人情報を知られていることに驚きを隠せない進也。里美は健太が風花荘から離れられない理由を話しているが、何故か健太は里美の個人情報まで話し出した。しかも、里美本人しか知らないはずの情報まで話して、進也は里美の情報を聞いて可笑しな声を出した。
「青山さん……恥ずかしいです……下着、この前変えたばかりですよ……。何で、わたしの情報まで……」
「……ついでだ。情報は常に新しいのが大事だからな。俺は青山健太……お前か、フュージョナーって奴は」
「な、何で?」
「……ネットで流れているぞ。謎の白い戦士現れる、怪物と戦うヒーロー、奏時市に舞い降りた正義の味方……ってな」
里美は個人情報を言われて真っ赤になっている。普通なら怒る場面だが、気になる異性である進也に聞かれた羞恥心が怒りを上回ったため、進也の顔を見れずに俯くことしか出来ない。そんな里美を見る健太は、紗季から里美が恋をしていると聞いており、からかい半分で話したのだ。何故なら風花荘に居る住人は、里美が奏時中学校に入ったばかりから知っていて、彼女の幸せを願っているからだ。そんな里美の恋の相手である進也に説明する健太は、ズバッと正体を言い放った。驚く進也に健太は奏時市限定サイトの画像や動画を見せたところ、そこには確かに『正義の味方』と書かれている。
「おれは正義の味方じゃないです。ノーフェッドを倒す復讐の戦士ですよ」
「上野くん……」
「……だが、里美を何度も救ったのは事実だ。里美にとっては、お前は正義の味方だ。自分と周りの評価は違う、それは覚えておけ」
ネットで流れている正義の味方を否定する進也は自らを復讐の戦士と述べる。隣にいる里美はノーフェッドへの復讐に囚われている理由を知っていても、それが正しいという理解してはいけない気持ちもあってか悲しい表情をする。心配している里美に気付かない進也を見かねた健太が、進也の言葉に意見する。周りから見れば、少なくとも里美を守っている姿は正義や復讐という動機など難しいことを除けば、1人の人間として素晴らしい。ネットに映っている画像もブレているが、白い戦士が人間を守っているのが分かる。
「はい、わたしにとって上野くんは正義の味方です!!」
「……だ、そうだ」
「え、えっと、その……は、はい……ありがとうございます……」
「……さあ、本題に入るか」
健太の言ってことを認める里美が上目遣いで見つめるなか、戸惑う進也は頷いでお礼しか出来なかった。進也と里美が話し終えたのを見て、健太は目的を尋ねるのであった。
「……話は分かった。ここから指示するから、このインカムを耳に着けていろ」
「よろしくお願いします、青山さん」
何も知らない健太に、紗季のストーカーがノーフェッドで『ウィンド オブ フェスティバル』会場に忍び込んでいることを説明した進也。健太は少し考えてから、近くに置いてあったインカムを進也と里美に手渡す。無線を通じて、風花荘から指示を送ることになった。予定を決めていると、里美の携帯電話が鳴り出した。
「もしもし、赤松さん?」
《里美ちゃん!? 急いで進也に代わって!!》
「上野くん、赤松さんからです」
「分かった。もしもし?」
里美は携帯の通話を始めると、向こうから紗季の焦った声が聞こえてきた。紗季の言う通りに進也に自分の携帯電話を渡した。里美に貸してもらった進也は用件が分からないが、とりあえず聞いてみた。
《進也!? 大変なの、真帆が怪物に襲われているわ!!》
「えっ!? すみません、松下さん、青山さん。おれ、先に行きます!!」
『レディ?』
「認証、エターナル!!」
『エクストラ・チップ チェックイン』
聞こえてきた紗季の用件はノーフェッドがモデルの真帆を襲っているという予想外の話だった。里美と健太に簡単に伝えて部屋を飛び出しながら進也はGFウォッチに『E』のエクストラチップを差し込んでフュージョナーに変化した。
「キュー、頼む!!」
『フェニックス チェックイン』
「人機合体!!」
「キュイ!!」
この西区の端にある風花荘からでは絶対に間に合わないと考えた進也は、さらに『P』のエクストラチップを電気バイク『エターナライザー』に差し込んで、不死鳥キューのバイクと合体するフェニックス形態に変化した。
「上野くん……」
「……里美は佐藤と一緒に会場に行っておけ、毎年の約束だろ」
「はい、青山さん!!」
「……さて、始めるか」
飛び去った進也を見えなくなった後も、見送った里美は心配そうにしている。それを見た健太は、里美を理名との約束を思い出させる。里美の元気な返事を聞いて、薄茶色の怪物ハンター・ノーフェッドの正体を探るべくパソコンを操作し始めるのであった。
「きゃ!!」
「止めなさい、ノーフェッド……!!」
「赤松さん!! おりゃあ!!」
「ぐわっ、フュージョナーか!?」
紗季の名前を叫びながら赤い大きな翼を広げて上空から舞い降りて、フュージョナーの姿で現れた進也。モデルの真帆を傷付けていたハンターを蹴り飛ばした。紗季が真帆を保護するなか、ハンターはフュージョナーに気付いた。
「由利さんの次は真帆さんか、お前の目的は何なんだ!!」
「作戦を変更した。外から傷付け、じわじわと赤松紗季を苦しめる。お前が誰かは知らないが、本番では邪魔できまい」
「まさか……!!」
「さらば」
「くそっ!! 逃げたか……」
紗季と真帆を後ろにしてエターナルは両腕を構えながら、目的が分からないハンターに質問する。答えの意図に気付いたエターナルに対して、ニヤリと笑ったハンターは遠距離武器である銃を構えて発砲した。エターナルは咄嗟に大きな翼を閉じて、紗季と真帆を護った。煙に紛れてハンターはこの場から消えた。
《……進也、青山だ》
「ん、青山さん?」
《……監視カメラのデータは全て破壊されていた》
「そんな……」
ハンターの気配を感じなくなって戦闘体勢を解いたエターナル。それと同時にインカムから健太の連絡が入ってきた。健太に依頼していた会場の監視カメラを調べてもらったが、全てノーフェッドによって破壊されている映像を最後に何も映っていないことが分かった。ノーフェッドの正体が分からないことや、里美が考えてくれたアイデアを生かせずに落ち込む。
《……出来るだけ直してみるが、時間が必要だ》
「分かりました、もしも直ったら連絡ください」
「進也、真帆をお願い」
「分かりました」
しょんぼりと落ち込む進也の声を聞いた健太は、外部から監視カメラを修理すると言う。機械は詳しくない進也は健太に任せてフュージョナーの姿のまま、気絶した真帆を持ち上げて紗季の楽屋に向かうのであった。
「いよいよ本番か……やるしかないのか?」
「危険のことを考えて中止にするか?」
「私はプロよ、どんな状況でもステージに立つわ!!」
午後7時。ついに『ウィンド オブ フェスティバル』本番の時間になった。会場には大勢の女性を中心としたお客様が入っている。しかし、不安なスタッフたちはノーフェッドを恐れて中止にするべきか迷っていた。怪物を恐れない紗季はプロ魂を見せるなか、モデルたちが舞台裏に集まってくる。
「来た……」
「お待たせ♪」
「由利、真帆、大丈夫なの?」
「頑張る……」
「フフフ、私もよ♪」
本番のファッションショーはモデルたちにとっては聖地。薄茶色の怪物ハンター・ノーフェッドに怪我をしていたはずの由利、真帆は本番に向けて、プロ魂とモデル服を備えて表舞台に行った。スタッフたちもモデルたちに押されて舞台裏に走って行き、残っているのは紗季と進也だ。
「赤松さんは行かないのですか?」
「考えてみたのよ。ノーフェッドは、必ず私を狙って現れるのは確かなのに、こっちは相手の正体が分からないから後手に回る。それなら……目には目を、歯には歯よ!!」
「確かにそうですけど、何をするのですか?」
てっきりモデルの仕事で真っ先に向かうと思われていたはずの紗季はスタッフたちを行かせて、眼を閉じて顎に右手を当てて何か考え込んでいる。思わず進也が尋ねると、紗季は今まで起きた出来事を整理していた。説得力のある内容に進也は聞いてみた。
「…………進也、少し耳を貸しなさい」
「はい?」
「…と……………が……で……………のよ」
「ええっ!? それって出来るのですか!!」
誰にも聞かれないように紗季は進也に耳打ちする。その内容に進也が驚くなか、紗季の考えた作戦を実行するために動き始めた。
「進也!!」
「退牙!? 何でこんな所にいるの?」
「今日は警備だ。お前らは?」
進也は会場の廊下を走っていた。紗季が考えた作戦を色んな人に連絡して準備に取りかかろうとした所、警備員として派遣された中居退牙と出会った。青い警官服や帽子を着て無線を身に付けている。
「実は、この会場にノーフェッドがいるらしいんだ」
「何だって!? ぼくの正義レーダーには引っかからなかったぞ!!」
「お、おぉ……。ただ、チップの利用者の正体が分からないから調べている所だ」
「マジかよ、厄介だな!! うちの警察署でもノーフェッドは、かなり問題になっているしな」
相変わらず、真っ直ぐで熱血漢な退牙に、少し引いて進也は簡単に現在の状況を説明する。もうすぐ始まる『ウィンド オブ フェスティバル』の会場の中にノーフェッドが潜んでいることも全て話した。退牙の言う通り、人間が変化するノーフェッドの問題は奏時警察でも調査しているが、決定的な証拠どころか証言すら見つからなくて苦労しているのだ。
「退牙、今からノーフェッドを誘き寄せる作戦を練っているから協力してくれ!!」
「任せろ!! ぼくの正義が燃えるぜ!!」
進也は、信頼出来る協力者が多いほど作戦成功になると考えて退牙に協力を求めた。ノーフェッドなど犯罪に対して、正義感がある退牙は快く参加する。様々な思惑が渦巻くなか、ついに『ウィンド オブ フェスティバル』が始まった。
『会場の皆ーーーっ!! 今日は来てくれてありがとうーーーっ!! さっそく始めるぜーーーっ、奏時市ウィンド オブ フェスティバル!! 最初は由利だーーーーーーーーー!!』
「にこっ……」
「キャーーキャーーキャーーーーーーっ!!」
明かりが消された会場は薄暗くなる。軽快な司会者のもと、奏時市を代表とするモデルたちによるファッションショーが始まった。モデルたちが歩く場所がライトアップされて、大勢の観客が沸き上がるなか、最初は黄色いワンピースを着ている由利だ。会場に軽快な音楽が流れて、ランウェイを歩いている。
「里美ちゃん、由利さんがすっごく可愛いよ!!」
「そうですね、理名ちゃん」
「今年も見に来れて良かった〜〜♪ 紗季さんに感謝だわ!!」
「はい……っ!!」
薄暗い会場の客席には里美と理名が一緒に座っている。理名はペンライトを握って楽しんでいる。そんな理名とは対照的に紗季を心配する里美は、あまり楽しむ余裕が無かった。
《……青山だ。里美、少し話がある》
「はい、分かりました……。理名ちゃん、ちょっとお手洗いに行きますね」
「うん、いってらっしゃい。真帆さん、キャーーー!!」
インカムを通じて。理名は興奮しているあまり、気にしていなかった。
『続いて真帆だーーーーーーっ!!』
「キャーーキャーーキャーーーーーーっ!!」
真帆は春を象徴するトップコートを脱ぎ捨て、黒いノースリーブや茶色いミニスカートを着ている。細い足を大胆に出しながらも着こなしている。ますます盛り上がっていく会場。
「えぇっ、そんなことをするのですか!?」
《……紗季が考えたそうだ。あまり時間が無い、急いで準備をして欲しい。既に進也も動いている》
「分かりました……がんばってみます!!」
《……こっちも予想外のことがあって、進也に報告している。気を付けてな》
里美は健太から聞いた内容に驚いている。ちなみに紗季から聞いた進也と同じような驚き方をしている。その作戦を実行するには、それぞれの協力が必要で進也も動いていることを知った里美は決意する。報告を終えた健太は目の前に映っている人物の監視カメラ画像の解析を伝えるため、進也に連絡を入れるのであった。
『続いては何とウェディングドレスを着た赤松紗季だーーーーーーーっ!!』
「さあ、みんな今日は特別だ!! 最後の最後まで熱くなれ!!」
「キャーーキャーーキャーーーーーっ!!」
「紗季さん、かっこいい!!」
紗季は黒いサングラスを着けた白いタキシードの男性モデルと並行して、白いウェディングドレスを着ながら歩いて会場のテレビに映っている。理名はもちろん会場の雰囲気は予想外のサプライズで有頂天である。
「お疲れ様でした」
「私、ちょっとお手洗いに行くわ」
「衣装は?」
「このままで良いわ、すぐに戻る」
会場の舞台から歩き終えた紗季は、舞台裏でスタッフたちと休んでいた。休憩ごとの水分補給が多すぎたのか、1人でお手洗いに向かう紗季。その様子を影から見ていた人間はニヤリと口角をつり上げた。そして、怒りを現した。
「赤松紗季……あんなの反則じゃない。許さない、最後だけでも潰す……ノーフェッド!!」
その人間はGSチップに音声認識させて薄茶色の怪物ハンター・ノーフェッドに変化した。
「はぁ……はぁ……」
「赤松紗季……覚悟!!」
「きゃっ!!」
紗季はハンター・ノーフェッドに追われている。お手洗いから出てきて、会場に戻ろうとしたところ、襲われたのだ。やがて、少し広めの廊下で後ろから、うつ伏せで倒されてしまう。
「消えろ、赤松紗季!! 私がトップよ!!」
「…………っ」
「だ、誰だ!?」
追いつめたノーフェッドは紗季の黒髪を引っ張り、こちらに顔を向けさす。しかし、振り向いたのは全くの別人であり、眼に涙を溜めている。驚くノーフェッドが混乱するなか、後ろから大声が聞こえた。
「松下さんから離れろ、ノーフェッド!! おりゃあーーーーっ!!」
「ぐわっ!!」
「松下さん、大丈夫?」
「ありがとう、ございます……、上野くん……」
「こんな無茶させてごめんね」
「上野くんの……役に立てて、嬉しかったですから……、わたしは大丈夫ですよ……」
「松下さん……」
生身の姿である進也はハンターを思いっきり蹴り飛ばして、倒れている里美を心配する。涙を溜めていながらも自分に協力したことを喜ぶ里美に進也は見とれてしまった。
「お前ら、赤松紗季をどこに消した!!」
「残念だったね、ノーフェッド。赤松さんがいるのは別の場所だよ。ありがとう、松下さん。下がっていてね」
「はい!!」
騙されたことに苛立つハンター。2人の服装は、進也が黒いサングラスを外す白いタキシード、里美は黒髪にヘアピンで付けていた赤いメッシュが入った付け髪を外す白いウェディングドレスを着ている。紗季が会場で披露した服装と全く同じものだった。
「お前、赤松紗季のマネージャー……」
「アルバイトだけどね。それに入れ替わり作戦は成功だね、松下さん」
「はい!!」
「どういうことだ……!?」
「ここに来る途中に赤松さんと交代した。赤松さんが唯一、ステージから離れるのはこの時間だけ。そして、それを知っているのはスタッフ以外ではモデルさんだけだ。何より現在ここにいるはずの無い人間。あなたがハンターの正体だ、由利さん!!」
「フン……」
ハンターは進也を見て紗季と共に居たマネージャ紗季が作戦を思い付いた際、進也に言ったのは『私と里美ちゃんが途中で入れ替わるのよ』という言葉だった。ノーフェッドの姿から人間に戻った由利。その表情は普段の無表情とは正反対で感情を露にしている。
「どうして分かったの?」
「あなたはノーフェッドに足を傷付けられて走れないはずなのに、監視カメラにバッチリ映っていたよ」
「監視カメラ……。全てのデータは破壊したはず」
「機械に詳しい知り合いに修理してもらったよ」
ハンターこと由利は正体が分かったことを質問する。進也は風花荘に居る健太から聞いており、正体を知った時は驚いた。由利の敗因は監視カメラを破壊するなど、徹底的に正体を隠していたが、それは自分が映っていることを知らせているようなものである。しかし、健太のような機械に詳しい人間がいなければ、由利の思惑は成功していたのは事実だ。
「チッ……」
「何はともあれ、赤松さんを狙った罰を受けてもらうよ」
「トップモデルは私よ!! あんなオバサン消す…………うぁぁぁ!!」
「くっ!! ガイアパワーで負の感情が出ているのか……!!」
「正体が分かったところで何も出来ない……………、ノーフェッド!!」
舌打ちをする由利に対して、進也は今まで紗季を苦しめてきたことを考えて、裁きを受けるべきと言う。その言葉に頭に血が上った由利は、心に溜めていた不満を爆発させて薄茶色のガイアパワーを身体から放出する。ガイアパワーに圧されながら進也が理解するなか、由利はGSチップ『h』に音声認識させてハンター・ノーフェッドに変化した。
「赤松さんの邪魔はさせない!!」
『レディ?』
「認証、エターナル!!」
『エクストラ・チップ チェックイン』
進也はエクストラチップ『E』をGFウォッチに差し込んだ。白い鎧が身体中に貼り付いて両腕が赤く染めていき、黒いマントが背中に現れゴーグル型の眼が橙色に発光して、白い戦士エターナル・フュージョナーに変化した。
「あなたがフュージョナーだったのか!?」
「そういうこと。さあ、お前に罰を与えよう!!」
『アイアン チェックイン』
「せいやああぁぁ!!」
進也の正体がフュージョナーであったことを驚くハンターに向かって、エターナルは走りながらエクストラチップ『I』をGFウォッチに差し込んで、鋼鉄の能力を得た。銀色に輝く身体から放たれる右拳は、腹に当てられた細身のハンターが膝を付くほどである。
「うぐっ!? 何て力なの……」
「待て!!」
『アイアン チェックアウト』
不利と感じたハンターは出口に向かって行く。この少し広めの廊下から会場に出て行かれると、大勢の人間たちが混乱を起こしてしまう。しかも、相手は会場内を良く知っている由利なので、見逃してしまうと捕まえることが出来なくなる。エターナルは身体の行動が遅くなるアイアンチップを解除して、逃げるハンターを追いかける。
「逃がすかよ!!」
ダァァン!!
「ぐわっ!?」
「退牙、ありがとう!!」
「お前の悪事はぼくが許さない………ふっ、決まった」
突然、銃声が響いた。出口で待ち構えていた退牙がハンターに向かって発砲したのだ。前回のバッファローとは違って、軽装な姿のハンターに傷を負わせる。エターナルは退牙に気付いて礼を言う。ちなみにバッファローの時以来、この『お前の悪事はぼくが許さない』を気に入って決め台詞にしたらしい。
「挟み撃ちだね」
「追い詰めたな、ノーフェッド大人しく観念しろ」
「畜生!! 負けるか、負けてたまるかーーーーーーっ!!」
エターナルと退牙は、ゆっくり近づいて行く。追い詰められたハンターは、紗季にモデルの頂点を奪われる嫉妬や敗北してしまう絶望を思考してしまい、身体中から薄茶色のガイアパワーを放出させる。未知なるエネルギー──ガイアパワーは感情によって激しく変化する性質があり、ハンターの両肩が変化していく。
「なっ!?」
「大砲だと!?」
「あ……あはは……」
エターナルと退牙が見たのはハンターの両肩に備えられた巨大な筒だ。大砲ハンターはその場で回り始めて、ガイアパワーを光弾に変化させて放って行く。微かに笑いながら、どんどん加速して回っており、エターナルたちの逃げる場所が少なくなる。
「松下さん、後ろに隠れて!!」
「は、はい……!!」
「進也、ちょい待ち!! ぼくは!?」
「ごめん、何とか逃げて!!」
「嘘〜〜〜〜〜!?」
大砲ハンターによる四方八方に放たれる薄茶色の光弾は周りの箱を壊していく。生身の人間である里美を真後ろに隠すエターナル。それに対して、正反対にいる退牙は助けに行けない。叫びながら退牙は出口に向かって急いで物陰に隠れる。
「あははははははははははははははははははははははーーっ」
「めちゃくちゃだ……!!」
「進也ーーー、何とかしろーーーっ!! うわっ、危ねえ!!」
大砲ハンターは壊れたように笑いながらガイアパワー光弾を放ち続ける。その様子を見たエターナルは戸惑い、退牙は飛んでくる光弾から必死に隠れながら叫ぶ。このまま放ち続けていれば、この少し広めの廊下の壁が破壊されて会場にまで被害が及んでしまうのだ。
「分かった、すぐに決める!! 松下さん、前進するから相手の光弾に気をつけてね」
「はい、上野くんの後ろに引っ付きます!!」
『バッファロー チェックイン』
『アイアン チェックイン』
エターナルは『B』『I』のエクストラチップをGFウォッチに差し込んだ。どちらも力を上げる能力で、赤い右拳が膨張して銀色に輝いていく。相手は遠距離が得意のノーフェッドで、真後ろには里美がいるなど、接近戦で尚且つ一撃で倒す強力な必殺技を当てる必要がある。いつもの距離を開けた飛び蹴り技ではなく、距離を縮めて放つ殴る技だ。
「これで終わりだ」
『オーバーライド』
「ブラスターインパクト!!」
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
エターナルはGFウォッチの赤いボタンを押して必殺技を発動する。光弾に当たりながらも前進して、回転している大砲ハンターの顔面にタイミング良く強化した右拳『ブラスター・インパクト』を当てた。回転を止められ、強力な一撃に身体が耐えきれなくなって悲鳴を上げる薄茶色の怪物ハンター・ノーフェッド。そのまま停止した後、爆発を起こして由利に戻る。由利の身体から離れたハンターのチップの絵柄がエクストラチップ『H』に変化していた。こうして、紗季のストーカー事件は幕を閉じた。
『エクストラ・チップ チェックアウト』
「良くやった、進也。こいつは警察に連れて行くな」
「分かった、よろしくな。それより大丈夫だった、松下さん?」
「大丈夫です……。ただ、その……」
「何?」
「衣装が恥ずかしいです……」
「あ……」
GFウォッチからエクストラチップ『E』を抜き取り、エターナルの姿から進也に戻る。退牙は倒れている由利に手錠をして、仲間の警察官や警備員を無線で呼ぶ。里美は進也を心配しようとしたところ、自分たちの格好に気付いて真っ赤になる。ノーフェッドで夢中で忘れていたが、2人はタキシードにウェディングドレスを着ている。進也も気付いて同じように真っ赤になる。
「新、婚夫…婦に騙、され、る、なんて……」
「松下さんは、ご近所さんの女の子で本当のお嫁さんじゃないよ」
「上野くんは、お隣の男の子で本当のお婿さんじゃないです」
「は……?」
「お前らーーーー、誰が見ても新婚夫婦にしか見えんわーーーー!!」
意識を取り戻した由利が負け惜しみを話そうとするが、進也と里美はお互いを否定する。予想外すぎる返答に由利は口を開けてポカーンとするなか、天然イチャイチャな進也と里美に、全力でツッコミを入れる退牙であった。
「ありがとう、助かったわ。お礼のアルバイト代よ」
午後9時、風花荘。無事に奏時市モデル大会『ウィンド オブ フェスティバル』は終わった。紗季と真帆はノーフェッドの正体を知って驚いており、由利の暴走は自分勝手な思い込みであった。しばらく由利は休養という形でモデル界から離れる。その辺りは、スタッフたちに任せている紗季は進也に報酬を渡した。
「こんなに貰っていいのですか?」
「いいのよ、守ってくれたお礼も含めているわ。それに良い写真も撮れたしね」
「写真………?」
進也は貰った袋を開けてみると、3万円入っている。予想以上の金額に戸惑う進也をよそに、紗季は写真を眺めており、分からない里美は首を傾げる。
「進也と里美ちゃんの結婚式♪」
「はわっ!?」
「ぶはぁっ!?」
紗季に見せてもらった写真で、進也と里美はタキシードとウェディングドレスを思い出して真っ赤になる。それは作戦開始前だった。
『6月の花嫁、ジューンブライド作戦よ!!』
『だからと言って、松下さんとの新郎新婦役は変ですよ』
『私の近くで護衛できるじゃない。それに面白そうだし、絶対似合っているわ』
『『〜〜〜〜〜〜っ!!』』
ハンター・ノーフェッドを捕まえるため、紗季の楽屋に集まった進也と里美。紗季の作戦は、今回使用する同じ衣装を里美に着させて、ノーフェッドを誘き寄せるのだ。今月は6月でウェディングドレスということで、作戦名はジューンブライドになった。進也もタキシードを着ることになっており、2人が恥ずかしがって戸惑うなか、ノリノリな紗季である。
『それに里美ちゃんの夢でもあるしね♪』
『そうなの?』
『はい……』
狙われているにも関わらず紗季は、ついでに里美の夢を叶えさせる。進也に聞かれた里美は恥ずかしながらも、こくんと頷いて答える。
『お、おれで良ければ……、夢のお手伝いするよ……』
『本当ですか……?』
『う、うん……』
進也はいつもお世話になっている里美に、少しでもお礼という形で役立とうとする。仮とはいえ、夢が叶う里美は進也に上目遣いで聞いてみる。その様子に進也の心音が増えるなか、はっきりと受ける。
『上野くん……』
『松下さん……』
見つめ合う進也と里美の雰囲気は、2人だけの世界が流れている。何も知らない人間から見れば、微笑ましい光景であろう。ただし、このジューンブライド作戦が無ければの話だ。
『えーーーーーー、ごほんごほん。イチャイチャは後にしてくださいね。怪物を捕まえるんでしょう?』
『『!!』』
流石の紗季も甘くなる空間に耐えきれなかった。わざとらしく咳を出す紗季に言われて、進也と里美は顔が真っ赤になる。あの作戦には、こんな舞台裏があったのだ。
「……お似合いだ」
「里美、似合っているのじゃ」
「「〜〜〜〜〜〜っ!!」」
現場には行っていない健太と徹子は写真を見る。そこにはタキシードとウェディングドレスを着た進也と里美が映っており、お似合いである。
(由利はリハーサル直前にチップを貰っていた。それじゃあ、私が見た怪物は誰だったのかしら……?)
ストーカーやノーフェッド事件があっても、風花荘は今日も賑やかである。しかし、進也すら知らない紗季だけが疑問に残る謎が残るのであった。
「紗季様ーーーーーーーーっ!!」
「静かにしたまえ、フレイムくん」
「かっかっか、大したことのないフュージョナーも消せて、紗季様も見れてラッキーだったぜ!!」
『チェックイン』
奏時市北区大会社ガイアチューンズ。そこに『ウィンド オブ フェスティバル』中継テレビを見て叫んでいる男性がいた。赤髪の男──火堂灰は紗季のファンである。かつて紗季がチラッと怪物を見たのはフレイム・ノーフェッドだった。姫乃は鍵銃を調整するのに集中しているため、灰の大声は非常に迷惑である。そんな姫乃をよそに機嫌の良い灰はGFウォッチに『F』のエクストラチップを差し込んで、フレイム・ノーフェッドに変化して楽しむ。フュージョナーとノーフェッドの闘いは加速するのであった。
序盤は幹部との戦い。フレイムを強く書けたかな。
中盤は、まさかのブラック里美ちゃん(笑)。いきなり浮かんだ。
終盤は勢いです。考えるな、感じろ!! な状態です。
次回は青山さん編です。