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第05話『ウィンド オブ フェスティバル』1/13修正

 ノーフェッドは人間がGSチップで変化した怪物。使用するか使用しないかは利用者の決断である。何も描かれていないGSチップにアルファベット小文字『a』が表面に現れ、そのアルファベットが大文字『A』に変化したのがエクストラチップ。ただし、何らかの手段でそのエクストラチップが機能不能などになった場合、新しい小文字『a』が大文字『A』になれる。そして、人間を怪物に変化させるチップに秘めた地球の未知なるエネルギー『ガイアパワー』は、人類に何をもたらす……。





「あーー、疲れた」


 6月半ば。奏時市西区の風花荘に続く夜道、赤松紗季はモデルの仕事を終えて人通りの少ない道を歩いている。月明かりだけが頼りで、電灯が少なく周りは暗い。風花荘への最短距離である路地裏だが、あまり明かりが無いのも事実。紗季がその道を通る理由に早く帰れるのもあるが、奏時市の女性雑誌『ウィンド』人気モデルなために人々からサインを求められることが度々あるからだ。女性が夜道を歩くことは危険であるが、紗季は得意のキックボクシングで撃退できる自信を持っているため、今日まで平気に歩いていた。


「(ククク……)」


「…………? 誰っ!!」


 突然、紗季は人間の視線を感じて後ろに振り返る。シンと静まっているが、紗季を見ている視線は外れていない。空耳ではないかと思ったが、いくつものモデル仕事で人々の脚光を浴びて視線に敏感になっている紗季だからこそ、現在進行形で自分が見られ続けていることに気付けた。それは良くも悪くもある経験則だった。暗闇から流れる冷たい風が、紗季の赤いメッシュの入った黒髪をなびかしている。


「居るのは分かってる、隠れてないで出てきなさいよ!!」


「(………………………)」


「………………………………気味が悪い」


 しかし、紗季の怒気のある声にも反応は無かった。不気味に感じた紗季は急に走り出す。今日はたまたまヒールではなく、シューズを履いていたからだ。キックボクシングで得た体力を使用して路地裏から抜け出す。普通の女性やモデルなら間違いなく息が切れる距離を走りきったおかげで、何とか撒いたようである。紗季が走り去った後、近くにあった電信柱の影に潜んでいた人間は、不気味に口元を歪まずのであった。





「ふわぁーー」


「おはよう、進也」


「おはようーー、親父」


 翌朝、奏時市西区の端にある小さく古いながらも人々の活気が溢れる小さなアパート風花荘。101号室に住んでいる上野家は朝の挨拶をしている。これといった特徴の無い水色のパジャマを着ている進也は、大きく口を開けて欠伸をして眼を閉じながら車椅子の秀樹に声をかけた。秀樹は赤いカップを持ってコーヒーを飲んでいる。


「おはようございます、上野くん」


「おはようーー、松下さん。………………んんっ……!?」


 進也は此処に居るはずの無い女の子の声を聞いて、眠気が一瞬で吹き飛んでばっちりと眼が覚めた。台所には桃色のエプロンを奏時高校の学生服の上から身に着けた里美が立っていたのだ。進也は思わず二度見してしまい、声をかけた里美はにっこりと微笑んでいる。


「な、なななななな、何で、松下さんが家に居るの!?」


「それは秘密だ。それよりも松下ちゃんが、朝ごはんを作ってくれた。めちゃくちゃ旨いぞ」


「当然じゃ、里美にはワシの技術を全て教えたからのぅ。おはようじゃ、進也くん」


「大家さんまで!!」


 進也は思考が追いつかずパニックになっている。只でさえ、寝起きのために脳が正常に機能していない。しかし、秀樹は里美が上野家にいることに全く驚いていなく、コーヒーを再び飲み始めた。そして、秀樹が言った通りに四角いテーブルの上には温かそうなご飯と味噌汁が置いてある。しかも、秀樹の正面に椅子で座っているのは里美の祖母である徹子であった。秀樹の里美の料理への感心に自慢気に答えている。進也は隣に住んでいる松下家全員が、何故か上野家にいることに混乱し続けていた。


「上野くん、料理を作るために冷蔵庫の中を確認させてもらいましたけど、冷凍食品はともかくコンビニ弁当は駄目ですよ」


「弁当おいしいけど……」


 里美は朝ごはんを作るとき、ゴミ箱に捨ててあった幾つものコンビニ弁当箱を確認していた。時間をかけて手作りで料理する里美にとって、冷凍食品は時間短縮には便利であるが、既に完成しているコンビニ弁当などは、あまり好きではないのだ。ようやく、里美が家に居ることに慣れた進也は言い分に小さく反論する。


「美味しいのは認めますけど、栄養が偏っています。上野くん、何かリクエストはありますか?」


「…………………………だし巻き卵、お願いします……」


「はいっ!! おいしく出来るように、今から作りますね。上野くんは顔を洗ってきてください」


「わ、分かった」


 里美は進也が食べていたコンビニ弁当の種類について、ちょっと怒っている。進也が好きな身体を作る肉のみ弁当は野菜が全く入っておらず、里美の言う通り栄養バランスが悪い。そんな里美が進也に聞いてきたのは食べたい朝ごはんで、少し考えた進也が答えたのはだし巻き卵だった。進也は里美との仲直りのきっかけになった、だし巻き卵の味を忘れることが出来なかったほど美味しいのである。それを聞いた里美は進也を洗面場に向かわせて、さっそく調理に取りかかる。だし巻き卵は里美の十八番だ。


「〜〜♪♪」


「うんうん。松下ちゃんは良いお嫁さんになるな、早苗にそっくりだ」


「ほっほっほ。そういう秀樹さんも、進也くんにそっくりじゃ。よく早苗さんに尻を敷かれていたのぅ」


「ぶはっ!? ちょ、ちょっと徹子さん、その話は止めてくださいよ!!」


 進也に頼られて気分が良い里美の調理する後ろ姿を見ながら秀樹は何度も頷きながら、さりげなく妻である早苗の自慢をしている。そんな秀樹の正面に座っている徹子は笑っていた。何故なら秀樹と早苗を昔から知っているので、進也が里美に注意されていた今の光景を昔に同じこの場所で見たことがあったのだ。思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった秀樹は、徹子が話したことで昔話を思い出されていることを察して、何とか止めようと間に入ろうとする。


「上野さんも、ここに居たのですか?」


「風花荘の初めての住民じゃった。今度詳しく聞かせてあげるのぅ」


「あの頃は若気の至りだったんだ……、徹子さん勘弁してくださいよ……」


 栄養たっぷりの卵を割って卵黄をカップに入れて箸で丁寧にかき混ぜていた里美は徹子が秀樹のことを昔から知っていたことに驚いた。徹子によると、秀樹と早苗は風花荘が出来てから初めての住民である。奏時市に引っ越してきた時は進也の前でもあったため、わざと初対面を装っていた。手を休めず、油を少し入れた長方形のフライパンを温めながら研いだ卵黄を焼いていくなど、だし巻き卵を調理していた里美は上野家と松下家の意外な共通点を知った。徹子は里美が知りたそうな表情をしていたのを見て、満面の笑みで昔話をする約束をした。その徹子の正面である秀樹は、若かりし頃の自分のやんちゃっぷりを思い出したのか、机に顔を乗せて沈んでいる。


「顔や歯を洗ってきました……って、親父どうしたの?」


「若気の至り……若気の至り……若気の至り……」


「秀樹さんのことは気にしないでおくのじゃ。それより、里美の料理が終わったのぅ」


「上野くん、ちょうど出来上がりましたよ。どうぞです」


 進也が洗面所で綺麗に洗顔して居間に戻ってみると、秀樹が何故か沈んでいた。何も知らない進也はブツブツと同じ言葉を繰り返している父親の奇妙な光景に戸惑っている。そんな秀樹をよそに徹子は進也を椅子に座るようにと促す。桃色のエプロンを畳んだ里美が置いた丸い皿にあるだし巻き卵を見て、思わずゴクリと進也の喉が鳴った。


「い、いただきますっ!!」


「はい。わたしもいただきます」


「…………………」


「ど、どうですか? お口に合いましたか……?」


 里美が作っただし巻き卵を食べたくて我慢できなくなった進也は椅子に座り手を合わせ、里美も進也の正面の椅子に座って同じように手を合わせる。箸を取った進也は一口サイズに分けてある、だし巻き卵を掴んで口に入れた。もぐもぐと黙って味わう進也の食事を見つめていた里美が自信無さげに味の感想を聞いてみる。


「やっぱり……おいしい……」


「良かったです……、いつもより時間をかけて作りました」


「進也くん、どんどん食べるのじゃ。里美の愛情がたっぷり入っているからのぅ」


「ぶっ!?」


「おばあちゃん!!」


 進也の口から小さな褒め言葉がこぼれ、里美はホッと胸を撫で下ろして自分の料理を食べ始める。進也に美味しく食べてもらうよう、気合いを入れて調理したからだ。そんな里美の真剣な様子を温かい目で見守っていた徹子は進也と里美を楽しそうにからかう。その言葉を聞いて、口の中にあるご飯を吹き出しそうになる進也、箸からだし巻き卵を落として頬を赤く染める里美。お互い意識してしまい真っ赤になりながらも、進也と里美の食べる手を休めることは無かった。


「ごちそうさま。とっても美味しかったよ」


「お粗末様でした」


「若気の至り……若気の至り……若気の至り……」


「まだショックじゃったのか!?」


 母親に似た味付けで満足した進也は里美の手料理をご飯粒一つも残さずに食べ終わってお礼を言う。そんな進也を見た里美は美味しく食べてもらって笑顔で喜んでいる。その横でブツブツと同じ言葉を繰り返している秀樹の奇妙な光景に思わず突っ込みを入れた徹子であった。





「ふわああぁぁ〜〜。GSチップ作れたよ、楽しかった〜〜。時計塔の鐘が眠気を誘うぅ〜〜。それじゃあ、お休みぃ〜〜〜〜ぐぅ……」


「ご苦労様、ライトニングくん」


 奏時市北区、GSチップを人々に配る大会社ガイアチューンズ。中央区から鳴り響く今日の巨大な時計塔にある鐘の音は穏やかで子守唄にも聞こえる。最上階に近い様々な機械が置かれている研究室で、姫乃からライトニングと呼ばれた矢雷雅(やらい みやび)は小さな身体にズルズルと引きずっている大きな白衣を着ている。明るい茶髪だがぼさぼさの癖毛で16歳の少女としては外見を気にしていない。女の子らしからぬ大きな欠伸をして間もなく目を閉じて寝ながら、ふらふらと揺れて危なげなく歩いて寝室に戻って行った。


「今回は『h』のみか。キーよ、複数の文字を同時には作れないのか?」


「統王様、今のところチップの文字を複数指定することは難しいようです。地球の力は簡単にコントロールが出来ません」


 ガイアチューンズの社長──統王正延は雅から提供されたGSチップを見ながら疑問を呟く。統王は幹部たちへの呼び方はノーフェッドとしての名前でしか呼ばない。GSチップの性能は素晴らしいが、ひとつひとつ作製する時間が掛かるのは欠点である。統王相手には普段の掴み所の無い口調とは違って敬語で話すメイド服を着た姫乃は地球の力──ガイアパワーの困難さを答える。この件に関しては16歳という若さで天才肌の雅からも伝えられていた。


「フュージョナーが持っているのは『B』『D』『E』『P』で、我らガイアチューンズは『F』『G』『K』『L』『S』だな。今回の『h』が覚醒すれば10枚目か」


「そうですね。A〜Z26文字あるアルファベット通りでは順調です。しかし、フュージョナーの邪魔が入ると考えられるので、念のため幹部に声をかけておきます。では、利用者を探してきます」


『チェックイン』


 現在、統王が確認しているGSチップが覚醒したエクストラチップは9枚。自身を含めて幹部たちが持っているチップは既に覚醒済みで、先ほどの雅もまた『L』のチップ──ライトニングを持ったガイアチューンズ会社の幹部の1人である。統王社長に報告を終えた姫乃はGFウォッチに似た腕時計に『K』の文字が表面にあるエクストラチップを差し込む。無機質な電子音声が鳴り響くなか藍色の怪物キー・ノーフェッドに変化して、GSチップ『h』の利用者を求めて研究室から出ていくのであった。





「やっと、数学の授業が終わったーーーーーーーっ」


「お疲れ様です、理名ちゃん。お昼御飯にしましょう」


 午後12時半。進也に手料理をした後、奏時高校に登校した里美は3年3組で授業を受けていた。隣の席では親友である佐藤理名が苦手な科目の数学を終えたことに安堵している。よほど疲れたのか、ショートカットの茶髪を机に流して顔だけを里美の方に向ける。今日一番の危機を乗り越えたような理名を称えながら、教科書や筆記用具を机の上から直して里美は昼御飯の弁当を鞄の中から用意する。


「いよいよ明日は、奏時市トップモデルたち『ウィンド オブ フェスティバル』の開催日ね、楽しみ!!」


「はい、わたしも赤松さんの応援に行きますから」


「里美ちゃんのアパートって本当に個性的ね。トップモデルの紗季さんが身近に居るって、すごいことだよ!!」


 お互いの机を引っ付けて昼御飯を食べ始める里美と理名。周りのクラスメイトも同じように昼御飯を食べている。そんななか、理名は奏時市女性モデル雑誌『ウィンド』の話を始めた。年に数回行われる『ウィンド オブ フェスティバル』は最新ファッションの先端を知れて尚且つ、普段は雑誌でしか見れない人気モデルたちを生で見れることを踏まえて、テレビ中継されるほどの人気である。毎年楽しみにしている理名は昼御飯の手を休め興奮しており、里美も今朝作ってきただし巻き卵を置いて話を聞いている。風花荘の住民である紗季も出ることあって、里美は理名と毎年一緒に行っているのだ。ちなみに舞台の手前で見れる優先チケットを紗季から毎回貰っているのは理名と里美と紗季の3人の秘密話である。


「それから最近、噂になっているね、あの白い正義の味方。三郎も気になって探しているみたい」


「そ、そうですね……えっと……理名ちゃん……」


「里美ちゃん?」


 モデルの話が終わって昼休みが終わる寸前、理名がふと思い出した。理名によると、怪物ノーフェッドと戦うフュージョナーは奏時市で有名になりつつあるらしいのだ。理名の情報源は、メモ帳を片手に噂好きな佐藤三郎(さとう さぶろう)である。三郎は理名の弟であり、奏時高校2年生で里美も昔から知っている。しかし、話を聞いてフュージョナーの正体を知っている里美は出来ることなら止めてほしいと想い始めた。理名は正義の味方と話しているが、実際の進也は自分を正義とは考えておらず正反対の復讐である。


「理名ちゃん、お願いがあります……。三郎くんに、その正義の味方を探すことを止めるように言ってください!!」


「ど、どうしたの? 里美ちゃんがお願いなんて珍しいわね」


「警察のニュースでも言っていましたが、ノーフェッドはすごく危ない怪物です。そんな怪物と戦う正義の味方と接触するのは、怪物に狙われてしまいます!!」


 里美は頭で考えていた言葉を声にして出した。危険なことは伝えていかないと手遅れでは間に合わない。GSチップの脅威は秀樹から聞いた通り、既に奏時市を巻き込んで行っている。そして、何よりも進也の『心』を救うと決意したのだ。少しでも進也が戦えやすくするために今朝も栄養を考え身体を気遣って調理したのである。普段の大人しい里美からは想像できない必死の表情に理名は驚く。


「うん。里美ちゃんの意見は最もね。三郎に注意しておくわ。それはそうと、何か怪しいなーー♪」


「何ですか?」


 里美の訴えを了承した後、理名は流し目で里美を見つめる。目の前にいる里美は可愛いことは昔から知っている。そんな里美だが、何だが今日は、ますます可愛らしくなっている。まるで、もともと綺麗な石だったのを磨いて、ダイヤモンドにしたくらいだ。問題は誰が磨いたのか。理名が知る限り奏時高校の隠れファン連中は、里美へのアタックに失敗して諦めている。つまり、外部の男子に違いないと考える。ずっと一緒だった親友として、目の前で小首を傾げる隙だらけで純粋な里美を心配する保護者的な感情が芽生えている理名は思いきって尋ねてみた。


「里美ちゃんがいつも以上に笑顔が多いのは………ずばり、男?」


「〜〜〜〜〜〜っ!! な、何で分かるのですか!?」


「びっくりしたーー。半分冗談だったけど……、これは里美ちゃんの夢も叶うかもね」


 半信半疑でカマをかけてみた理名は里美が頬を赤く染めて恥ずかしがる姿を見て確信する。今の里美には『癒し』の部分がありながら積極的な『強さ』の雰囲気を感じる。優しさだけでは守れないから、今までは理名が里美の『強さ』になって守ってきたのだ。その里美が短期間で影響を受けていることに理名はその男のおかげと考える。そして、少なくとも里美が笑顔になる相手なので不純な下心などは持っていなさそうである。


「……………ウェディングドレスを着ることです……。でも、今の話には関係ないですよ?」


「意外と関係しているかもよ。小学校の時、初めて一緒に見た結婚式すごかったもんね」


「はい。花嫁さんが着たウェディングドレスがとっても綺麗でした」


 小さな声で夢を語る里美は昔から純白のウェディングドレスに憧れているのだ。かつて、奏時市の小さな教会で行われていた結婚式を小学校の帰り道で理名と一緒に目撃した里美は花嫁の姿に目を奪われていた。しかし、ノーフェッドの話が何故か進也との関係について聞かれている里美は理名の質問の意図をいまいち理解していない。


「……………これは気付いていないようね」


「何か言いましたか? 理名ちゃんの夢はプロのカメラマンですね」


「そうよ、奏時市の東区は自然が豊かだからカメラの練習にはちょうど良いの。まあ、里美ちゃんの夢は隣に旦那さんが必要だけどね」


「旦那さん……り、理名ちゃん〜〜〜〜〜〜っ!!」


 何かを察した理名の小さく呟いた言葉は里美に聞こえなかった。それより、夢として思い出したのは理名がプロのカメラマンになることだ。初めて進也がフュージョナーとして奏時高校で戦っていた時も携帯電話のカメラで撮影するほどである。人物や風景など他にも気になったのは写しており、里美も何枚か撮ってもらったことがあるのだ。理名に指摘してもらって考えてみると、何故か進也の姿を思い浮かべてしまった。ようやく先ほどの質問の意図を理解した里美は恥ずかしくなって耳まで真っ赤になる。


「気付いたみたいね。里美ちゃんが認めた男……気になるな〜〜。今度、遊びに行くね!!」


「えっ!? そ、それはダメです!!」


「いいじゃん、いいじゃん。必ず行くからね♪」


 からかわれていることに気付いた里美は大声まではいかないが、珍しく声を出した。その様子を見た理名は風花荘の鉄郎たちも勘づいている里美の『恋心』に気付いた。本人が気付いていないのは昔からの付き合いで分かっており、ちょっと天然が入っているのは良いところでもある。ますます男に興味を持った理名が勝手に遊びに行く約束するなか、お昼休みが終わるのであった。





「はっくしょんっ!!」


「進也、風邪か?」


「うーーーん、体調は大丈夫。誰か噂をしているのかな」


 里美と理名が進也のことを会話している頃、風花荘の裏庭ではベンチに座っている進也と車椅子に乗っている秀樹が話し合っていた。すると突然、進也がくしゃみをしたので秀樹は驚くが、進也自身も驚いていた。ちなみに奏時市は6月で梅雨入りしているわりに今日は晴れていたので天候は問題ない。


「それより気になるのはバッファロー・ノーフェッドと戦っているときに現れた奴らだ」


「人間じゃなかった……機械みたいな姿だったよ」


「奴らは感知が微妙なほどガイアパワーが少なかった。おそらく、量産型のノーフェッドだろう……厄介だな」


 進也と秀樹が話しているのは先日バッファロー・ノーフェッドと戦っていた時の出来事である。見た目は歯車やネジなどを武器にした機械が人型をしている。2人は知らないが藍色の怪物キー・ノーフェッドは機械兵士ジャンク・トルーパーと呼んでいるのだ。秀樹が懸念する内容は地球の力──ガイアパワーを微力で使用して動いていることで、普通のノーフェッドとは違って複数の集団で活動していたところだ。ガイアパワーが少ないならば戦闘力はフュージョナーには劣らないが、数の暴力は油断できないからである。


「任せてよ、親父。新しいチップも手に入ったし、そう簡単には負けないよ!!」


「まあな。エクストラチップが増えればエターナルのチップの効果は一段と発揮されるから、今のところは大丈夫だろう」


「うん!!」


 奇妙な敵が現れたにも関わらず進也は自信満々である。何故ならチップが増えていることに喜んでいるからだ。エターナルのチップは複数のGSチップ──正確にはエクストラチップを繋ぐことが出来る。心配していた秀樹もエターナルの能力を信じており、進也の元気いっぱいの返事を聞いていた。


「(問題は、量産型ノーフェッドの出現方法だな……自然に現れたのは肯定できない、恐らく人為的に出現した……裏に誰かが居るのだろうな)」


「進也ーーーー、いるかーーーー?」


「銀川さんの声だ。裏庭にいますーーーーーーっ!!」


「分かったぜーーーーー、ちょっと赤松の部屋に来てくれーーーー!!」


 しかし、問題を考える秀樹は機械兵士ジャンク・トルーパーを裏で操作している存在を推測する。ガイアパワーは空気と同じで微かにあるが、怪物になることは無い。統王たちが新しい技術を開発したのではないかと思考していると、聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。その声が鉄郎と分かった進也は同じように声を大きくして返事をした。どうやら何か用事があるようである。


「親父、行ってくるねけど良い?」


「ああ、これから一緒に生活する風花荘の住民の人々と交流するのは立派な社会勉強だ」


「うん。親父、ありがとう。銀川さん分かりました、今から行きますーーーー!!」


 ノーフェッドの話をしていた進也は車椅子に乗っている父親に許可を求めたが、そんなことに許可は必要ないと秀樹は笑っている。赤松の部屋に向かって走っていく進也の姿を見た秀樹は少しずつ母親の早苗を消された1年前の出来事『ロストタイム』の以前の優しい性格に戻りつつあることに安心するのであった。





「何でお前の部屋なんだ? 俺の部屋でも良かったぜ!!」


「あんたのトレーニング部屋より、ずっとマシよ。道具マニアじゃないの?」


「オイオイ照れるじゃねえか」


「褒めてないわよ、筋肉馬鹿」


 風花荘202号室では、たくましい筋肉の上から白いタンクトップを着た鉄郎とモデル出身の赤い服を着こなした紗季が言い争っている。暑苦しいのが苦手な紗季は皮肉に言うが、トレーニングに誇りを持っている鉄郎には通じないようである。2人は仲が悪いように見えるが、紗季の趣味のキックボクシングや鉄郎の筋肉トレーニングなど、身体を鍛えるという点ではお互いを認め合っているのだ。


「こんにちは」


「来たか、進也!! 遠慮せずに入ってこい!!」


「えっと、はじめまして……上野進也です……」


「赤松紗季よ、よろしくね」


 裏庭から走ってきて扉を開けて入ってくる進也。202号室には鉄郎と紗季が畳に座っており、2人に頭を下げて挨拶をする。進也は紗季とは見たことはあったが、こうして会話するのは初めてである。しかも、女性の部屋に入ることも初めてで、ちょっと緊張している。



「ストーカーですか……?」


「銀川から聞いたわ、テレビで噂の怪物たちを倒すことが出来るほど強いらしいわね」


「ぶはっ!? 銀川さん、話しちゃったのですか!!」


 挨拶が終わって、さっそく話題を始める紗季。進也を呼んだ理由は、モデルの紗季を追い回しているらしいストーカーの存在を何とかして欲しいことである。何故、自分であるかと疑問に感じている進也だったが、紗季が鉄郎から聞いたノーフェッドと戦うことが選ばれた理由である。進也は他の人に内緒にしているフュージョナーの正体なので無意味に話した鉄郎に向かって焦りながら叫ぶ。


「大丈夫。ここの奴らは良い奴らばっかりだから、言いふらしたりしねえよ」


「この間モデルの仕事をして帰ってくる時に一瞬だけ見たのよ。怪物を倒せるほどのあなたなら安心だわ」


「おれはノーフェッドしか戦わないですけど……」


「女性が困っているのに断るの?」


 進也がフュージョナーであることを知っている鉄郎は軽く紗季に話していたようだ。紗季が言うには夜道を歩いていると、近頃視線を感じるらしいのだ。復讐のためにノーフェッドと戦う決意をしている進也だが、紗季のようなストーカーという一般的な犯罪を助けることは初めてであり、今まで女性関係が少なくて、どうすればいいか分からない。悩む進也に紗季は追い討ちをかけ始めて、ますます混乱していく。


「え、えっと……う〜〜〜〜〜〜ん」


「こうなったら里美ちゃんに、あんたの悪口を言っちゃおうかしら?」


「面白そうだな『進也は俺たちが困っているのに何もしなかった』てな、里美の信頼度が無くなるぜ」


「そ、それは駄目です!! 何でも手伝いますから!!」


「「(………………ニヤリ)」」


 目を瞑って唸っている進也を見ている紗季はちょっぴり悪戯を思い付つき、暇だから持ってきた銀色のダンベルを握りしめ上腕二頭筋を鍛える鉄郎に耳打ちする。受けるべきか受けないべきか考えている進也に対して、アイコンタクトで鉄郎と紗季は進也を追い詰める台詞を繰り出した。それを聞いた進也は思わず立ち上がって受けることを無意識に決めた。焦っている進也は気付かないがニヤリと2人の口元が笑った。


「ふふっ、じゃあ決まりね。ちなみに悪口なんか言うつもりは全く無かったのよ。ぜ〜〜んぶ、冗談」


「俺たちはお互いを認め合った仲間だからな。そんな悪どい性格だったら大家のばあさんに住ませてもらっていねえぜ!!」


「ほっ……。…………………あれ、何で今おれ焦ったり、ホッとしたんだろう?」


 からかいながら進也の許可を得たところで、鉄郎と紗季はネタばらしをした。そもそも性格が悪いのであれば、大家の徹子に見抜かれて風花荘に住ませてもらえないのだ。笑っている2人が先ほど言っていたことが冗談であり安心した。しかし、何故安心したのか自分でも分かっていない進也は小首を傾げるのであった。


「さっそく説明するわよ。明日の午前から『ウィンド オブ フェスティバル』のリハーサル、午後から本番があるの。都合の良いことにマネージャーが風邪で休んだから、マネージャーと護衛を兼任して頼めるかしら。もちろん、アルバイト代を払うわよ」


「わ、分かりました。よろしくお願いします!!」


「そういえば紗季、俺は手伝わなくても大丈夫なのか!? 見ろ、筋肉はバリバリだぜ!!」


 簡単に説明をした紗季は前回の鉄郎と同様にアルバイト形式で進也に頼み込む。ようやく混乱から解放された進也は快く受けるが、1人だけ会話に取り残された鉄郎は着ている白いタンクトップを引きちぎって自慢の筋肉をアピールする。ちなみに白いタンクトップは奏時市西区の商店街の激安セールで買い込んでいるため、あまりはたくさん残っている。


「いらないわ、自宅待機」


「ドンマイです、銀川さん」


「ノオオオオオオォォォォォーーーーーーーーっ!!」


 首だけを振り向いた紗季の無情な宣告に目を逸らしながら進也の天然追い討ちもあってか、ショックを受ける鉄郎は部屋中に向けて腹の底から雄叫びをあげるのであった。





「行ってきます、親父」


「行ってきます、おばあちゃん」


「気を付けてな、進也〜〜」


「里美も気を付けてのぅ」


 翌日の午前10時、私服の進也と里美が『ウィンド オブ フェスティバル』の会場に行くために風花荘から外出しようとしている。里美が一緒なのは進也が奏時市の細かな所を知らないことや毎年理名と一緒に行っているため、案内することになったのだ。電気バイク『エターナライザー』に乗り込んで赤いヘルメットを被りこんだ進也、その進也の背中に後ろからギュッと抱きしめた里美は桃色のヘルメットを被っている。進也の背中には何か柔らかい感触が伝わってくるが、2人乗りの危険を回避することを考えて集中しているために気づいていない。


「「行ってきまーーーーーーすっ!!」」


「本当、似た者同士だな」


「良いことじゃ」


 進也と里美は元気な声を揃えて風花荘を出発して、門の前で車椅子の秀樹と徹子はお似合いな2人を温かく見送る。ストーカーのことさえ無ければ、デート気分を味わうことが出来るのではと思うと残念である。それでも、2人っきりのチャンスなので仲良くなって欲しいと思うのであった。





「ここが『ウィンド オブ フェスティバル』が開催される会場か、大きいな〜〜〜」


「リハーサルに入るのは初めてです。いつも午後からの本番を見ていました」


「進也、里美、こっちよ!!」


 風花荘からバイクを走らせて15分、奏時市北区にある会場に到着した。風花荘の位置は西区の端で北区よりのため、東区や南区に向かうのに比べて短時間で行くことが出来るのだ。会場は少し大きめの体育館で、スタッフによる準備が行われている。駐輪場にバイクを停めると紗季が関係者以外立ち入り禁止の扉の入口で2人を待っていた。


「おはようございます、赤松さん」


「おはよう、案内ありがとうね。里美ちゃんは私の楽屋で待っていてね」


「はい、分かりました」


「赤松さん、おれは何をすれば良いですか?」


 進也と里美は紗季の所に行って朝の挨拶をする。同じように挨拶を終えた紗季は、さっそく2人を自分の楽屋に案内した。関係者専用の橙色のジャケットを着た紗季は、今回のストーカー対策作戦に関係の無い里美は自分の楽屋に一旦待たせることにしてある。モデルの紗季から見ても里美は可愛いため、スカウト業者など悪い虫に会わせないという点でも有効だ。何より、進也と里美の初々しい光景を見れなくなるのが嫌だからである。そんな紗季の考えなど知らない里美は楽屋で待機して、進也と共にスタッフたちがいる廊下に出る。


「まずはモデル仲間に挨拶しに行くから一緒に来て。その後はリハーサルが行われるから里美ちゃんを迎えに行って欲しいの」


「分かりました、赤松さん」


「じゃあ行くわよ、失礼します」


 進也にある程度の内容を教えて、さっそく紗季は隣の楽屋に向かう。扉を軽くノックして入り、進也が続けて入る。楽屋にはツインテールの髪型の女性とサイドポニーの女性が鏡に向かって座っており、紗季が入ってきたのに気づいて振り向いた。


「由利、真帆、今日はよろしくね」


「よろしく……」


「フフフ、今回こそ勝たせてもらうわよ」


 紗季のモデル仲間である岡本由利(おかもと ゆり)村田真帆(むらた まほ)。20歳の由利は髪型がツインテールで無表情に少ない会話が売りで、26歳の真帆は髪型がサイドポニーで大人のお姉さんとして豊か過ぎる女性特有の膨らみを持っていることで人気がある。どちらも女性雑誌『ウィンド』では紗季と同じ人気モデルだ。


「失礼します!! 由利さん、真帆さん、紗季さん、リハーサルお願いします!!」


「分かった。じゃあ、行ってくるわ」


「がんばってください、赤松さん。松下さんと一緒に応援しています!!」


「ありがと」


 橙色のジャケットを着たスタッフが呼びに来て『ウィンド オブ フェスティバル』のリハーサル会場へ行くことになった。進也が紗季に元気よく話しかける。里美に似た笑顔を見てやる気がますます出てきた紗季はお礼を言って楽屋から出て行った。


「フフフ、可愛い男の子ね。今夜、お姉さんと飲みに行かない?」


「へっ!? え、えっと、その!?」


「由利、早く行こ……」


「あ〜〜れ〜〜♪」


 紗季との様子を見ていた真帆が進也に話しかけてきた。妖艶な顔を近づけて真帆から匂う香水が大人のお姉さんの色気を感じさせる。真っ赤な顔になる進也はどうすれば良いか分からずに戸惑っている。そんな真帆を見かねた由利が軽く押して楽屋から出て行くが、真帆は面白そうな声を出しながら去って行った。





「リハーサル行きまーーーーす!! 3……2……1……スタート!!」


「始まったね」


「ストーカーさんは来るでしょうか?」


「流石に、この会場には入れないと思うよ」


 メガホンを持ったスタッフの掛け声でリハーサルが始まる。体育館は色豊かなステージになっており、軽快な音楽も流れていく。紗季から言われた通り、橙色のジャケットを着た進也と里美は仲良く離れた場所で椅子に座っている。里美はストーカーを心配しているが、護衛を頼まれた進也は安心していた。何故なら、たくさんの中継用のカメラだけでなく、監視カメラもある。その中で見知らぬ人が入れば怪しさ満点だ。


《エントリーナンバー1番 岡本由利》


「てへっ……」


《エントリーナンバー2番 村田真帆》


「フフフ、私に見惚れなさい♪」


 放送が流れてモデルたちが1人ずつステージに現れる。明るく照明する投光器が設置されたランウェイを歩いて、一番前でポーズを決める。一番最初は小さな身長を生かした子どもっぽい洋服を着た由利だ。いつもの無表情からめったに見せない笑顔に変わる瞬間のギャップが堪らないらしい。二番目の真帆は胸元が露出の大きい衣装を着ている。見えそうで見えないエロさ、そのもどかしさが人気を得ている。全く正反対の由利と真帆が舞台から消えて裏に行く。


「村田さん、すごかったですね……。上野くんはどうでしたか?」


「ああいう服装は、あんまり好きじゃないよ……。でも、松下さんなら可愛いよね」


「へっ!?」


「あ、いや、その……!!」


 リハーサルを見学している進也と里美は真帆の大胆な衣装が強烈な印象に残ってしまった。どちらかと言えば、由利のような露出の少ない服装を着る里美は呆気にとられており、尋ねられた進也も同じような表情をしている。ただ、大胆な服装を着た里美を想像した進也は感想を思わず口に出してしまい、言った進也も言われた里美もお互い恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。


「「………………………………」」


《エントリーナンバー3番、赤松紗季》


「わっ!!」


「ひゃっ!!」


 恥ずかしあって何も話せない沈黙という気まずい雰囲気が進也と里美を覆うなか、紗季がついに呼ばれる。相手のことを考えあっていた2人は同じように身体をビクッと動かして驚いた。そんな2人の様子を知りもしない紗季が堂々とステージに現れる。


「さあ、みんな熱くなれ!!」


「赤松さん、かっこいいね」


「それに綺麗です」


 黒いヒールを履いて歩いていき、ランウェイの一番前でポーズを決める紗季は、赤いメッシュを付けたセミロングの黒髪をなびかせ、袖が無くて炎のような赤いドレスを着ていた。ドレスだけというシンプルな服装ながらも、スタイル抜群の姿に里美は憧れの目で見て、進也もカッコよさに感動している。


「良いよ、紗季さん」


「ヒュー、ヒュー!!」


 スタッフたちも紗季を褒めており、ステージに戻るためにランウェイを再び歩いていく。紗季たちモデルのリハーサルは順調である。しかし、ミシミシ、バリバリと何かがちぎれるような不快な雑音が会場内を響かせた。


「上野くん、何の音ですか?」


「うん。変な音がしているね……、あれは!!」


「危なーーーーいっ!!」


「きゃああああーーーーーーーっ!!」


 里美が不安になって進也のジャケットの袖を摘まむなか、進也は頭を回して警戒している。すると、異変に気づいたスタッフが大声をあげた。ガラガラガラァァァァァァァーーーーーーーー!! 突然、ステージ上にある5mはある壁セットが倒れてきたのだ。ランウェイを歩いて戻ってきた紗季に襲いかかり、あまりの恐怖に動けなくなって悲鳴をあげることしか無かった。


「ヤバい!!」


「上野くん!!」


『レディ?』


「認証、エターナル!!」


『エクストラ・チップ チェックイン』


 異変に気づいた進也は里美の声を後ろで聞き走りながらGFウォッチにアルファベット『E』の文字が描かれたエクストラチップを差し込んで白い戦士エターナル・フュージョナーに変化した。幸いにも周りの人間の視線は壁セットに向いているため、後ろから近づいている進也には全く気づいていない。


「間に合え!!」


『バッファロー チェックイン』


「むん!!」


 白い身体に黒いマントを背中に纏って赤い両腕、橙色に発光しているゴーグル型の眼に赤い耳という白い仮面をした姿──フュージョナーとなった進也の身体能力は10m以上は離れている紗季の元まで一気に詰め寄って行った。壁セットが当たる寸前、アルファベット『B』の文字が描かれた新しいエクストラチップであるバッファローの能力を得たエターナルは赤い両腕が何倍にも膨れあがり、倒れてきた5mの壁セットから力付くで支えて紗季を何とか守った。


「進……也……?」


「セーーーーーフ……っ!!」


「た、助かったわ……。あんたの姿、実は半信半疑だったけど目の前で見たら疑いようないね……」


 自分を助けたフュージョナーの姿を見た紗季は意外にも落ち着いている。鉄郎の話を信じてはいたが、あまりに現実離れしているため、100%までは信じていなかったのだ。しかし、安堵しているフュージョナーの様子に、紗季は進也の姿が重なって見えたために安心することが出来た。紗季の安全を確認したエターナルは巨大になった赤い両腕に力を入れて崩れた壁セットを持ち上げる。紗季を逃がしてから自分も逃げた。


「チッ」


「上………、フュージョナーさん、あれノーフェッドですよ!!」


「ストーカーじゃなくて、ノーフェッドか。ありがとう、松下さん!!」


 紗季が助かる様子を舌打ちする怪物がステージセットの5m上に立っている。倒れてきた壁の向こう側にノーフェッドが居たのだ。どうやら人間離れした力で壁セットを押し倒してきたようだ。里美は誰よりも早く気づいて『フュージョナー』と叫ぶ。これはノーフェッドと間違われないことと正体を隠すためである。2人っきりの場合は『上野くん』と呼ぶ約束を事前にしたのだ。周りに気付かれたノーフェッドが会場の奥に逃げていく。


「あれが噂の……」


「写メ、写メ」


「どいてください!! 邪…………落ち着け、上野進也……。この前の松下さんみたいに怒らない、怒らない、怒らない……ふぅーーーーーーーー、よしっ!!」


 ノーフェッドを追いかけようとするフュージョナーの周りにスタッフたちが集まり出してきた。しつこい野次馬に進也は『邪魔なんだよ!!』と言いかけた。しかし、深呼吸を繰り返して自らを落ち着かせる。前日、怒りからは周りを傷つけるだけということを里美から学んでいた。その八つ当たりという罰──同じ失敗をすることは無くなった。これも全ては里美のおかげである。


「皆さん、早く逃げてください!!」


「アンタたち、早く外に行くわよ!!」


「「「は、はいーーーーーーーっ!!」」」


 進也の事情を知っている里美と紗季が会場にいるスタッフやモデル仲間たちを避難させている。中継カメラや衣装道具などは置き去りにしてある。出口に向かって走って行くのを確認したフュージョナーは、アルファベット『P』のチップを取り出した。


「キュー、あの高い所までお願い!!」


『フェニックス チェックイン』


「キュイ!!」


 エクストラチップであるフェニックスのチップをGFウォッチに差し込んだ。チップの記録を読み込んだ無機質な電子音声が流れて、小さな赤い身体に大きな翼を広げた相棒キューが右肩に座って現れる。ノーフェッドが逃げたであろう高い場所に、不死鳥キューの脚がフュージョナーの右拳を握って飛翔する。





「よっと」


「うわっ!?」


 会場の外に出てきたフュージョナー。不死鳥キューの速さのおかげで、あっという間にノーフェッドに追い付いた。天気もよく明るい場所に出てきて、ノーフェッドの全身がはっきり分かった。左目の部分は黒い眼帯を着けた顔に細身の薄茶色の身体、右太ももに小さな拳銃が入った黒いホルダーを備えている。簡単に言えば、薄茶色の怪物ノーフェッドだ。


「何で赤松さんを狙った、お前は誰だ?」


「私の名はハンター。赤松紗季に生きてもらっては困る。何度も脅していたが、この日が来たならば確実に消させて貰おう」


「………!! お前、まさか赤松さんのストーカーか!!」


 警戒する姿勢を構えるエターナルは薄茶色の怪物に紗季を狙った疑問をぶつける。すると、ハンターと名乗るノーフェッドは逃げることをせずに質問に応じて語り始めた。拳を握りしめ無闇に戦うことを抑えるエターナルは聞いている内に紗季が頼んできた話と同じことに気づく。紗季を狙っている正体はストーカーとノーフェッドが同一人物であった。


「お前、何故それを……!? 知られたなら仕方ない、お前から消えて貰おう!!」


「来い!!」


 対面しているハンター・ノーフェッドもまた正体を気付かれて驚いている。何せ狙っている紗季の関係者がフュージョナーとして立ち塞がっているのだ。覚悟を決めたハンターはエターナルに向かって飛びかかってくる。まずは様子見と考えているエターナルは敢えて受けてから反撃しようと右足に力をこめた。


「ムンッ!!」


「やああ!!」


「セイイィィィィ!!」


「………? 攻撃が軽い、お前ノーフェッド成り立てか?」


 会場の外であるやや広めの草木溢れる広場で激突した白い戦士フュージョナーと薄茶色の怪物ノーフェッド。左眼の眼帯など意味が無いと思えるほど、ハンターの視界範囲は広くてエターナルの赤い拳を難なく避ける。それに対して、攻撃手段は拳のみで今のところ右足にあるホルダーに収めている拳銃を使う様子は無い。甲高い掛け声と共に攻撃を繰り返しているが、当たっているはずのエターナルに与える決め手にはなっていない。ふと、ハンターの戦闘に疑問を感じたエターナルは何となく尋ねてみた。


「くっ……」


「当たりかな? だったら、エクストラになる前に倒すまでだ!!」


「ヒッ!!」


「やあああああぁぁぁーーーーっ!!」


 軽く尋ねた質問に動揺した相手を見て、図星のようだと確信を得たエターナルはハンター・ノーフェッドに向かって赤い拳に力を込めて飛びかかる。エクストラ状態になったノーフェッドは想像できないほどのガイアパワーを得て被害を及ぼす。かつて戦ったダガーやバッファローの被害は現在も修繕している。フュージョナーの優勢で勝負を決まったかに見えた。





「赤松さん、皆さんを避難させました!!」


「ありがとう、里美ちゃん。念のため、進也にも報告したほうが良いわ。きっと安心して戦ってくれる」


「はい、わたしが行ってきます!!」


「あら……? 由利……真帆……?」


 2人が戦っているその頃、エターナルとハンターが出ていった方向とは反対の出口から出てきた里美と紗季はスタッフたちを座らせて休ませた。橙色のジャケットを着ているスタッフたちがお互いを確認しているなか、紗季は里美を少し離れた場所に連れていき、戦っている進也に無事であることを伝える提案をする。それを聞いた里美は近くにいるはずの進也に伝えるべく走って行った。見送った紗季はモデル仲間を確認しようとしたが、由利と真帆は避難したはずのスタッフたちの中には居なかった。





「やあああああぁぁぁーーーーっ!!」


「そうはさせない」


「うわっ!!」


 ハンターに迫るエターナル。だが、突然エターナルの目の前に紅い火球が飛んできて腹に直撃した。今までのノーフェッドの攻撃とは比べものにならない威力にエターナルは耐えれず、コンクリートの壁に向かって吹き飛ばされてヒビが出来るほど強く叩きつけられた。身体強化しているはずのフュージョナーの鎧でも、紅い火球の痛みのダメージが残っている。


「上野くん!!」


「松下、さん………………?」


「しっかりしてください、上野くん!!」


「ほれ、今のうちに逃げろ」


「た、助かる……」


 スタッフたちを避難させてきた里美を倒れこむエターナルを見て走ってきたのだ。心配する里美が肩を貸してエターナルを何とか立ち上がらせる。先ほどまで戦っていた周りは黒い煙が立ち昇り、桁違いの破壊力を物語っている。その紅い火球を飛ばした張本人はハンター・ノーフェッドを燃えあがる広場から逃がした。


「ありがとう、松下さん………。くっ…………お前は!?」


「オレ様はトライディザスターの1人、フレイム・ノーフェッドだ!!」


 傷ついたエターナルは里美にお礼を言いながらも目の前の敵を警戒する。3つの災害──トライディザスターと高らかに名乗る敵は、フュージョナーと同じGFウォッチを右手首に着けた幹部で、空気中の水分が蒸発してしまうような熱気が漂う凄まじい紅い炎を身体に纏った茜色の怪物フレイム・ノーフェッドが現れるのであった。


里美ちゃんが、ますます進也くんのパートナーになりつつ有ります。


今回は怪物の変身者が分からないという、ライダーではお馴染みの展開です。さて、誰にしようかな。


そして、ようやく出せた敵幹部トライディザスター。具体的な描写は次回に書きます。


姫ちゃんに雅ちゃん、敵組織の人間も増えてきました。書いていて楽しいです。


後半に続く。

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