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狭間の唄  作者: 秋口峻砂
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拾六、人喰い蒲公英

幸福論、其の壱

 春先の野原に転がっているその男は、ぼんやりと空を眺めていた。別段何かをするつもりはないらしく、ただ只管に空を見上げている。空には鰯雲が浮かんでいる。風が穏やかなのでそれはゆっくりと北から南へと流れていた。

「お兄さん、こんなところでなにらをやっているんだい」

 その男の顔を覗き込む女が一人。優しげな雰囲気と妖艶な艶とを併せ持つ女だった。だが別段美人という訳ではない。

「空を眺めている」

「何故」

「眺めたいからだ」

「つまり暇なのかい」

「暇というほど暇でもない」

「でも暇なんだろ」

「まあそうだ」

 問答の後に女は男の隣に座った。そして同じように空を見上げる。

「鰯雲が綺麗だねえ」

「陽も暖かいな」

 女は野原に生えている蒲公英を一輪摘むと、それを男の鼻先に突き付けた。男の鼻腔に優しい香りが広がる。

「いい香りだろ」

「ああ、いい香りだ。今まで蒲公英なんざ、天麩羅の具としてしか見てなかったな」

「風情の無い男だねえ」

 女は指先で蒲公英を弄びながら、ゆっくりとその香りを嗅ぐ。そして胸元にそれを差した。男の視線が初めて女に向いた。軽く肌蹴た女の白い胸元に、黄色い蒲公英が正しく花を添えていた。その美しさときたら、吉原の花魁も裸足で逃げ出すほど。

「綺麗だな」

「蒲公英がかい、それともあたしがかい」

「お前に決まっている」

「あら、やっと気付いたのかい。あたしの美しさに」

 妖艶に笑う女は濡れた花弁を思わせた。紅を引いたぷっくりとした唇を、まるで舌なめずりをするように舌が這う。すると男は妙な気分になった。この女は綺麗な蒲公英だが、どうも人喰い男喰いの花に見える。

 だがそれがどうした。男と女は喰いつ喰われつ一つになり、そして共に果てる生き物だ。ならば人喰い蒲公英の何が悪いのか。

 男は隣に座る女の尻を強く手で掴む。そして視線を重ねるとそのまま女を押し倒した。

「あらら、その気になったのかい」

「ああ」

「お世辞の一つくらいいえないのかね、この宿六は」

 少し頬を膨らませながら、人喰い蒲公英は愉しげに微笑んだ。

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