P10 自然数と実数だと、実数が多い?
さて。前回までで
自然数と整数 自然数と有理数
は、同じ個数だけある(同じ濃度である)という話をしてきました。今回は
自然数と実数
のお話となります。今までの流れからすると、どんな集合でも適当に
1,2,3,4,……
と数えていけそうな気もします。ところが
実数は数える事が出来ない
という事を集合論の創始者であるカントールが示したのです。
それにしても「実数は数える事が出来ない」事を、いったいどうやって示したのでしょうか?
高校生にもわかるように説明してみましょう。
まず、どんな実数も「無限小数」で表す事が出来るという話から。例えば3分の1という実数(有理数でもある)は小数表示すると
このように無限小数となります。また、√2(ルート2)という実数を小数表示すると
このようになります。
「1」という数も実数なのですが、こちらも無限小数で表示する事が出来ます。実は集合のオープニング「点と線」のところでお話ししたのですが
この数式が成り立つんですよね。「なんで?」と思う人は「点と線」を読んでください。この数式同様、例えば0.25のような有限小数であったとしても
このように無限小数で表示出来るわけです。というわけで、実数は全て無限小数で表示出来るのです。
ちなみに3分の1や27分の19など、有理数の小数表示は必ず同じ数字が循環しながら出てくるので「循環小数」と言います。無理数の場合は、その小数表示において数字が循環する事はありません。
……。
「実数は自然数より多い」事を示してみましょう。これは言い換えると「実数は数える事が出来ない」という事を示す事になります。
例えば
{1,2,3,……,100}
という集合の要素なら100個
{2,4,6,……,2000}
という集合の要素なら1000個というように、要素の個数が有限なものは数えられます。また整数や有理数は、うまくやれば 1,2,3,…… と数える事が出来ました。
しかし「実数は数えられない」事を示す事が出来るのです。【背理法】と呼ばれる手法を用いて示します。今回は特に 0<x<1 を満たす実数xが、自然数より多いことを示します。
では、ここから証明に入ります。
0<x<1 を満たす全ての実数が、自然数と同じ数だけあると【仮定】します。そう【仮定】して【矛盾】を導くのが【背理法】です。
(ちなみに 0<x<1 を満たす有理数は自然数と同じ数だけあります)
自然数と実数は同じだけあるのですから、自然数の集合の要素 1,2,3,…… に対し、これらは実数の何かと手を結ぶ事が出来るはずです。
自然数1に対応する実数を
と表します。自然数2に対応する実数は
と表し、自然数nに対応する実数は
と表す事になります。0<x<1を満たす実数は
0.△□☆……
という小数の形で表すことにします。特に無限小数で表す事にします。例えば0.25のように有限小数であったとしても、上で話したように
0.24999999……
と無限小数で表す事にするのです。
さて、自然数と実数が同じ個数だけあると【仮定】しているのですから
このように 0<x<1 を満たす実数を全て列挙する事が出来るはずです。
つまり 0<x<1 を満たす実数は
のどれかになるはずです。
ここで「ミスターX」という数字を考えます。ミスターXの小数第1位は
の小数第1位とは違う数であるとします。ミスターXの小数第2位は
の小数第2位と違う数であるとします。以下同様にミスターXの小数第n位は
の小数第n位とは違う数であるとします。そうするとですね……
実数は全て
これらのどれかに対応しているはずなので、ミスターXはこの中のどれかのハズなんですが……
このミスターX
と比べると小数第1位が違うので、ミスターXの正体はこの数ではありません。
と比べると小数第2位が違うので、ミスターXの正体はこの数ではありません。
と比べると小数第n位が違うので、ミスターXの正体はこの数でもありません。
この中にいるはずのミスターXなのに、そのどれとも一致しない事になるのです。
これこそ【矛盾】であり、その【矛盾】は「実数は自然数と同じだけある」と仮定した事からやってきたものです。
従って「実数は自然数と同じだけある」というのは間違い。正確には、自然数から実数(今回は 0<x<1 を満たす実数)への全単射が存在しないという結論になるのです。
んー、ちょっと難しいし、なんかモヤッとする証明と感じた人も多いのではないでしょうか。でもこの証明法は数学的には正しいもので、特にこれは「カントールの対角線論法」と呼ばれるテクニックなのです。
このようにしてカントールは数学史上初めて
自然数の無限と実数の無限では、その度合いが違う
事を示したのです。
……。
もう少しお話を続けます。
今までに
自然数と整数 自然数と有理数
に関しては、無限の度合いが同じ(濃度が同じ)事を示しました。しかし
自然数と実数は無限の度合いが違う(濃度が違う)事を今回示しました。
自然数と同じ濃度である集合を【可算集合】と言います。数えられる集合という意味です。
整数は可算集合、有理数は可算集合、実数は可算でない集合(不可算集合)というわけです。
この無限の度合いの違いを、カントールは【濃度】という言葉で表現しました。( )の中に時々書いてきたヤツです。
自然集合の濃度は
という記号で表し、アレフゼロと呼びます(アレフヌルという読み方もあり)。ちなみにヘブライ語です。確か。笑
いっぽう、実数の濃度は
で表します。そのままアレフですね。カントールはこの濃度に対し
この不等式を示した事になるのです。無限の度合いに大小関係があるというのは、数学の世界でも非常に大きな意義のある事でした。
例えば数直線上に有理数を表す点だけとってそれ以外の点を消してしまうと、スカスカ過ぎて我々の目には何も見えません。しかし実数を表す点をとれば、そのまま直線として残るのです。
自然数濃度を点に表しても見えないですが、実数濃度を点に表すと線として見えるようになるんですね。これがオープニングで話した【点と線】のミステリーの答なのです。
食塩水の濃度よりも数学の濃度は、大きいほど圧倒的に濃くなるんですね~。
さ。もう少しだけ難しいお話をいたします。
1つの集合Aに対し、その部分集合全体の集合をAのべき集合といいまして
例えば {1,2} という集合のべき集合は
{φ,{1},{2},{1,2}}
となります。集合の要素が集合でも構わないです。
実は自然数の集合Nのべき集合を考えると、実数濃度に等しい集合となる事が知られています。さらに実数のべき集合を考えると、実数濃度よりも大きい濃度の集合を得る事ができ、実数のべき集合のべき集合を考えると、さらに大きな濃度の集合となります。
このべき集合をとり続ける事で、いくらでも大きい濃度の集合を考える事が出来るのです。
そこでカントールは次のような事を考えました。ある集合があって、その集合の濃度は
自然数集合の濃度よりは大きく
実数集合の濃度よりは小さい。果たしてそんな集合は存在するのだろうか?
カントールは、そういう集合はないだろうと予想していまして、それを証明しようと頑張りました。ところがこの問題に対する結論は、彼が生きている間には得られませんでした。
これがかの有名な【連続体仮説】です。まぁ、有名といっても数学関係者以外はなんのこっちゃという感じでしょうが。
数学界の巨匠・ヒルベルトは20世紀始まってすぐ、当初未解決だった23の問題を提起。世界中の数学者に「頑張ってみんなでこれらの問題を解いていきましょう」と呼びかけ、20世紀数学の方向性を示すことになった、いわゆる【ヒルベルト23の問題】というのがあるんですが、【連続体仮説】はその1番目の問題として紹介されました。
カントールの創始した集合論は【素朴集合論】と言いますが、後にツェルメロやフレンケルらによって【公理系集合論】として発展します。
カントールが亡くなったのは1918年。この問題に決着が与えられたのが1963年。カントールの死後45年目にあたります。その決着のドラマにはゲーデルとコーエンという2人の数学者の名前が挙あがります。
そしてその結末は、カントールが全く予想しなかったものになりました。
いや、【連続体仮説】が発表された当初、誰もが予想だにしなかった結末となったのです。
果たしてその結末とはいかに?
次回へ続きます。