P21 人類VSコンピュータ(前編)
前回スーパーコンピュータ(略してスパコン)の話をしました。
今回はこのスパコンのお話です。
通常のパソコンに比べて、膨大な処理能力を誇るスパコン。そのスパコンは
【人間に勝つ】
を目標にして進化した側面もあるという事をお話しします。
以下、スパコンの歴史の中で、注目された話題を紹介していきます。
まず最初に紹介させて頂くのは、かの有名なIBM社の開発したスパコン【Deep Blue】。
チェス専用として開発された【Deep Blue】は1997年、当時のチェス世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフに勝利したのです。
チェスにはその盤面から何通りものコマの動かし方があります。
いわゆるポーンやらルークやらナイトやら(将棋でいうと歩やら飛車やら桂馬やら)のコマがありまして……
どのコマを動かすか? どこへ動かすか?
など、相手のキング(将棋でいうと王)を奪取するため(相手のキングを取った方が勝ち)、場面場面でどの手をさすか……それがチェスなんです。
【Deep Blue】はわずか1秒で、2億局面を計算する事が出来ます。チェスは1手1手で指数的にコマの移動の仕方が増えていくゲーム。数手先でも、全局面を計算するとなると膨大な数になるのです。
指数増加が苦手なコンピュータは効率よくその場合分けをチェックしていきます。そして2億もの局面の中から、勝つための最良と思われる1手を選んでコマを動かしていくのです。
コンピュータが人類にチェスで勝つ。その進化についてはコンピュータ本体、いわゆるハード面と、実際にコマを動かすためのアルゴリズム(手順や計算)、いわゆるソフト面の両方の進化について語る事が出来ます。
今ではソフト面も進化し、ここ数年、人類のチェスチャンピオンはスパコン相手に全く勝てていません。
人類は、チェスにおいてコンピュータに敗北を喫した
そう言えるでしょう。
★☆
2010年10月、また1つ大きなニュースが飛び込んできました。
169台のコンピュータを並列に組んだマシンに4つのソフトを搭載した
コンピュータ将棋システム【あから2010】
が、将棋界女流棋士第1人者と言われた清水女流王将(女流六段)に勝利したのです。
チェスでチャンピオンに勝てるんだから、将棋も勝てるだろ?
と思う人もいるでしょうが、そう簡単な話では無い。
チェスと違って、将棋は盤面のマス目数や駒数が多いだけでなく、相手から取った駒も使えるなど(チェスでは取ったコマは使えない)、場面場面に置いて次の1手がチェスよりも多いんですね。それを数手先まで読むとなると、指数的に局面が増えてしまい、チェス対戦よりも高度なプログラムが要求されるのです。
将棋では、コンピュータは人類に勝てないだろう
と、コンピュータの限界を将棋の対局に挙げる人も多くいました。
この対戦で使われた【あから2010】では、4種類の将棋ソフトが次の手を指示し、多数決によって次の1手を決定する多数決方式が採用されたそうです。
私は将棋に関して「駒の動かし方は解る」程度です。この対局に関する記事を読むと、勝負を分けた1手というのがあったらしく、それは普通の人が通常打つ手ではない、コンピュータならではの1手だったそうです。
余談ですが、大乗仏教の経典のひとつに【華厳経】というのがありまして、その中には10の224乗を【阿伽羅】という言葉で表しています。将棋の全局面数は10の226乗通りと言われており、それに近い数という事で、この将棋システムを【あから2010】と名付けたそうです。
今回【あから】が勝利したのは女流棋士。将棋の世界(棋界)では、やはり男の方が実力は上と言われております。もし現役男子のトッププロに勝てば、それは
将棋において、コンピュータが人類に勝った
事を意味します。それに向けたプロジェクトは進行中でして、2012年1月には【第1回電王戦】と称した対局が実現。この勝負では引退棋士代表・米長邦雄(永世棋聖,日本将棋連盟会長)と、2011年の世界コンピュータ将棋選手権の優勝ソフト【ボンクラーズ】が対戦し、見事コンピュータ側の【ボンクラーズ】が勝利。しかも圧勝。
2010年に女流棋士を倒し、2012年には引退したトップ棋士を倒したコンピュータは……
ついに現役の男性棋士・船江恒平(2012年8月現在、6段)との対戦が決定。【第2回電王戦】となるこの対局は2013年に行われる事になります。
第3者としては「どうせなら、竜王とか王将とか最強の現役プロと対戦させればいいのに」と思うのですが、まぁ物事には順序というものがあるのでしょうか。
あと数年で「将棋でも人類はコンピュータに勝てなくなる時代が来る」と言われておりますが……
ひょっとしたら、すでにその時代は来ているのかもしれませんね。
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2011年2月、スパコン界において大きなニュースが飛び込んできました。【Deep Blue】を開発したIBM社が、今度は【WATSON】というスパコンを開発。冷蔵庫10個分のスペースに2880個ものCPUを搭載したこの【WATSON】が、アメリカのクイズ王2人を相手にクイズで圧勝したというニュースです。
コンピュータは凄いから、クイズも人間に勝てるだろう
いやいや。それは大間違い。
チェスや将棋のようにコマの動かし方が定義されているものに関して、コンピュータはハード面がしっかりしていれば強力なスキルを発揮します。しかしクイズというのは、司会者の発する質問に対してその内容を理解し、正解を検索して、答えなければなりません。
つまり司会者の言う【言葉】を理解しなければならないのです。これは【人工知能】と呼ばれる分野で、ハード面だけでなく、アルゴリズムを扱うソフト面でも大きな発展を遂げねばなりません。
【WATSON】がクイズ王に挑戦する際、インターネットに接続してはならないという条件がついていました。つまり【WATSON】は、例えば司会者の言った言葉をそのままネットで検索をかけ、出てきたページから答になりそうなのを絞り込むというやり方は使えません。それゆえ、完全に自分の中の知識だけで答える必要があるのです。
まぁ、コンピュータは覚える事に関しては大得意なので、ネットを利用せずともあらかじめ本100万冊(2億ページ)分の知識はあります。しかし司会者の質問に対し、自分の中にある膨大なDATAから解答を検索するには……
司会者の言葉を理解する事が必要不可欠。
【2001年宇宙の旅】における【HAL】や、【ナイトライダー】の【ナイト2000】のように(知ってる人は知っている)、人と会話するコンピュータというのは映画やドラマではお馴染みです。
しかし現実世界のコンピュータがホントに人の言葉を理解するのか?
【WATOSON】は見事それをやってのけたのです。
チェスや将棋のように決められたルールの駒を動かすのではなく、人の言葉を理解して答えを返す。この難題をクリアした【WATSON】は、コンピュータの言語理解の分野に対して大きな道を切り開きました。
もう少しくわしくいうと【WATSON】は司会者の言葉(文章)を単語で区切り、単語ごとに品詞をつけ、さらにその品詞の並びから文の構造を解析。その後で単語の意味を調べるというアルゴリズムで文章の内容を理解しています。
我々が会話する時、単語の品詞だとか考えませんよね。コンピュータに文章を理解させる事は、それだけ難しい事なんです。
この【WATSON】の挑戦は、いわゆる人工知能の分野で大きな進歩をもたらしました。
コンピュータはまた1つ、人類に対して大きな一歩を踏み出したのです。
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2012年8月現在、話しかけるとそれに対して携帯が会話をしてくれる「携帯コンシェルジュ」などのサービスが提供され始めています。
これらは数年経つとヴァージョンアップを重ね、より多彩で深みのある人間らしい言葉を返してくるでしょう。ISS(国際宇宙ステーション)にはHALが、カーナビにはナイト2000のような話し相手もリアルに出てくる日も近いかもしれませんね。
「人と会話する」以外にも、世界各国では色々なプロジェクトが進行中です。例えば日本では
コンピュータが東大に合格できるか?
という面白い、かつ個人的に興味深い計画があります。
国立情報学研究所によるこの挑戦は
第1目標:2016年までにセンター試験で高得点を出す
最終目標:2021年の東京大学入試に挑戦し、合格点を取る
というもの。
もしこれが実現すれば、大変な事になりますが……
この続きは次回。




