私を断罪してくる王太子殿下が前世の執筆仲間だった〜無敵の悪役令嬢と天才剣士王太子による、頑張らない辺境スローライフ〜
「リズレット・レームロイド! 身の程知らずにも聖女アイラを虐げ、命まで狙った貴様の罪、もはや言い逃れはできん!」
煌びやかな王立学園の卒業パーティー会場。その中央で、私は冷たい床に膝をついていた。
周囲を囲む貴族たちの冷笑。王太子殿下の隣で、涙を浮かべて勝ち誇った顔をしている男爵令嬢のアイラ。
そして、壇上から私を冷酷に見下ろしているのは、この国の第一王子であり、私の婚約者――だったはずの王太子、レイル・メルヴィルだ。
(あーあ、ついに来ちゃったな、これ)
私は心の中でため息をつく。
何を隠そう、私は転生者だ。前世は日本の女子高生で、趣味で異世界恋愛小説を書いていた。ちょっとだけ書籍化もした。
そんな私が生まれ変わったのは、生前プレイしたことのある乙女ゲームの「悪役令嬢」リズレット。しかも、実はただの公爵令嬢ではなく、古代の亡国の王女という裏設定付きだ。おかげで生まれつき魔力が無限で、神話に出てくるような全属性魔法が使える。
ぶっちゃけ、この国を滅ぼすことなんて指先一つでできるのだけれど、私は前世から平和主義。大人しく断罪されて、静かな田舎でスローライフでも送ろう。そう思っていた。
だから、私はレイルの言葉を大人しく聞いていた。……途中までは。
「……数々の悪行、お前自身の口から弁明はあるか? ないのであれば、今すぐその薄汚い顔を上げ、我が裁きを聞くがいい!」
(……ん?)
私はピクリと眉を動かした。
レイルが放ったそのセリフ。ゲームのシナリオにはなかったはずだ。というか、ものすごく聞き覚えがある。
(薄汚い顔を上げ、我が裁きを聞くがいい……?)
私の脳裏に、前世の記憶が鮮烈に蘇る。
あれは私が高校2年の秋。ネットに投稿していた小説の第4章、悪役令息が主人公に言い放つ、ちょっと中二病の入ったこだわりのセリフ。
当時、その小説の唯一の理解者であり、私のリアル幼馴染だった「千夜」に読ませたとき、彼はこう言ったのだ。
『零、このセリフさ、ちょっとカッコつけてる割に語彙が硬くない? 俺なら、こう、もっと……「薄汚い顔を上げ、我が裁きを聞くがいい!」とか言っちゃうね。ダサカッコよくて最高じゃん』
『ちょっと千夜! 私の渾身の中二病セリフをダサいって言わないでよ!』
そんな、他愛のない、だけど切ない、恋人未満だった彼との放課後の会話。
まさか、ね。
私はゆっくりと顔を上げた。
壇上に立つレイル。アメジストのような瞳。前世の千夜とは似ても似つかない、ゲーム通りの超絶美形、剣の天才。
だけど、私と目が合った瞬間。
レイルの美しい眉が、ありえない形に跳ね上がった。
「……え?」
レイルの口から、威厳のない声が漏れる。
彼はじっと私を見た。私の髪を、私の目を。そして、彼がゴクリと息を呑むのが分かった。
周囲の貴族たちが「王太子殿下……?」とざわつき始める。
私は、確信を得るために、リズレットとしての傲慢な笑みを完全に捨て去り――前世、千夜にだけ見せていた「呆れ顔」を作って、口を開いた。
「ねえ、レイル殿下」
「な、なんだ……?」
「そのセリフ、やっぱり今聞いても、ちょっとダサいと思うわ」
会場が静まり返る。アイラが「何を言っているのこの悪役令嬢は」という目で私を見る。
しかし、レイルの反応は違った。彼はみるみるうちに目を見開き、手に持っていた儀礼用の剣をガシャーン!!と派手に床へ落とした。
「……嘘、だろ」
「嘘じゃないよ。おまけに言うと、第5章のプロット、千夜のアイデア通りに直したら、編集さんに『急に中二病が加速しましたね』って苦笑いされたんだからね」
レイルは頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。
「零……!? お前、零なのか!? 書籍化作家の『れるる』の零!?」
「そうだよ! あんたこそ、感想欄の常連の『セン』で、リアルでは毎日私の部屋にポテチ持ってきてた千夜でしょ!?」
「「嘘だろ(じゃん)!!!」」
学園の卒業パーティー会場は、完全に置いてけぼりになった。
涙目で倒れ込んでいるアイラも、警備の騎士たちも、口をあんぐりと開けて静止している。
「ちょっと待て、お前リズレットなのか!? あの、ゲームで一番エグい死に方するラスボス令嬢!?」
「そっちこそ王太子のレイル!? 剣の天才だけど、ルートによっては一番に私を斬り殺しにくるメインヒーローじゃん! なんで千夜がこんなところにいるのよ!」
「俺だって死んで気づいたらここにいたんだよ! っていうか、お前がリズレットなら、俺、お前を断罪しなきゃいけないじゃん!」
「できるわけないでしょ! 私たち、前世で何年の付き合いだと思ってるのよ!」
「……あ、それもそうだな。よし、断罪やめ」
レイルはあっさりと立ち上がると、落ちた剣を拾い上げ、鞘に収めた。
そして、壇上からトコトコと降りてきて、私の手を取って強引に立たせる。
「え!?レイル殿下!? 何をされて……!」
婚約者気取りだったアイラが悲鳴をあげるが、レイルは一瞥もしない。
「みんな、すまん! 今日の断罪はなしだ! あと、俺、王太子辞めるわ!」
レイルが大声で宣言すると、会場に今日一番の悲鳴が響き渡った。
「兄上ーーー!? 急に何をおっしゃるのですかーーー!!」
観客席から飛び出してきたのは、レイルの真面目な弟、第二王子のカイルだった。
「カイル、あとは頼んだ。お前の方が政治向いてるし。俺、零……じゃなくてリズレットと、どっか遠くの田舎で暮らすから」
「そんな勝手なことが許されるわけ――」
「許されなくても行く。俺の剣、この国で誰も止められないの知ってるだろ?」
にっこりと笑うレイル(中身は千夜)は、確かに前世と同じ、ちょっと強引で、でも私を絶対に守ってくれた幼馴染の笑顔だった。
「リズ、行こう。前世で果たせなかった『二人暮らし』、異世界でやろうぜ」
「ふふ、いいよ。私の魔法、めちゃくちゃチートだから、どこに行っても快適な家建ててあげる」
こうして、私たちは、王都の混沌を後ろ目に、手を繋いで走り出したのだった。
〜〜〜
王都を爆速で出奔した私たちに対する国王の処罰は、実に政治的で、そして親バカなものだった。
『レイルの「剣の才」とリズレットの「神話級魔法」を他国に渡すわけにはいかん。よって、レイルは「王子の身分」のまま、リズレットを監視・軟禁するという名目で、最も危険な【最果ての黒森林】の領主を命ずる!』
というわけで、私たちは晴れて公認(?)の身分持ちニートとして、辺境の地にやってきた。
一応「追放」の体裁なので、あてがわれたのはボロボロの荷馬車一台と、生い茂る原生林。そして、凶悪な魔物の咆哮が響き渡る荒野だけだった。
「うわぁ……見事なまでに何もないね、千夜」
「だな、零。でも、お前の目が『創作意欲に燃える作家の目』になってるぞ」
レイル(中身は千夜)は、腰の聖剣に手をかけながら楽しそうに笑う。
普通の令嬢なら泣き叫ぶところだが、私の前世は異世界ファンタジー作家。そして今世のスペックは、魔力無限の神話級・全属性魔法使いだ。
「よし、じゃあまずは拠点を作っちゃおう。千夜、前世で一緒に住むならどんな家がいいって話したっけ?」
「確か、リビングが広くて、夏は涼しくて冬は暖かい、ゲーム部屋と書斎がある家、だろ?」
「オッケー、じゃあ『モデリング出力』!」
私がパチンと指を鳴らす。
瞬間、大地が轟音を立てて鳴動した。
古代失われた土属性の最上位魔法により、地面から純白の大理石がせり上がり、瞬く間に二階建てのモダンな邸宅の形を成していく。
それだけではない。私は全属性魔法をフル稼働させた。
まず、光・雷属性で常に一定の明るさを保つ魔力式照明(つまり、LED!)と、コンセント代わりに魔力を供給する回路を作って。
次に、水・風属性を使い、魔力で自動循環し、部屋の温度を常に24度に保つ「全館空調エアコン・システム」。および自動洗浄機能付きの風呂を作った。
そして最後に時空属性で家の外周に、魔物の侵入と紫外線を100%カットする「超高密度・結界シールド」を作成した。
わずか数分。
魔物の棲む危険な辺境のド真ん中に、王都の王宮よりも遥かに快適で、日本の高級注文住宅をも凌駕する『究極の我が家』が爆誕した。
「……おいおい、零。お前それ、一国を買い占めても足りないレベルの魔道具を家に組み込んでないか?」
「大丈夫、私の魔力は無限だから。電気代も実質タダだよ」
「最高かよ。じゃあ、俺はちょっと庭の掃除に行ってくるわ」
レイルは嬉しそうに鼻歌を歌いながら、結界の外へと歩いていった。
〜〜〜
結界の外では、突如現れた巨大な建造物に驚いた、SSSランクの指定災害級魔物である、紫色の体に銀色の立髪をした、ライオン型の魔獣『ベヒーモス』や口から地面につくかつかないかくらいの長さの牙があり、その牙で獲物を串刺しにする白銀の毛を持つ狼魔獣『ジャッジメント・ウルフ』の群れがギチギチに集まっていた。
どれも、王都の騎士団が数百人規模で挑んでようやく倒せるレベルの化け物だ。
「グルルルル……!」
「お前ら、うるさい。零が中で引っ越しの荷解きしてるから、静かにしてくれ」
レイルは、あくびを噛み殺しながら聖剣を抜いた。
前世では、学校帰りに私の部屋でポテチを貪りながら、私の小説のプロットに「このバトルの緊迫感、足りなくない?」とダメ出ししていた男だ。そんな彼が、今世では歴史に名を残すレベルの「剣の天才」として生まれてしまった。
前世のゲーム知識によれば、レイルの剣技は「世界の理を無視して確定クリティカルを出す」という、プレイヤーからナーフを叫ばれたチート性能である。
「よし、サクッと終わらせて、零が作った風呂に入ろう」
レイルが静かに足を踏み出す。
次の瞬間、彼の姿が消えた。
いや、消えたのではない。常人の目には見えない速度で、空間そのものを切り裂くような踏み込みを見せたのだ。
ズバババババン!!!
一閃。ただの一閃だった。
咆哮を上げようとしたベヒーモスの巨体が、一瞬で縦にふたつに割れる。周囲の狼たちも、自分が斬られたことすら気づかない速度で、綺麗に塵へと変わっていった。
「ふぅ。あ、このベヒーモスの肉、美味そうだな。零に燻製にしてもらおう。あと、この毛皮はリビングのラグにちょうどいいかも」
レイルは、まるでスーパーの特売で牛肉を品定めするような軽いノリで、巨獣の素材を解体し始めた。
彼にとって、辺境の魔物討伐は、前世でやっていたアクションゲームの雑魚狩りよりも簡単だった。
おかげで、我が家の周囲は、魔物が「絶対に近づいてはいけない最恐のデスゾーン」として認識され、結果的に世界で一番安全な、静かな静寂が保たれることになった。
〜〜〜
辺境生活が始まって3ヶ月。
私たちの暮らしは、控えめに言って「天国」だった。
私は午前中に気が向いた分だけ小説を書き(紙とインクも魔法で最高級品を錬成した)、午後はレイルが狩ってきた極上の魔物肉で料理を作る。夜は二人で、前世の思い出話や、この世界のゲームシナリオのガバガバさについて語り合う。
そんなある日、我が家のポスト(時空魔法で王都のギルドと繋げた)に、一通の手紙が転がり込んできた。
差出人は、レイルの弟であり、現在「新・王太子」として馬車馬のように働かされているカイル王子からだった。
『不肖の兄上へ。
そちらの居心地はいかがですか。こちらは地獄です。
兄上が卒業パーティーで「王太子辞めるわ!」と叫んで逃亡したせいで、翌日から私の睡眠時間は平均3時間になりました。
例の男爵令嬢アイラですが、兄上に振られた後、他の攻略対象者(アイラ嬢が言っていた変な呼称です)を巻き込んで婚約破棄の不当性を訴えようと暴れましたが、リズレット義姉上の実家である、亡国の王族の権力が強すぎて、一瞬で実家の男爵家ごと潰されました。
現在、彼女は修道院で大人しく聖歌を歌っています。
それはいいとして、来月、隣国との軍事境界線の見直し会議があります。兄上の「圧倒的武力」による威嚇がないと、我が国の外交官が泣きそうです。お願いですから、3日だけでもいいので王都に戻ってきてください。というか、戻れ。命令だ! 貴方を軽く恨んでいる弟より』
手紙を読み終えた私は、ふっと吹き出してしまった。
「カイルくん、めちゃくちゃ怒ってるね、千夜」
「あいつ、真面目すぎるんだよなぁ。まぁ、外交の書類仕事なんて、前世のテスト勉強よりつまんねえし、行くわけないか」
レイルはソファに深く腰掛け、私が魔法で作った、うすしお味の「自家製ポテトチップス」をサクサクと音を立てて食べながら笑う。
「でも、お土産くらいは送ってあげたら? ほら、昨日千夜が狩ってきた、ドラゴンの魔晶石。あれ、王都で売れば国家予算レベルでしょ?」
「お、いいなそれ。カイルの奴、それで美味いもんでも食って寝ろってことで」
レイルは手紙の裏に『無理。ドラゴンあげるから頑張れ。 王城には戻らない兄より』とだけ書き殴ると、時空ポストに国家最高峰のレア素材と一緒に放り込んだ。
明日あたり、カイルくんが嬉しさと理不尽さで発狂する姿が目に浮かぶ。
「……ねえ、千夜」
私は、窓の外に広がる、美しい夕日に染まった辺境の森を見つめながら呟いた。
「何?」
「前世の私、まさか自分が書いた小説みたいな世界で、しかも千夜とこんな風に暮らすなんて、思ってもみなかったな」
生まれた時から、いつも隣にいた男の子。
好きだけど、幼馴染という関係が壊れるのが怖くて、一歩を踏み出せなかった。
レイルはポテチの袋を置くと、ゆっくりと立ち上がり、私の隣に並んだ。
そして、今世の大きくて、剣のタコができた強い手で、私の手を優しく包み込む。
「俺は、ずっとこうしたかったよ。前世では、お前が小説の中にしか目を向けてくれない気がして、言えなかったけど」
レイルのアメジストの瞳が、真っ直ぐに私を映す。
「今世は、もう逃がさないから、……零。いや、リズ。俺の奥さんになって、一生ここで一緒にいてくれる?」
ゲームのシナリオも、悪役令嬢の破滅も、王位の責任も、ここには何もない。
あるのは、どこまでも便利で快適な我が家と、お互いへの想いだけ。
「……うん。喜んで、レイル」
私はレイルの胸に顔を埋め、今度こそ、幼馴染の境界線を踏み越えたのだった。




