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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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最強言霊使いが、己の無力を知るまで

作者: 黒海苔
掲載日:2026/02/13

『多元宇宙の管理者』という作品も投稿しているので、興味があればご覧下さい。

 日本の山奥。地図の空白地帯に、その集落はひっそりと息づいていた。

 そこに生まれた者は、等しく《言霊ことだま》という呪い――あるいは祝福を宿す。


 命令形で紡がれた言葉は、問答無用で現実を縛る。


「立て」


 そう命じられれば、膝が砕けようと、血の涙を流そうと、効果が尽きるまで直立を強いられる。


「私はお前の兄だ」


 その一言で、記憶は静かに書き換わる。偽りの絆が、真実として脳に刻まれる。


 だが、この力には絶対の欠陥があった。

 言霊が届くのは“精神”のみ。肉体そのものを変えることはできない。


 老人に「女になれ」と命じれば、心は乙女として震えるだろう。

 だが、刻まれた皺も、衰えた四肢も、無情にそのままだ。


 それでもなお、《言霊》は神に近い権能だった。

 ゆえにこの村では、言葉は毒のように忌避される。


 不用意な一言が他者を縛り、放った本人さえも絡め取る。

 言霊は他者にも、自分自身にも作用する。


 人々は必要最小限の音しか発さない。

 沈黙こそが、この村の安寧だった。


 ――その静寂の中で、透は異質だった。


 村一番の言霊使い。

 幼い頃から、彼の言葉は異常な“重さ”を帯びていた。


 冗談めかして放った「笑え」の一言で、相手は呼吸困難になるまで笑い続けた。

 自分に向けて「眠れ」と囁けば、意識は一瞬で奈落へ落ちる。


 強すぎる力は、孤立を生む。

 誰も透と目を合わせず、誰も彼に話しかけない。


 ただ一人を除いて。


「ねえ、透!」


 華蓮。

 太陽をそのまま形にしたような少女だった。

 沈黙を美徳とする村で、彼女の明るさはあまりに眩しい。


 彼女だけは、透を恐れなかった。


 人目を盗み、山奥の獣道へ。

 そこだけが、二人がただの子供に戻れる場所だった。


 禁じられた“おしゃべり”こそが、何よりの宝物だった。


 ――その日も、いつも通りのはずだった。


 華蓮が木漏れ日の中で振り返った、その瞬間。


 低く湿った唸り声。

 飢えと狂気に濁った瞳が、二人を射抜く。


 牙が閃いた。


「透……っ」


 華蓮の足首に食らいつく、狂犬。


「止まれッ!」


 透の叫びが森を震わせる。

 言霊の暴力的な強制力が、野犬の筋肉を硬直させた。


 二人は逃げた。

 川辺で傷口を洗い、泥を落とす。


「……大丈夫。これくらい、平気だよ」


 青ざめた顔で、華蓮は笑う。


 大人に言えば、密会が露見する。

 禁じられた会話が明るみに出れば、どんな罰が下るか分からない。


 二人は黙った。


 数か月後。

 華蓮は倒れた。


 高熱。喉の痙攣。水を恐れる症状。

 村の大人たちは、何も言わずに顔を曇らせた。


 致死の病。


 透は、枕元に膝をつく。


「……とお、る……?」


 掠れた声。焦点の合わない瞳。


 透は、言った。


「生きろ」


 魂を削るように、最強の言霊を叩きつける。


 華蓮の瞳に、かすかな光が宿った。


「……うん。生きるよ、私」


 精神は命令に従う。

 だが、肉体は――従わない。


 痙攣が彼女の身体を跳ね上げる。

 見えない毒が、脳と神経を容赦なく蝕んでいく。


「治れ」


 何も起きない。


「治れッ!」


 沈黙。


 理屈では知っていた。

 言霊は物質に届かない。


 それでも、透は叫び続けた。


「死ぬな! 行くな!」


 華蓮は、震える手で透の指を握る。


「……怖く、ないよ。透が……そう言ってくれるから」


 それが、最後だった。


 三日後。

 華蓮は息を引き取った。


 村は静まり返っていた。

 誰も泣かない。沈黙だけが広がる。


 透は立ち尽くす。


 最強の言霊使い。

 神の如き言葉を持ちながら――


 たった一人の少女を、救えなかった。


 知らなかった。


 噛まれた直後に傷を徹底的に洗えばよかったこと。

 村の外には、ワクチンというこの病を防ぐ方法があること。


 自分は、無知だった。


 無知だったから、救えなかった。


 透は森を見上げる。


 ――知ろう。


 この村の外を。


 言葉ではなく、知識で守れるものがあるのなら。


 透は村全体に、静かに命じた。


「僕は旅に出る。探すな」


 干渉は最小限。

 ただ、自分を追わないように。


 水と食料と、家に残されていた金を持つ。

 両親は数年前、流行り病で死んだ。

 買い出し役のために残されていたその金を、今度は自分のために使う。


 道は教わっている。

 街まで三日。遭難はしないはずだ。


 不安はある。

 だが、それ以上に。


「華蓮。立派な男になってくる」


 森は静かだった。


 透は歩き出す。


 もう二度と、大切な人を失わないために。


『アマツツミ』という作品を参考に書きました。

面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。

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