第3章 廊下の魔力の汚れ
魔王城の長い廊下は、城内でも特に魔力の影響が
強く残る場所だった。壁や床には、長年放置された
魔力のしみや、浄化されていない痕跡が点在している。
空気は重く、微かに振動するような感覚が足元に伝わる。
「……今日も、ここか」
16歳のメリッサは、肩にかけた掃除道具をぎゅっと握り
廊下に足を踏み入れた。光の差し込まない空間に、
魔力の残滓が小さな影となって揺れている。箒を軽く
動かすたび、空気が微かにざわめき、埃と光の粒子が舞う。
「大丈夫……掃除すれば、きっときれいになる」
メリッサは壁際の汚れた床から掃き始める。魔力のしみは
徐々に光を帯び、吸い込まれるように消えていく。
掃き進めるたび、床や壁に浸透した邪悪な波動が薄れ、
廊下の空気が少しずつ軽くなっていくのを感じた。
「ふう……少しは進んだかな」
しかし、廊下の中央部に差し掛かると、空気は再び重くなった。
床に広がる黒い染みは、まるで生き物のようにメリッサを
見つめているかのようだった。手を止めて深呼吸をすると、
心の中の緊張が少しずつほぐれていく。
メリッサは腰のポーチから小さな魔法石を取り出した。
柔らかな光が石から漏れ、周囲の魔力を吸収し始める。
箒で掃く動作と光の浄化が同時に行われることで、
黒い染みは光に包まれ、少しずつ消えていった。
「これで……やっと廊下も落ち着く」
だが、廊下は長く、先が見えないほど続いている。
壁の装飾や古い絵画の下に潜む魔力の残滓を、
メリッサはひとつずつ確認しながら掃除していった。
埃を払うたびに、絵画の色が鮮やかさを取り戻す。
「……まるで、生き返ったみたい」
壁に沿って進むうち、廊下の奥から微かな光が漏れた。
古い魔法で封印されていた痕跡が、まだ完全には浄化されて
いない証拠だ。メリッサは足を止め、手袋をはめた手で
光の中にある小さな魔力の塊に触れる。
「怖がらなくていい……掃除で浄化するんだ」
触れた瞬間、光が一瞬明るくなり、魔力の塊はゆっくり
吸収されていった。床や壁に残っていた黒い染みも、
柔らかな光に押されるように薄れていく。廊下全体の
空気が軽くなり、遠くの城壁の隙間から差し込む光が、
かすかに廊下の端まで届くようになった。
メリッサは微かに微笑みながら箒を握り直す。
一度掃き終えた場所も、もう一度確認するように丁寧に
進めていく。魔力の残滓は完全に消えるまで、
何度でも浄化を重ねる必要があった。
「これが……城を守るってことかもしれない」
廊下の中央まで来ると、壁の装飾に沿ってうねるような
光の流れが見える。以前は触れるだけで身体に違和感が
走った場所も、今は徐々に安定してきている。
メリッサは箒で最後のしみを掃き、魔法石の光で包んだ。
「よし……これで全部かな」
廊下を振り返ると、長く暗かった通路は柔らかい光に
包まれ、かつての威厳を取り戻したかのように見えた。
遠くの村では、城の歪んだ魔力が原因で起きていた
嵐や異常現象が収まり、空が澄んでいくのが分かる。
「掃除って、世界にこんなに影響があるんだ」
メリッサは箒を肩にかけ、深呼吸をした。廊下の浄化は
彼女に小さな達成感と、自信を与えていた。
城の奥へ進むにつれ、まだまだ汚れが残る場所がある。
だが、今日の掃除で世界の歪みの一部を修復できたことは、
彼女にとって確かな成果だった。
「よし……次も頑張ろう」
メリッサは廊下の端にある小さな窓から差し込む
夕暮れの光に目を細めた。埃の粒子が光を受けて
舞い、まるで小さな星が浮かんでいるかのように見える。
掃除という日常の行為が、世界を少しずつ浄化していく。
廊下の魔力の汚れを取り除いたことで、城全体の
空気は静かに落ち着き、城内の秩序が戻りつつある。
メリッサは再び箒を握り直し、奥の暗い通路へと
歩を進めた。まだ浄化されていない場所がある限り、
彼女の戦いは終わらない。
そして、廊下をきれいにするたび、世界の歪みも
確実に正されていくことを、メリッサは肌で感じた。




