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魅了チートの異世界戦記  作者: 堂本華


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第0話 過去

天暦4991年。

創世の節目を僅か目前に控えてなお、人類は争い続けていた。


天下、既に8分。

8つの陣営に別れて争われたこの時代は、後の歴史学者達を魅了し、存分な研究の的となる。


その研究のうち、常に中心となり続ける人物。


彼はユアン・ヴェルダンディ。

見るだけで対象を魅了(チャーム)する、女神の福音を授かった英雄である。



時は遡り、天暦4986年。

この頃ユアンは、まだ10歳に満たない子供であった。

彼の生まれたヴェルダンディ家は、アーリス王国領内で有数の名家であり、戦時中でありながら、ユアンは苦労を知らずに育っていたという。



「こら、待ちなさい!」

昼下がりの頃だった。

「ほうら、つかまえた」

追いかけっこをしていた僕は、やがて姉のリディに捕まり、抱いてくすぐられた。


「やめてよ姉さん」

僕は言いながらも、強く突き放したりはしない。

風に揺られた彼女の髪が揺れて、僕の大好きな牧歌的な雰囲気の匂いを放つ。

「やめないよー」

にしし、と笑いながら彼女は言った。

くしゃっとした笑顔であっても、その整った顔立ちは誤魔化されない。

弟贔屓を抜きにしても、絶大な美人である彼女は、その赤くて大きい瞳で僕を見つめる。


「ほんとに綺麗な顔だねー」

僕の前髪を分けながら、彼女が言った。

綺麗な人に綺麗と言われると、嫌味に思えて気が悪いものだが、彼女にその意図は全くない。

僕は照れくさくなりながら、空を見上げた。


先程までカンカン照りだった空には、少し雲がかかり始めていた。

「夕立が降るかもね」

僕はそのまま彼女に連れられて、屋敷に向かう。


その背中を見つめる影に全く気づかないままに。



日が暮れる頃には、やはり雨が降り始めていた。

大粒の雨が窓を叩く音が、僕はとても苦手だった。


「こわいよ」

僕が言うと、姉さんはシチューを食べる手を止め、僕の頭に手を置いた。

そのまま数回、僕の頭を撫でる。

「大丈夫。お姉ちゃんがいるから」

「うん……」


やがて、落ち着いた僕は再び夕食を食べ始める。

そのやり取りを使用人であるアンジェラが微笑ましそうに見つめていた。


「リディ様は流石ですね」

「やめてよ、お姉ちゃんとして当たり前なんだから」

えっへんと手を腰に当てポーズをとる。


「その当然が頭に浮かぶこと、それを実行できること才能なのですよ」

「えへへ、そうかな」


僕からすれば彼女は大人でしっかり者ではあるが、それでもまだ13歳の子供である。

その所作にはまだ少し、子供らしい反応が残っていた。


「それにしても、パパはまだ書斎なの?」

「ええ、お食事が出来たことはお伝えしたのですけど……」

母を早くに亡くした僕たちは、こうして2人でご飯を食べることは多い。

もちろんアンジェラはその場にいる事が殆どだが、使用人のルールとかで食事は別で取るらしい。


「あとでご飯持ってってあげようね」

「うん」

「あらあら、きっと喜ばれますわね」


その時だった。

ドンドンドン、と荒々しい音が響いた。

戸を叩く音である事は分かったが、日の暮れたこの時間の来訪者にアテはない。

先程から続く大雨と合わせて、僕は恐怖していた。


「さて、どなたでしょうか」

「私が要件を聞くから、アンジェラはパパを呼んできて」


姉さんは席を立つと、真っ直ぐ玄関へと向かう。

当たり前のように、取ってに手をかけ、戸を開ける。

隙間が開くと、まるで塞き止めた水が溢れるかのように大勢の人が上がってきた。


「……どちら様でしょうか」

「ご淑女でいらっしゃいますね?お父上は?」

「ここにいる」


いつの間にか書斎から出てきた父さんが答えた。

「何しに来た、ゼファル卿」


ゼファル卿と呼ばれた男は少しバツの悪そうな素振りを見せた。

そして、周囲の私兵に指示を出すと、やがて1人の男を連れてくる。


ボロボロの衣服で、身体中泥だらけ。

所々に生傷も見られた。

「こいつは国家に刃向かった犯罪者でしてねぇ。帝国のスパイだとかで指名手配中だったんですよ」


「……それがどうした?」

「いや何、逃亡中の彼が“何故か”あんたの領内に逃げ込んだものでしたから」

わざとらしくヒラヒラと手を振りながら男が続ける。


「こりゃもしかして、この辺に協力者が居たりなんかするんじゃないかとねぇ?」

「そんな言いがかりで家宅捜索か?どさくさに紛れて偽造した証拠を紛れさせようって魂胆なのだろうが……」

「あーいやいや違いますよ」


男は品定めするように僕たち姉弟を見つめる。

蛇のような冷たくて鋭い目つきだった。


「家宅捜索じゃなくて、身柄拘束です。先ほどこのスパイ男を尋問したら、アンタらが協力者だって白状しましたので」

その言葉を皮切りに、兵士たちが家に入り込んでくる。


「おい!どうせこいつらに偽の証言をしたら死刑を回避させるとか言われたんだろうがなあ!」

スパイと言われた男は震えていた。

そのまま父さんの話を涙ながらに聞いていた。

「す、すまなかった、だが、俺にも、かぞ―――」


なだれ込んでくる人の隙間から見ると、その容疑者の男は血を流していた。

背中側から剣で突かれている。

もう取り返しのつかないことくらいは僕にもすぐ分かった。


「残念ながら彼は死んでしまいましたが……幸いですね。調書は取ってありますので、後で提出しましょう」

「このゲス野郎……!」

父が掴みかかろうとして、周囲の兵士に取り押さえられる。


「パパ!」

姉さんは泣きながら駆け寄るが、直ぐに突き飛ばされた。

僕は身体中の力が抜け、その場から動けなかった。


「ちなみにですが………私たちが取引材料として持ちかけたのは『死刑回避』ではなく『国外逃亡』です。あ、君?これは調書に書かないでね?』

周囲の笑いの中、床に突っ伏した父さんが罵倒を浴びせる。

最もそれは一切通じてはいなかった。


「さっさと連行しろ。凶悪犯だから注意しろな?」

「ガキはどうします?」

「あ?」


蛇の目が再び僕を見据える。


「……ここで消しとけ。変な証言が増えてもやっかいだ」


僕の首筋に、刃が迫った時だった。

突き飛ばされた僕の目の前に血の雨が降った。


姉さんがいつものように優しい笑顔で。

でも強ばった、涙ぐんだ笑顔で。


「にげて」


僕は駆け出した。

涙を流してる暇がない事は分かった。


「おいおい、逃がすんじゃねぇぞ?」

「裏口だ!」

「大丈夫だ、固めてある」


兵士の声を背中で聞き、僕は父さんの書斎へ走った。

裏口は固められていても、窓からの逃走ならどうだろうか。


鍵を開けてる時間も惜しくて、ダッシュのまま窓に飛び込んだ。

鋭い音に包まれながら、地面へと背を打った。


外に待機しているという追っての姿は見えなかった。

僕は痛みを堪えて走り続けた。

血と涙は、雨が全て流してくれた。



やがて僕は力尽きて倒れた。

そこが既に国境を超えた先にある街道である事は、まだ知る由もなかった。

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