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保健室でのできごと(2)

アリッサムは行ってしまった。振り向かずに。

少し寂しいと思った。

でも、そういう毅然きぜんとした姿も素敵だと思った。


一方の自分は、疲れから情けない姿を見せてしまった。まだまだ未熟だ。


ロベリアは一人きりのベッドで、静かに寝返りを打つ。

さっきアリッサムが添い寝してくれていた場所に、もうぬくもりはない。

(こんな調子じゃ、いけないのに……)


毎日忙しいというのもあるけれど。

最近は、アリッサムのことを考えるとなかなか寝付けない。


どうして、2人で手をつないで日の当たる場所を歩けないのだろう。

どうして自分たちの関係を周囲に誇ってはいけないのだろう。


(どうして……)



+++



パパ、ママとともに朝食を食べたあと、慌てて庭へと駆けた。

金髪碧眼(へきがん)の少女はすでにそこにいて、自分を見つけるとニコッと笑った。

「大きな川をわたれないところからよ」

そうだった、昨日のごっこ遊びは遠くへ遠くへ向かう大冒険だった。大きな川に差し掛かったところで日が暮れたから、続きを翌日に回したのだった。


「そうね。川の流れは速くて、泳いでわたることはできない」

少し考えてから答えると、少女は首を傾げた。美しい巻き髪が揺れた。

「じゃあどうしよう。あたしたち、まだ小さいから魔術は使えないし」

「魔術が使えたら、こんな川はすぐにわたれるわね」


この国の子供は、10歳になると魔術の属性を身につける。

7歳のアリッサムとロベリアはまだ、魔術をもたない。


家が隣同士だった。

親同士が旧知の仲だった。

だから、生まれた時期が近いアリッサムとロベリアは、姉妹のように育てられた。


アリッサムの両親とロベリアの両親はともに白魔術師で、余計な対立もなかった。


アリッサムとロベリアはいつでも一緒にいた。

小さな2人の間には、なんの障壁もなかったのだ。


「しょうがない、大きな木を倒して、橋をかけようよ」

小さなアリッサムの提案にロベリアは賛同した。

「よぉし、あっちの森の木を、2人で協力して倒そう!」

「そうしよう!」

2人の空想の中で、大冒険は続いていく。


+++


「大きくなると、神殿に行って白か黒かを決めるんだって」

庭のガゼボで少し休憩。キッチンからくすねてきたおやつを広げながら、ふとアリッサムが言った。

自分たちくらいの子供はみんな、その日を意識している。

10歳になる春、子供たちは神殿で属性の判定をし、魔術を獲得する。その日からは、白魔術師と黒魔術師は分かれて学校に通うことになる。


もしも2人の属性が違ったら、別々の学校に通わなきゃならない。


ロベリアは、素知らぬ顔で返事をした。

「そんなの、まだまだずうっと先のことよ」

「でも、あと3年経ったら、あたしたちは10歳になる」

「……」


「2人とも、白だったらいいね」

お互いの両親はともに白魔術師だ。口には出さないけれど、我が子が白魔術師であることを願っているに違いないのだ。

「そうだね」

おやつをぱくぱくと食べる。

甘ったるいはずのビスケットの味が、よく分からなくなってしまった。


10歳になったら、一緒にいられなくなるかもしれない。

当たり前のように隣にいる人が、いなくなってしまうかもしれない。


「……一緒にいたいね」

「うん……」


離れて過ごすなんて、想像もできない。



+++



「……り……さむ」


自分の呟きが自分の耳に入り、意識が呼び起こされる。

「……」

ゆっくりと目を開けた。


(夢……)


子供の頃の夢を見ていた。

夢は夢。少しの陰りもない少女時代の残像はすぐに立ち消えてしまった。

言いようのない寂寥せきりょう感だけが残っている。


「……トーヴァさん」

目を開けてすぐに気付く。すぐそばにあったのは、馴染み深いハンサムな顔だった。


そこにいるのがアリッサムでないことが少し寂しいと感じた。


トーヴァと呼ばれた生徒は、優しく微笑む。


黒い制服にキリリと整った顔立ち。女性でありながら“王子様”なんて呼ばれているトーヴァは、2回生の役員としていつでもロベリアを補佐してくれる頼れる人物だ。

「体調がお悪いと聞いたので……」

「あ……」

ロベリアは慌てた。さっき、自分は寝ぼけて、アリッサムの名前を呟いた気がする。

トーヴァの静かなアルトの声に、平静を装いながら答えた。


「眠っている間……嫌な夢を見たわ。アリッサムに、負ける夢」

「それは、おつらかったですね」

寄り添うようなトーヴァの声は真摯しんしな響きだった。

多分、自分はうまくごまかせただろう。


夢の中で出会ったアリッサムの影が、頭の中でぼやりとかすんでいく。

小さなアリッサム。

愛しいアリッサム。


「トーヴァさんはお忙しいのだから、お見舞いなんて……構わないのよ」

そんなふうに伝えながら体を起こした。

「わたくしが、ロベリアお姉様のおそばにいたいと思ったから、ここにいるのです」

この下級生は、ロベリアを熱心にしたってくれる。


こんなに一途に慕ってくれる人に弱みを見せてはいけないな、と思った。

だからロベリアは、毅然きぜんと言った。

「少し休んだら活力が湧いてきたわ。もう大丈夫よ」

トーヴァはそれを聞いて、なによりも嬉しいといった表情で微笑んだ。


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