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保健室でのできごと(1)

「ロベリア……どうなさったのよ」

授業中だから校舎内の廊下に人気ひとけはない。誰もいないのを確認してから、アリッサムはロベリアの腕にすがった。

「……うん、ごめんなさいアリッサム。心配をかけてしまったわ」

「心配、するに決まっているでしょう?こんなに大好きなんだから」

ロベリアの腕を支えるようにしながら、ふわりと笑う。

「……うん」


保健室の扉をノックしたけれど、返事はなかった。

そっと扉を開けてみる。

どうやら無人だ。保健教諭は席を外しているのだろうか。

アリッサムはロベリアをベッドに座らせたあと、保健室の中を注意深く見て回った。ベッド、デスク周り、カーテンに至るまで。

「よかった、誰もいないわ……」

十分に確認して、それから念には念を入れてベッド脇のカーテンをシャッと閉める。


気をつけておかなきゃならない。なにしろ、2人の関係は誰にも秘密なのだから。


アリッサムはロベリアの隣に座り、肩をふわりと抱く。

「ね、ロベリア。体は平気?」

手のひらをロベリアの額に軽く当ててみる。熱はないように思う。

「ええ、大丈夫。この頃少し、寝不足で」

ロベリアは小さな声で答えた。


「眠れないの?」

つやのある黒髪を撫でながら、耳元でささやく。

ロベリアは、ふるふると首を振る。

「勉強とか、いろいろ、やることが多くて」

気持ちはよく分かる。アリッサムだって、日夜学業に励んでいるのだ。学年トップの成績をキープするのは並大抵のことではない。


―――相手に見合う女性になりたい。


だから2人はそれぞれに、努力しているのだ。


「でも、ちゃんと寝なきゃダメよ」

ぽんぽん、と髪を触ったら、ロベリアは素直に頷いた。


アリッサムは、少し考えてから言ってみる。

「あなたの部屋に、添い寝しに行って差し上げようかしら」

「本当?」

間髪入れず、嬉しそうな声が飛んできたから、クスリと笑ってしまった。


白魔術師と黒魔術師は敵対している。


軽い気持ちで語ってみたものの、添い寝なんてバレたら大変だ。

でも、ほんのひととき2人で一緒に眠る夢を見るだけなら……、そのくらいなら許されるだろうか。


アリッサムはロベリアの肩を支え、ベッドに寝かせた。

そうしてから、彼女の隣にふわっと横になる。


至近距離で目を合わせた。なんだか照れくさい。

「昔は、こうやってよく一緒に眠っていたのにね」

「そうね。懐かしいわ」


二人の脳裏にはきっと、同じ風景が浮かんでいる。

誰にも邪魔されず、なんの妨げもなく、ずっと一緒にいられると無邪気に信じていたあの頃。

あの、心配ごとや悩みごとがひとつもなかった穏やかな時間は、もう戻ってこない。


そう考えたら、こんなにも近くにいるのに寂しい気分が湧き上がってきた。


「ロベリア……」

名前を呼んだら、目に少し涙が浮かんでしまった。

「うん……」

その呼び声に応えるように体をギュッと寄せ合う。


そのときだった。


ガラッ!


扉が開く音。

アリッサムは瞬時に飛び起き、ベッドから降りる。


「ん、誰かいるのかしら?」


保健教諭の声だ。アリッサムが動いたかすかな音が聞こえたらしい。

アリッサムはひとつ嘆息たんそくしてから、カーテンをシャッと開けた。

「3Aのアリッサム・オルブライトですわ。体調不良のクラスメイトを今、連れてきたところですの」

「ああ、白の生徒会長殿か」

教諭は嬉しそうに微笑んだ。


保健教諭は白魔術師だ。

そして、優秀な白魔術師アリッサムは、この教師の大のお気に入りである。


アリッサムはベッドに向かって声を投げた。

「体調管理をおろそかにするなんて情けないわね。せいぜい、ダラダラとお休みになったらいいわ」

保健教諭は歩み寄り、病人の姿を確認する。

「ん、黒の生徒会長殿か」

少し驚いたような声。


才色兼備の生徒会長が体調を崩すのは珍しいことだ。

そして、黒の生徒に白が付き添うのも、珍しいことなのだ。


とはいえ、この教諭は黒魔術師に悪い態度を取ったりしないだろうとアリッサムは信じている。白魔術師と黒魔術師は敵対しているが、この教諭は誰に対しても分けへだてなく接してくれる。

だからアリッサムに不安はない。

「あとは先生にお任せしますわ」

そう言い残して、振り返ることなく保健室を辞した。


世間には、医者でありながら差別をするような者がわんさかいる。黒は白を、白は黒を嫌っているから。

だが、表立って差別をするような者は、えある王立学校の教諭にはなれない。


王立学園はいわば温室のようなものだ。

白の生徒と黒の生徒がお互いをけなし合っているのは、ぬくぬくと守られているからこそなのかもしれない。

自分たちは、まるでごっこ遊びのように、温度管理された箱庭の中で対立しているだけなのかもしれない。


そんなとりとめのないことを考えながら、クラスメイトの待つ演習場へと向かった。


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