実践魔術の授業のこと
王立ヴェルザンディ魔術学園高等部の生徒は、全員が魔術師だ。
とはいえ、学園の生徒は日々の生活の中で魔術をそれほど使わない。
この国は今のところ平和だから、魔術を駆使するシーンがないのだ。
それでも学園の生徒には魔術の鍛錬が欠かせない。
有事に備えるという意味合いももちろんある。
しかし、それよりももっとずっと重要なことがある。
白魔術師は、黒魔術師に白魔術を見せつける。
黒魔術師は、白魔術師に黒魔術を見せつける。
どちらの魔術がより素晴らしいかをアピールするため、学園の魔術師たちは日夜腕を磨いている。
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特に、一週間に一度行われる実践魔術の授業は、おのおのが技術を披露するまたとない機会だ。
「アリッサムさんの番ですわ」
「どんな魔術かしら。楽しみね!」
白い制服のクラスメイトたちがワイワイと言い合う声を背後に聞きながら、アリッサムは手のひらに魔力を込めた。
屋外の実習場には、教師が作り上げた大きな氷柱。
アリッサムは短く詠唱し、フッと息を吐くように魔力を解き放つ。
パァンッ!!!
アリッサムが放った光の刃は、氷柱に当たって快い破裂音を響かせた。
氷柱は一瞬で粉々に破壊され、細雪のように空中に舞い上がる。
そして、太陽の光を受けてダイヤモンドのようにキラキラと輝いた。
「……わぁ」
「なんて素敵……!」
クラスメイトが感嘆の声で褒めそやす。
アリッサムは魔術演習の授業が大得意だ。
最も芸術的な方法で魔術を行使するにはどうしたらいいか。それを考えるだけでも楽しい。アリッサムの十八番である光の魔術は変幻自在だから、好みのアレンジを施せる。
そして、イメージした通りに魔術が発動するのは、至福の喜びだ。
美しいダイヤモンドダストを散らせたまま、アリッサムは振り向いて余裕の笑みを浮かべる。
「さあ、ロベリアの番ですわ。私の光魔術よりも素敵なものを見せていただけるのか、楽しみね」
黒い制服のクラスメイトたちがアリッサムをギッと睨んだ。
「少しお上手だからって調子に乗って」
「いやぁね。生意気だわ」
ところが、アリッサムが想定していたロベリアの反論が飛んでこない。ムスッと黙っている。
いつもは、ああやって煽ればすぐに反応してくれるのに。
教師に促され、ロベリアは静かに歩み、演習場に立った。
(不調なのかしら)
アリッサムが訝る。顔色は悪くないようだが、こころなしか元気がないように見える。
ロベリアは両手を胸の高さに上げ、指を絡めて印を組むような仕草をした。この動作は、彼女が魔術を使うときの癖だ。
(いつも通りに見えるけれど……)
そんな風に思ったアリッサムだったが……。
もぞ。
放たれた魔術に、アリッサムは目を疑った。
「なっ、な、なんですの、それ!」
もぞ、もぞ。
コールタールのような真っ黒な塊が地面に落ち、イモムシのようにわだかまっている。
もぞもぞした黒いものは、地面でどろりと溶け、やがて空気に混じって消えてしまった。
場が、しんと静まった。
「かっ、仮にもね」
静寂を破ったのは、アリッサムの甲高い声。
しかし、頭に血がのぼって言葉がまとまらない。
「わたくしのライバルを名乗ろうとお思いなら、そんな、カスみたいな魔術を披露するの、止めてくださらない!?」
「……え」
ようやく、ロベリアはハッとした顔を向ける。
「ロベリアさん、どうしたのかしら」
「心配ね……」
そんな黒魔術師たちの言葉を無視し、アリッサムはつかつかとロベリアに歩み寄る。
「調子が悪いんですのね?そんな体調でわたくしと張り合おうなんて1000年早くってよ。保健室に行きなさい!ああ、わたくしの演習はもう終わりましたから、特別に付き添って差し上げますわ!」
反論がないから、言いくるめるようにして一気に喋った。
「特別に、よ!!」
念を押した。
「先生、よろしいですわね?」
あとは、教師の返事も聞かずにロベリアの腕を引っ張る。
「わ」
ロベリアの口からは、驚いたような声だけが漏れた。
いつもみたいな反論がない。肩透かしを食らったような、物足りない気分だった。
少し乱暴に見えるように強引に引っ張って、気遣いなんてないみたいな速さで歩く。
クラスメイトたちがヒソヒソ、ガヤガヤと言い合う声はすぐに遠ざかった。