進級テストのこと(2)
「魔術学大問3の前提に問題不備がありましたの。指摘したらプラスの点数をいただいたんですけど……」
ロベリアは得意げに言った。それから、真っ黒い扇をパッと広げて口元を隠し、意地悪そうにクスリと笑う。
「ああ、アリッサムは不備にはお気づきにならなかったでしょうね」
アリッサムは手の震えを止めるために、グッと拳を握る。
茶番のつもりだったのに。
「なんて……なんてこと……」
ああ、どうしよう。本当に悔しい。
「指摘だなんて!本当に、黒魔術師は底意地が悪くていらっしゃるのね」
かろうじて反論をつないだ。しかしロベリアは平然と言い返す。
「先生が点数をくださったのだから正当な行為でしょう?」
その通りだ。ぐうの音も出ない。
ずいぶん分の悪い勝負だがここで負けるわけにはいかなかった。
なにしろ、白魔術師と黒魔術師は敵対しているのだ。
「わ、わたくしだって不備くらい気付いてましてよ!」
ハッタリだ。
正直、どんな問題不備なのかさっぱり見当がつかない。
「でも、わたくしはそういった品のないことはいたしませんの」
苦しい展開。
案の定、ロベリアは言い放った。
「まあ、そうやって甘いことを言ってらしたらいいわ。次はわたくしに勝てるよう、せいぜい励みなさい」
完敗だった。
+++
放課後。
ホームルームをサッと切り上げた2人は凄まじい速度で生徒会室に飛び込み、扉をバンと閉めた。
「ロベリアは、やっぱりすごいわね」
その温かい胸に飛び込み、アリッサムは感嘆の声を上げる。
本当はずっと、ロベリアのことを褒めたい気持ちでいっぱいだった。
自分が愛する人は、誰にも負けない凄い女性だ!と胸を張りたい気分だった。
やっと2人きりになれた。これで本音を余すことなく言える。
「……でも、少し悔しいわ」
そして、それも本音だった。
「アリッサムだって十分すごいじゃない。今回のは、たまたまよ」
ロベリアはアリッサムの髪を撫でながら言う。金色の柔らかい巻き髪は、ロベリアのお気に入りだ。
「ねえ、アリッサム」
「なあに、ロベリア」
2人は見つめ合う。
お互いの瞳には確かな愛情が宿っている。
ロベリアはアリッサムの紅潮した頬に手を当て……
コンコンッ!
小さなノックの音がしたのはその瞬間だった。
2人は名残惜しそうに体を離す。
「あら、粗野なキャンディさんもようやくノックを覚えたのかしら」
そう言いながら扉を開けたロベリア。
しかし、その扉の前に立っていたのは、綿菓子のような少女ではなかった。
「まあ、メアリーさん」
「失礼します」
真っ黒の制服に真っ黒のおさげ髪。大きなメガネをかけた小柄な少女は、か細い声で言った。
ふわりとソファに腰掛けながら、アリッサムは揶揄の言葉を投げる。
「……黒の新入りさんは、どうにも陰気でいらっしゃる」
「ええ、まあ」
おさげの娘は平然とした顔で相槌を打った。
生徒会長の嫌味に怯まないという点で、この新入りはキャンディと似通っている。
「ふうん」
生徒会に昨日初めて参加した新入り2人がどんな子なのかを、アリッサムとロベリアはまだまだ知らない。
(少し探りを入れてみましょうか)
「そういえばメアリーさん、新入生テストは何位でいらしたの?」
ふと思い出したといった雰囲気で、アリッサムは尋ねる。
「4位……でした」
誇るでもない、落ち込むでもない。無表情の返事だった。
「あら!好成績ね」
ここぞとばかりにロベリアが口を挟む。
「でもキャンディさんは今朝、ノーコメントとおっしゃっていたわね。白の新入りさんはメアリーさんと違って、あまり成績がよろしくないのかしら」
ロベリアの言葉に、メアリーは小さく頷く。
「キャンディさんは……下から数えたほうが、早いです」
メアリーはキャンディの成績も把握済みらしい。
「キャンディさんは魔術学は得意ですけど、数学と社会科の理解度が壊滅的なので。高等部では外国語の範囲も広がりましたけど、彼女はあれも苦手ですし」
どういうわけか、メアリーはキャンディの成績にやけに詳しい。
(わたくしも負け……キャンディさんも負け……)
どうやら、春のテストにおいて白は黒に完敗しつつあるようだ。
「ま、まあ……伸びしろがあるってことですわ」
ここは、苦しいフォローで場をしのぐしかないだろう。
(たとえリーザレインさんが勝っていたとしても……)
頼みの綱、白の2回生役員に思いを馳せる。彼女はきっと、そつなくテストをこなしただろう。
(それでも1対2)
アリッサムは片手で目元を覆い、天を仰いだ。
(もうテストの話題を出すのは止めたほうが良さそうね……)
白魔術師と黒魔術師は敵対している。
定期テストはまたとない対戦の機会だ。今回は黒に軍配が上がったけれど……。
「……初夏のテストで挽回すればいいのですわ!」
この話題を終わらせるために、アリッサムはそう言い放った。