プロローグ:2人の不思議な関係(2)
「ああ、不快だわ」
黒い制服の裾を翻し、ヒールの音を立てて学園の渡り廊下を歩きながらロベリアは言い放つ。
「あなたといるとわたくしの品格まで下がってしまいますの」
アリッサムも、白い制服の裾を揺らしてつかつかと歩きながら反論した。
「そうお思いなら、ついてこないでくださいます?」
2人は口論をやめない。
朝の学園を行き交うのは、白い制服の白魔術師たちと、黒い制服の黒魔術師たち。
学園の生徒たちは、風格のある強い口ぶりで言い合うアリッサムとロベリアを尊敬の眼差しで眺めた。
黒のロベリアは言う。
「わたくし、こちらに用事がありますの」
白のアリッサムが返す。
「わたくしもこちらに用事がありますの」
学園の階段を上がる。まだまだ一般生徒の目がある。
「邪魔しないでいただける?本当に、癇に障る方ね」
「そちらこそわたくしの行く手を阻むの、おやめになったら?」
生徒会室の扉を開けて、2人はどちらからともなく室内に滑り込んだ。
重厚感のある扉がバタン、と音を立てて閉まった瞬間。
「ロベリア」
潤んだ瞳で黒魔術師を見つめたアリッサムは、その胸元に飛び込んだ。
「アリッサム」
名前を呼び返しながら、ロベリアは白魔術師の肩をひしっと抱いた。
もしも一部始終を見ている人がいたら、2人の態度の豹変ぶりに驚くことだろう。
しかし、誰かに見られることなんてありえない。
2人の関係は、誰にも内緒なのだから。
「ああ……アリッサムは今日も格別に可愛らしいわね」
金色の巻き毛をふわふわと撫でながら、愛おしそうにロベリアは囁く。
「ロベリアだって今日もとびきりに美しいわ。ああ、わたくしのロベリア」
アリッサムは腕の中で、紫色に輝くロベリアの瞳をそっと見つめる。
「ロベリア、あのね。わたくし、いつも言いすぎてしまって申し訳ないと思っているの」
うるうると目に涙を溜めながらそう言うと、
「お互い様できりがないから、謝るのはやめようって言っているでしょう?」
ロベリアは温かい手で髪を撫でてくれた。
「だけど……わたくし、心苦しくて」
「気にすることはないの。わたくしたちは率先して、とびきり仲の悪い姿を見せなきゃならないんだから」
耳元でささやきながら、優しく抱き直す。
「表向き、どんなに敵対していたって、わたくしたちの愛は揺るがない」
「ええ、心からあなたを愛しているわ」
見つめ合って、その愛しさを堪能しながらかすかに微笑む。
そしてどちらからともなく、口づけを……
交わそうとしたその瞬間。
バンッ!!
「アリッサムお姉様あぁ!ごきげんよう♡」
乱暴に扉を開け放った予告なき闖入者に対して、アリッサムとロベリアの動きはあまりにも早かった。
お互いをしたたか突き飛ばすようにしながら、身なりを整える。
「きゃ、キャンディさん、あなた本当に品がなくってよ!」
内心の焦りを隠しながらロベリアが怒鳴った。
「ノックぐらいできないのかしら!これだから白魔術師は粗野で困るわね」
ふわふわの綿菓子みたいなその女の子は、2歳上の風格ある黒魔術師に叱られても気にする様子はない。
「ロベリア様のお声はいつでもサイレンのように大きくていらっしゃるわ」
真っ白な制服の綿菓子は、そんな毒舌でロベリアの小言を受け流す。
そして、ホワイトアッシュのソバージュヘアを揺らしながら言った。
「あらアリッサムお姉様、どうかなさいましたの?御髪が乱れてましてよ」
「こっ、これは、外の風が少し強かったのよ」
アリッサムは、金の巻き髪を慌てて整えながら答える。
「そうでしたかしら?穏やかな陽気でしたけど……」
生徒会室の大きな窓を眺めながら、キャンディは首を傾げている。彼女の注意がそれたスキに、アリッサムとロベリアはそっと目配せした。
「黒魔術師が生意気だから、態度を改めるよう進言していただけですのよ」
「まあ、白魔術師こそいつも出しゃばっていけ好かないわ」
アリッサムとロベリアの言い合いがまた始まった。昨日仲間入りしたばかりの新入生に対して、仲が悪いことをアピールしなきゃならない。
だって、白魔術師と黒魔術師は敵対しているから。