クラブ活動のこと(4)
「ボールが破損してしまったのは、悪かったわ。生徒会の方で弁償するから……」
ひとしきり言い合いが行われたあと。
状況を切り替えるため、アリッサムはサッカークラブのメンバーたちに言った。
ここは王立の学園だ。それなりに潤沢な予算を抱えているのだ。活動予算に困ることはない。
しかし。
「その必要はないわ」
ロベリアが割って入る。
必要がないとはどういうことか。聞き捨てならない。
「あなたねえ……元はといえばあなたが」
アリッサムの反論は、ぐいと突き出されたロベリアの腕によって封じられた。
ロベリアは無惨に潰れたサッカーボールを拾い上げ、それを右手に載せた。
それから、対象物に向かって何か詠唱する。
一同が固唾を呑んで見守る中、ヘナヘナに潰れた対象物は灰色の靄に包まれた。煙のようなその不可思議な霧の中で、対象物は少しずつその姿を変える。
よく見ると、ボールは少しずつ修復されているようだ。
やがて、ちぎれてしまった部分が完全にふさがり、ボールはムクムクと球体の形を取り戻していく。
ロベリアが詠唱を止めたら、灰色の霧も晴れた。
拳で軽くボールを叩きながら、ロベリアは頷いた。
「ん。こんなものかしらね」
すっかり元の形に戻ったボールを真上にぽんと投げ、キャッチしながら微笑む。
「凄い……」
「さすがはロベリア様……」
黒チームの魔術師たちが、キラキラとした瞳でロベリアを眺めている。
「え、どうやったの……」
「不思議……っていうか、不気味?」
白チームの魔術師たちは少し不安そうな顔。
「再生魔術ね?」
アリッサムは1つの可能性に思い当たった。
ああ、そうだ。先ほどそんな話を聞いた……ジュリエラお姉様との会話の中に出てきた魔術だ。
「ええ。わたくしの知ってる人が得意としている魔術なの」
黒いユニフォームを着た面々に向かってそんな風に言いながら、ロベリアは艶然と笑った。
アリッサムにはそれが誰なのか、すぐに分かった。リネ様だ。
先ほどジュリエラに聞いた話では、あの先輩黒魔術師は研究所で、樹木の再生魔術に失敗したらしい。とはいえ、王立魔術研究所に所属しているというのなら、それなりに腕前は良いのだろう。
再生魔術は、高等部では扱わない専門性の高い魔術だ。現に、ここにいる魔術師たちはその魔術の存在すら知らなかった。
(そんな魔術を即興で披露するなんて)
ロベリアの黒魔術はやはりハイレベルだ、とアリッサムは再認識する。
尊敬の眼差しでロベリアを見つめる黒魔術師たちに、ロベリアはサッカーボールを手渡した。
お礼を言い、感激しながら駆けていく黒いユニフォームのメンバーたち。その後ろを、不服そうな表情で白いユニフォームのメンバーたちが追いかけていく。
生徒たちのそんな様子を見ながら、アリッサムは考え込んでいた。
(もしも、ロベリアがリネ様と同じ道に進むのなら……)
再生魔術はあらゆる場面で応用できる有用な研究分野だろう。たやすく無機物を修復できるほどの腕前があるのだから、研究所もきっとロベリアを歓迎してくれる。
そして、アリッサム自身も研究所に誘われている。
この進路を選べば、2人の道が分かれてしまうことはない。
でも、ロベリアの進路は本人次第だ。彼女の思いは彼女にしか分からない。
たとえ愛し合う2人であっても、お互いにお互いの将来の道を邪魔するわけにはいかないだろう。
そんな思いにとらわれてぼんやりとしていたアリッサムに、ロベリアの厳しい言葉が飛んできた。
「あなたも、魔術師なら自分の身ぐらい自分で守りなさいよ。これだから白魔術師はレベルが低くって」
まだ周囲の目があったか、とアリッサムは歯噛みする。
危険から守ってもらって、高度な再生魔術まで見せつけられて、何も反論が思いつかない。
ロベリアの態度はやはり、普段よりも少しキツい。ジュリエラについていったことを、まだ怒っているのだろう。
なんだかギクシャクしてしまったな、と思う。いろいろな話をして、お互いのわだかまりを解くことができたらいいのだけど。
しかし、怒りをはらんだロベリアの鋭い瞳を見て、アリッサムは思い直した。
(きっと、今のタイミングで話せることは何もないわね……)
「悪かったわ……」
小声でそれだけ言い、フイとロベリアに背を向けた。