クラブ活動のこと(3)
立ち去ろうとしたところで、武道場からこちらに向かって歩いてくる黒い影に気付く。
ロベリアだった。
(休憩時間に入ったのね……)
中庭はさまざまなクラブ活動を見渡せる場所だ。つまり、人の目があるのだ。
このシチュエーションでロベリアが自分に何か言うのなら、親愛の言葉ではなく苦言や言いがかりだろう。
(わざわざ武道場を出て来るなんて、そんなにわたくしにご立腹なのかしら……)
仕方ない。アリッサムは身構える。
「こそこそ覗き見とはご苦労なことね」
案の定、ロベリアはこちらに歩み寄りながら高飛車な態度で嫌味を飛ばしてきた。
「わたくしは別に……」
言い返そうとしたそのときだった。
ロベリアの表情が一瞬こわばる。
「?」
ロベリアは地を蹴ってこちらに駆け寄り、両手を組んで渾身の力で振り下ろした。
アリッサムはその意味を理解できないまま、反射的に頭をガードしながら硬直する。
「きゃ……!!」
アリッサムに体術の心得はない。だから、ロベリアに殴られたらひとたまりもないだろう。
しかし、ロベリアの攻撃がアリッサムに当たることはなかった。
一瞬遅れて、
ボスッ!!!
空気の塊を打つような大きな音。
「……な」
アリッサムの喉から絞り出すような声が発せられたのと、「ボテッ」と鈍い音がしたのが同時だった。
直後。
「ああもう!白魔術師は鈍くさいわねえ!!」
ロベリアが烈火の如く怒り出す。
「な、な、何」
ようやくアリッサムは、地に落ちた謎の物体に目を留めた。
白と黒で構成された、どこか幾何学的な模様を持つそれは、サッカーボールのように見える。
が、その物体はアリッサムの知るサッカーボールとは似ても似つかなかった。
無惨に破裂しているのだ。なんだか、ヘナヘナのボロボロだ。
「あなたも一応魔術師でしょう?飛んでくるボールぐらい避けられないわけ?」
なるほど、状況はおおかた分かった。
どうやらサッカーボールがアリッサムの方へ、一直線に飛んできたらしい。そしてロベリアは、いち早く気付いて駆け寄り、それを瞬時に叩き落としたようだ。
「な、な……」
混乱しながら、アリッサムは最適な言葉を探す。
「なんで、なんで飛んでくるボールを素手で潰せるのよ!黒魔術師は怪力で、野蛮ね!!」
「素手なわけがないでしょう?手に黒魔術を纏ったわよ。そんなことも分からないわけ?本当に鈍くさいんだから」
言い合いはいつものことだ。しかし、今日のロベリアの声は普段より少し冷たい気もする。
「ああっ!大変」
「申し訳ございません!!」
ようやく、サッカークラブの部員たちが駆けてきた。
アリッサムとロベリアの姿を認め、白いユニフォームの生徒が「きゃあっ!」と叫ぶ。
「よりにもよって、生徒会長がいる方向にボールを蹴るなんて!」
「なによ!元はといえばあなたのコントロールが悪かったんでしょう!」
黒いユニフォームの生徒がすかさず反論する。
白魔術師と黒魔術師は敵対している。
学園のサッカークラブも常日頃、白魔術師と黒魔術師に分かれて熾烈な試合を繰り広げているのだ。
そして、一歩サッカーコートを出てしまえば、こんな言い合いも日常茶飯事。
ぎゃあぎゃあと言い合うサッカー部員たちを、アリッサムは仕方なく宥めた。
「結果的に当たらなかったのだから、大丈夫よ」
「当たらなかったのはわたくしのお陰ですけど?」
ロベリアがすぐに言い返してくる。
「お陰もなにも……クラブの備品が破損してるじゃない!まったく、黒魔術師は力の加減ってものをご存知なくって!」
「あなたねえ、助けてもらってまだその態度!」
謝罪や感謝のタイミングを逃したのは迂闊だったけれど、対立構造は崩せない。アリッサムは仕方なく、言い合いを続ける。
「だって、助けてなんて頼んでなくってよ」
「まあ、性格の悪い!こんなことなら助けるんじゃなかった。あなたのお顔にボールが思いっきりぶち当たるまで眺めておけばよかったわ」
「そんな!そもそも黒チームが悪いのです!」
「白チームのスローインが下手だったんでしょう!」
あっちも言い合い。こっちも言い合い。
(無益だわ……)
アリッサムは肩をすくめる。
でも仕方ない。だって、白魔術師と黒魔術師は敵対しているのだから。