クラブ活動のこと(1)
「やっぱり、クラブに出てらしたのね……」
アリッサムはクラブ棟にある武道場をちらりと覗き込み、ため息をついた。
あのあと。
ジュリエラお姉様と一緒にイヴォン先生のところに行き、研究に関する話を聞いた。ヒーリングの白魔術の新しい術式はかなり興味深い。視野が広がるような思いだった。
その後、正門までお姉様を見送り、手を振って別れた。
一人になって、緊張をほぐすようにフウッと息を吐く。
(ロベリアはきっと、イヤな思いをしたでしょうね……)
なにしろ、ロベリアとジュリエラは以前から犬猿の仲だったのだから。
(これからのことを、ロベリアと一緒に話してみようかしら……)
少し怖い。だって、卒業後に2人の道が分かれてしまう可能性ももちろんあるから。
早足で生徒会室に戻ったが、室内はもぬけの殻だった。ローズティーのほのかな香りだけが冷え冷えと残っている。
「帰ってしまったかしら……」
がっかりしながら呟いたところで、ふと1つの可能性に思い当たった。
そのまま武道場へと足を運んだら、やっぱりロベリアはそこにいた。
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黒武術部。
黒魔術のサポートを使いながら剣術や体術で戦うという、武闘派のクラブ活動だ。
ロベリアは中等部の頃から、このクラブで鍛錬を積んでいる。
とはいえ自由参加の活動なので、ロベリアがクラブに顔を出す日はそう多くはない。彼女は現状、アリッサムとの密会の時間を優先しているから、クラブ活動に熱心ではないのだ。
しかし今日は、生徒会室でアリッサムを待つのではなく、クラブに参加することを選んだらしい。
(おそらく、フラストレーションの発散なのでしょうね……)
少し申し訳なさを感じる。
白魔術師と黒魔術師は敵対しているから、黒武術部が活動している武道場にアリッサムが堂々と入ることは叶わないけれど。
今日は気温がやや高く暖かいからだろうか、武道場の扉や窓は開け放たれ、多少ならば中が見える。
(ここなら多分、咎められることもない……)
中庭のベンチに座ると、武道場の中がよく見えるのだ。カモフラージュのために、カバンから本を一冊出して読み耽るふりをする。
せっかくだから、素知らぬ顔をして少し見学してみることにしよう。
ここからは、武道場だけでなくテニスコートやサッカー場も見える。運動部に所属していないアリッサムにとっては新鮮な風景だ。
ロベリアがちらりとこちらを見た。どうやらアリッサムの“覗き”に気付いたらしい。だが、彼女は特に反応を返さなかった。
武道場では、組手と呼ばれる実践的な練習が行われている。1回生部員がロベリアの正面に立ち「よろしくお願いいたします!」と初々しい声を上げた。
彼女たちは、自身に防御術をかけてから体術の練習をする。だから身の安全はある程度保証されているのだが……。
(相変わらず、強いわね)
アリッサムは思わずその動きに釘付けになる。
ロベリアは相手にためらいなくパッと突っ込んでいき、拳の攻撃を当てたあと、反動を利用して回し蹴りを放つ。相手も応戦するが、速度が段違いだ。
あえなく吹っ飛ばされた1回生部員はそれでも気丈に「ありがとうございます!」と叫んだ。
「次!」
ロベリアが叫ぶと、背の高い部員が「よろしくお願いいたします!」と礼をする。
相手は少し距離のある場所から攻撃を仕掛けてきたが、ロベリアは自身の腕を十字に組んでその攻撃を防ぐ。
刹那、相手が「う……」と声を上げて飛び退った。直後、ロベリアが膝を下ろしたところを見るに、短い時間で膝蹴りを放ったらしい。
相手が一歩引いたのを好機と捉え、ロベリアは一気に殴りかかる。左からのフック、右からのキックで相手の体を地に倒した。
(あっけないわ……)
見学者のアリッサムはそんな風に思う。しかし、相手が弱いというよりは、ロベリアが強すぎるのだろう。
「次!……おっと」
ロベリアは、「ありがとうございます!」と言って逃げるように退った相手と交代するように一歩踏み出した次の挑戦者を見て、ニッと口角を上げる。
「よろしくお願いいたします!」
凛々《りり》しい声で叫んだのは、生徒会の2回生役員、通称“王子様”のトーヴァだった。