お姉様のこと(3)
姉のように慕う先輩と、肩を並べて学園を歩く。こういうのも久々だ。
前年度は生徒会の用事のたびに、こうやって2人で、あるいはリーザレインと3人で歩いていたっけ。
アリッサムは思わず呟いた。
「なんだか、懐かしいですわ……」
ジュリエラが卒業してまだ日は浅いけれど。
「そうね」
優しい声が返ってきた。心を許せる先輩と一緒にいると、なんだかホッとする。
「アリッサムは、卒業したらどうするの?研究職とか、王城の警護?それともほかの進路を考えているの?」
歩きながら、ジュリエラは問う。
「……まだ、何も決めていなくて」
アリッサムは困ったような表情を見せた。
「ヴェルザンディの研究所に入るのはいい選択肢だと思ってる。好みの分野を思いっきり研究できるわよ。それに、わたくしもいるし。安心でしょう?」
「それは、そうなんですよね……」
確かに、その進路は理想的だと思う。
しかし、具体的な進路の話をされると本当に困り果ててしまう。
具体的な夢や目標があるわけではない。研究所への入所や王城警護といわれても、あまりピンとこない気がする。
そして何より。
(卒業したら、白魔術師と黒魔術師の道は分かれてしまう……)
それを考えるだけで、身を引き裂かれるような痛みが襲う。
(せっかくわたくしたちは、一緒にいられる場所を手に入れたのに……)
「おーい、アリッサム」
ジュリエラに呼びかけられて、ハッとした。
「そんなに深刻に考えすぎないでよ」
彼女がクスクスと笑う。どうやら、自分は考え事にとらわれてぼんやりしてしまっていたらしい。
「苦しむほど悩ませてしまうのは、本意じゃないわ」
姉のような先輩は、いつだって優しい。
「高等部の3回生は何にだってなれるわ。可能性が無限なの」
「え……」
アリッサムが目を丸くしたのを見て、ジュリエラはまた笑った。
「本当のことよ。どんな選択でもできる。道はどこにでもつながっている。だからネガティブに考えなくてもいいわ」
そう言って、ぽんぽんと肩を撫でてくれた。
その言葉が、声が、太陽みたいに明るくて、心がホッと癒される。
(お姉様は本当に、光のような白魔術師だわ……)
アリッサムはその優しい明るさに、少しだけ涙ぐんだ。
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「でもホント、卒業したらあとは楽よ」
ジュリエラがそんな風に言う。アリッサムはその真意をはかりかねて、首を傾げた。
「だって黒魔術師がいない環境で生活できるんだもの。ヴェルザンディの高等部は教室もクラブも生徒会も、全部白と黒の共同生活だから息が詰まるのよね。卒業してせいせいしちゃったわ」
「そうなんですね……」
なんだか、空返事になってしまった。アリッサムにとってそれは本意ではないから。
(ロベリアと一緒にいられる道はないかしら……)
大切な先輩だけど、この想いだけは内緒だ。
「ま、研究所の別棟には黒魔術師も何人かいるんだけどね。普段は顔を合わさないわ。そうそう、こないだリネが再生魔術だかで失敗して、研究所の庭の木を枯らしたんですって。黒魔術師って本当にレベルが低くて笑っちゃう」
世間話の延長のようにジュリエラが言う。
「リ……」
アリッサムは思わず立ち止まった。
「ん、どしたの?」
数歩進んで、ジュリエラが振り向く。
「リネ様と、お姉様は、同じ場所で研究をなさって、らっしゃるの?」
リネとは、生徒会に昨年度所属していた黒魔術師だ。年齢はアリッサムやロベリアの1つ上。
ジュリエラとともに卒業した彼女は、ロベリアにとって姉も同然の存在だった。
「あれ?知らなかった?リネもヴェルザンディの研究所に進んだのよ」
「そ、そうなんですの……」
叫び出しそうな驚きをひた隠して、アリッサムは微笑む。
どうやら、白と黒が同じ道に進むことは不可能ではないらしい。
それを知っただけでも、心が少し軽くなった。
「でも、卒業後はリネとは一切顔を合わせてないけどね」
「そ、そうなんですの……」
心は再び重くなった。
どうにも、大好きなロベリアとの未来は前途多難だ。