お姉様のこと(2)
「研究過程でね、白魔術の権威に一部判断を仰ぎたい分野があって」
ジュリエラはロベリアの態度をものともせず、説明を続けた。最初から単なる当てつけだったらしい。
「それでイヴォン先生と親交のあるわたくしが遣わされたってところ」
イヴォン先生とは、白魔術の中でもヒーリング系の術を専門とする研究者だ。現在は高等部で実践魔術を教えている。
「イヴォン先生にご用事でしたのね」
アリッサムが言うと、ジュリエラはにっこり笑った。
「アリッサムに会いにきたのも本当よ」
「お姉様……嬉しい」
アリッサムの頬がポッと染まっている。
少しお行儀悪く紅茶をぐいっと飲み干すと、ジュリエラは言った。
「そんなわけだから、イヴォン先生のところに伺わなきゃ」
「あら、これからでしたの?」
アリッサムが驚いて尋ねる。
「てっきり、ご用事を終えてからこちらにいらっしゃったのかと……」
「だってすぐにアリッサムに会いたかったんだもの」
花が咲くように、ぱあっとアリッサムの表情が輝く。
「というのが半分。もう半分はさ」
ジュリエラは立ち上がり、アリッサムの肩に軽く手を当てた。
「白魔術の研究のこと、アリッサムも知りたいかなって思って」
「研究……」
アリッサムの目を見つめながら、ジュリエラは言う。
「卒業後の進路を決めなきゃならない頃合いでしょう?ヴェルザンディの研究分野は魔力の高い白魔術師を求めている。あなたが研究所に入ったなら、きっと質の高い研究ができるだろうと思って」
アリッサムは少し慌てた様子で答えた。
「そんな、お姉様。恐縮ですわ。それに、まだ進路なんて……」
そんなアリッサムを愛しそうに眺めるジュリエラ。
「うん。まだ、かもね。でも、もうすぐ決めなきゃならないことよ」
優しい声で言った。
「だからこそ、視野を広げておくのは良いことかなって思ったの。研究に進むにしても、違う道を選ぶにしても、社会を知るっていうのは必要なことだわ。だから、ね。一緒にイヴォン先生のところに行かないかしら?」
どうやら、この先輩はアリッサムを誘いに来たらしい。
アリッサムはそこで初めて、一部始終を眺めていたロベリアの方を向く。その瞳に、どす黒い苛立ちの色を感じ取った。
「ええと……」
困ったように呟くと、
「まあ、黒魔術師には全く関係がありませんもの。その小うるさい先輩を連れて、さっさと立ち去ってくださいませんこと?」
氷の刃のように冷たい言葉が飛んできた。
白魔術師と黒魔術師は敵対している。
だから、その対立を先輩に示すなら、ロベリアの態度はあまりにも正しい。
苛立ちをぶつけられて、少し心が折れそうになったけれど、
「白に……嫉妬なさってるのかしら?まあ、確かに黒魔術師には関係ありませんわね。じゃあロベリア、ごきげんよう」
なんとか、いつものように軽口を言い切った。
+++
立ち去る扉の隙間からこちらを覗き込み、大嫌いなあの先輩は
「じゃあね、ロブ」
なんて言い放ち、歯を見せるようにして品なく笑った。
扉がバタンと閉まる。
しん、と静まった生徒会室に、ロベリアは低い声の詠唱を響かせる。
やがてその手の中に、暗黒としか表現しようのない黒々とした気体が渦を巻き始めた。掲げた手の内側で、ロベリアの怒りをたっぷり飲み込んだ魔術はゴウゴウと暴走を始める。
(……放つまい)
ロベリアはなけなしの精神力を振り絞って心を諌める。手の中の黒い霧は、フッと空中に溶けて立ち消えた。
こんなものを実際に放ったら生徒会室は半壊するだろう。
苛立ちに任せて魔術を暴走させるなんて、子供のすることだ。
(あんなことはもう、二度とやってはいけない)
自分にそう言い聞かせた。
ロベリアは額に手を当て、ソファに沈み込むようにして宙を仰ぐ。
「イヤな出来事てんこ盛りセットって感じだったわね……」
大嫌いな人が訪ねてきて、大嫌いなあだ名で自分を呼んだこと。
世間が白魔術師優位で、黒魔術師が冷遇されているという現状をまざまざ見せつけられたこと。
それだって、十分に腹の立つ出来事だった。
そしてなにより、
「アリッサム、嬉しそうだったな……」
1つ上の先輩は、アリッサムにとっては本当の姉のような存在だった。
前年度は、その仲の良さに幾度となくイライラさせられたっけ。
やっと、やっとあの人がいなくなったのに!
アリッサムと2人きりの貴重な時間を邪魔されてしまった。アリッサムが淹れたお茶も飲まれてしまった。
そして、アリッサムはさらわれてしまった。
「本当に、イヤな人……」
そしてもう1つ、あの先輩がもたらした特大の苛立ちがある。
ロベリアは、くさくさしながら呟いた。
「進路か……」