お姉様のこと(1)
ある日の午後。
今日は生徒会の招集はないから、邪魔が入ることもないだろう。ロベリアは気配を消しつつ、そっと生徒会室に滑り込んだ。
アリッサムは既にそこにいて、紅茶を淹れるためのお湯を魔術で温めていた。ローズティーだろうか、室内が麗しく香っている。
(幸せに香りがあるのなら、きっとこんな香りだろう)
ロベリアにはそう感じられた。
「久々に、ゆっくりできそうね」
「ええ」
見つめ合って微笑む。
2人は学園内では敵対している。だからいつでもどこにいても、仲が悪い様子を常にアピールするしかない。
そんな2人が誰の目も気にせず、仲睦まじく過ごせる秘密の隠れ場所。それがこの生徒会室だ。
ところが。
コンコンッ!
乾いたノックの音が響く。
アリッサムとロベリアは目を合わせ、少し残念そうにため息をついた。
「どなたかしら……1回生?」
「そうよ」
扉の向こうから聞こえた声には張りがある。その意志の強そうな声は、お気楽なキャンディのものでも物静かなメアリーのものでもないような気がした。
訝りながらアリッサムが扉を開ける。すると……、
白いローブ風の衣服をまとい、ブラウンの髪を潔くひとまとめにした、ハンサム風の美女がそこにいるではないか!
「まあ!」
アリッサムは歓喜の声を上げた。
「1回生は1回生でも、王立魔術研究所1年生のわたくしでした!」
「ジュリエラお姉様!!」
感激に満ちた表情で、アリッサムがその手を取る。
「アリッサム、お久しぶりね。元気そうで嬉しいわ!」
ジュリエラと呼ばれた女性は、アリッサムの手を握り返して満面の笑みを浮かべた。
一方。
「うへぇ……」
ソファに座っていたロベリアは、とびきりイヤそうに顔をしかめ、うなだれた。
「ロブも相変わらずね」
「そのおかしな呼び名、止めてくださる?」
「あはは。今更」
軽妙な声。
ロベリアの脳裏に、前年度のイヤな思いが蘇る。
そうだ、この人はいつもこうやって自分をからかっていたのだった……。
「だいたい、卒業生がなんでこんなところにいらっしゃるわけ?もう高等部が恋しくなったんですの?随分ホームシックが早くていらして……」
イライラとした声でロベリアが問うが、ジュリエラは気にしない。
「ふふ。アリッサムに会いに来たのよ。あ、お茶いただいていい?」
そう言うと、返事を待たずに勝手にティーカップを出し、先ほどアリッサムが淹れたお茶を注いでいく。
(アリッサムがわたくしのために用意してくれたお茶なのに……)
思わずムッとするロベリア。
「あ、おいしー」
ジュリエラはご満悦だ。
「お姉様に喜んでいただけてよかった!わたくしが淹れたんですのよ」
「アリッサムはお茶を淹れるのが上手ね」
「光栄ですわ」
アリッサムがニコニコ、ニコニコしている。花のように可憐な微笑みだ。
その微笑みが自分に向けられていないことに、ロベリアはどうしようもない苛立ちを感じた。
しかし、正面から文句を言うわけにはいかない。この人の前では、アリッサムとロベリアは対立していることになっているのだから。
「まさか卒業して日も浅いのに、ここに戻ってくるとは思わなかったよ」
我が家のようにくつろぎながら、ジュリエラは話し始めた。
実際、前年度まで生徒会役員として過ごしていたのだから、彼女にとってここは我が家も同然だ。
「何かご用事があったんですの?」
ジュリエラはロベリアのほうをチラリと見ながら、アリッサムの問いに答えた。
「いやー、黒魔術師の前じゃ言いにくいけどね。王立ヴェルザンディ魔術研究所では今、白魔術の研究がすこぶる順調で」
ロベリアはその視線を無視する。
そう。
白魔術師と黒魔術師が対立している原因の1つは、まさにそこにあるのだ。
国防のため、国の発展のため、白魔術師と黒魔術師はそれぞれに技術を磨き、研究開発を重ねている。
そして王城は、優秀な属性に対して手厚い援助を行う。
逆に言えば、劣っているとみなされた側は、十分な援助は受けられない。
最近新たに開発されたいくつかの白魔術の功績が、王城に高く評価されたようだ。それを機に、白魔術師の研究にはより多くの予算が振り分けられた。
現在、王立魔術研究所で雇用されている研究員も、ほとんどが白魔術師だ。
黒魔術師としては、かなりおもしろくない情勢といえる。
「ま、黒魔術師の前で具体的な内容を話すわけにはいかないのだけれど」
ニマニマと笑いながら、ジュリエラは言った。
ロベリアは、引き続きその言葉を無視する。苛立ちは既にピークだ。