スプリングパーティーのこと(3)
語らっているうちに、あたりは随分暗くなった。
夜空には半分の月がのぼり、学園を優しく照らしている。
「ね、キャンディさん。踊りましょうよ」
キャンディをすっかり気に入ったリーザレインは、彼女をダンスに誘った。
その様子を見て、トーヴァは言う。
「わたくし、ロベリアお姉様と踊りたいです」
「あら、光栄だわ」
ロベリアは艶然と微笑む。
「でも、せっかくの交流会よ。お先にトーヴァさんとメアリーさんで踊ってらっしゃいな。わたくしとトーヴァさんが“組む”機会はいくらでもあるもの」
「振られてしまったわ」
王子様が首をすくめるから、ロベリアは慌ててフォローした。
「わたくし、ここであなたのことを見ているわ。メアリーさんの次に誘ってちょうだい」
そうして、桜の木の下にはアリッサムとロベリアだけが残された。
「……あなたを誘うのは、駄目でしょうね」
ロベリアが前を向いたまま、囁くような小さな声でアリッサムに言った。
アリッサムは、リーザレインとキャンディが楽しそうに踊る姿を眺めながら小声で答える。
「白と黒が踊るなんてありえないわね……」
「ええ……」
それ以上、会話は続かなかった。
アリッサムとロベリアは、華やかなオーケストラの音を聴くともなしに聴いている。
白の聖女が、白い制服の清らかな少女たちにダンスを申し込まれている。
黒い制服の生徒たちは、王子様と踊りたくて仕方ないといった風情。
魅了を纏うキャンディも、白い制服の友人たちに取り囲まれて楽しそうだ。
情報屋メアリーも、黒い制服の新入生たちに声を掛けられ、微笑んでいる。
交流目的のパーティーとはいえ、すべての生徒が仲睦まじく交流しているわけではない。
白魔術師は白魔術師同士、黒魔術師は黒魔術師同士で過ごしている。
だって、白魔術師と黒魔術師は敵対しているから。
「あとで……」
アリッサムが何か言いかけたときだった。
「ロベリアさん!こっちにいらっしゃいよ」
黒い制服のクラスメイトたちが、ロベリアを見つけて声を掛けてきた。
「あら!アリッサムさん。こんなところにいらっしゃった。ね、踊りましょう」
白い制服のクラスメイトたちが、アリッサムに次々と声を掛ける。
アリッサムとロベリアは、お互いの顔を見ずに立ち上がる。
そして華やかに微笑み、同じ色の制服を着ている仲間のもとに歩んだ。
+++
気がつけばかなり遅い時間になっていた。
クラスメイトや下級生たちに次々と誘われてしまったから。
お友達に「だって皆さん、生徒会長とお近づきになりたいのだもの」と言われてしまっては、無下にはできない。
隙をついてロベリアは、
「生徒会室に忘れ物をしてしまって」
そんな曖昧な言い訳で中座した。
早足で校舎に入る。パーティーの賑わいがフッと遠ざかる。
(約束をしたわけではないけれど……)
願いを込めながら、生徒会室の扉を開け……、
どきりと心臓が跳ねた。
「アリッサム……」
灯りもつけずに、彼女はそこに立っていた。
窓から差し込む月光に照らされて、愛しい人がそこにいた。
ほのかな灯りを背にして立つ白い制服のアリッサムが、まるで精霊か天女のように見える。
神々しくて、愛しくて、涙が出そうになった。
すがるようにその胸に飛び込む。
大好きな人のぬくもりを堪能しようと、ロベリアはアリッサムをグッと抱き寄せた。
「みんなにバレてしまうから、そっとね」
「……ええ。少しだけ、ね」
耳元でこそこそと話す。なんだかくすぐったい。
庭園で生徒たちが奏でているオーケストラの音がわずかに聞こえる。
生徒会室に灯りはつけない。月明かりが差し込む部屋で、2人はどちらからともなく手を取った。
かすかな音に合わせてステップを踏む。闇の中で見つめ合う。
(このまま時間が止まったらいいのに)
(幸せな時間が永遠に続いたらいいのに)
そんな儚い夢を見ながら、2人はほんのひととき、軽やかに踊り続けた。