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サムライ・イン・プレジャーキリング・シティ ~ 快楽殺人都市のサムライ - 濃尾

作者: 濃尾

サムライ・イン・プレジャーキリング・シティ ~ 快楽殺人都市のサムライ - 濃尾











何をしてもよい。




この街では。




殺しでさえ。






いや、ここは殺しを愉しむ街だ。






そんな街に俺は投げ込まれた。








新世界が誕生し100年余りが経つという。




秩序を確立した新世界政府ではコミュニティの平穏を乱した者は厳しく罰せられた。






死刑以外の方法で。






秩序無き都市、「アファン・パレス」への追放が極刑だった。






俺はここへ放り込まれる怪物たちとは違う。




奴らは殺人を愉しむ。




その手段は多様だった。




俺は大切なものを護る為以外で人を殺めた事は無い。




それも一度きりだ。






俺はその行為を正当と思ったが、その人数が問題だった。









月夜に響く激しいビートのR&B。




そのリズムにノッてステップする四つん這いの人影。




しかしもはやソレは人間とは呼べない。




ソレに跨り、リズムに合わせて奇妙なステップを踏ませている男のオモチャに成り果てていた。






オモチャの硬直した顔には絶望に圧し潰された絶対的恐怖の色が現われていた。




ソレは真っ黒な装甲強化繊維の背部体表を剥がされ、脊椎が首から腰まで露わになっていた。




跨った者はソレの頸椎に右手を無造作に突っ込んでいた。






”J・B”の激しいダンスの影絵のように月光に照らされ、乗る者、乗られる者の二者は素晴らしいシンクロをしていた。






そびえ立つ廃墟ビルの間の20m四方程の間隙。




その周囲には激しい格闘の跡を伺わせる身体各部の装甲の残骸が散乱し、隅にはメガスピーカーを搭載した旧世界の超大型「ラジカセ」が大音響でシャウトしていた。




ホーンセクションが細かく刻んだリズムに合わせて響く。






「イイぞ!もっとだ!”J・B”、もっともっと俺達を踊らせてくれ!!」




カウボーイハットを高く掲げながらロデオコスチュームでソレに跨った男はビルの隙間の満月に向かい陶酔した様子で叫んだ。






しかしそのセッションはもはや終わろうとしているようだ。




明らかにリズムにノッていないステップが増えてきている。




「…チッ。こいつも“Give It Up Or Turn It a Loose”を最後まで踊れねえのかァッ!!」




跨った男は勢いよく右手をソレの頸椎から引き抜くと華麗に空中二回転バックジャンプで着地した。




跨れていたソレは頽れた。






粘性の強い液体に濡れた鈍い銀色に光る右手を見つめながら男は呟いた。




「ロデオファンクさんを十分に愉しませてくれるヤツはこの世にもういないのか…?いいや、俺は諦めねえ。必ず最高のパートナーを見つけて見せる。…例えばそこでコソコソ観ているお前とか。…どうだい?」






男は遺棄され腐り果てた旧世界の「クルマ」の影で一部始終を見ていた俺に気がついていた。









俺は戦闘音がする方角を避けて進むつもりだったが、やがて旧世界の音楽が響いてきた。




俺は様子を見にその方角へと注意深く進んだはずだった。






「出てきなよ、タダ観野郎。ロデオファンクさんと踊れる資格があるか診てやろう。」




逃げ道はなさそうだ。




俺はクルマの陰から身を出した。




男は多分全身義体だ。




セラミック強化装甲の分厚い胸をそらして男は言った。




「サーチした所では一見、マシーナリーな部分はねえな。その装甲は外部だけのようだな?生身なのかい坊や?その鎧装とサムライブレードがお前の武具か?笑わせやがる。」




俺は無言でそいつにゆっくり近づく、と思わせてから方向を変え駆け抜けざまに隅に置かれた超大型「ラジカセ」をおもいっきり蹴とばした。




「ギャーァッッ!!!」




男が叫ぶ。




「ラジカセ」は最期に“give it up!”とシャウトして四散した。




「お前のダンスパートナーになるつもりは無い。」




俺は間合いをとりながら言った。




「何てことしやがる!GF-909だぞ!! …坊や、お前はロデオファンクさんのパートナーになる機会を今、獲得した!!」






男がにじり寄る。




俺は左に回り込む。






突如凄まじい速さで男の右腕が3倍ほど伸びて俺の頭を狙ってきた。






予想通りだ。




格闘の痕跡から判断できた。






旧世界技術の遺物、金属でもセラミックでもないブレード材、カラドボルグ製のサムライソードが蒼く光り男の右手首に触れた。




手首は凄まじい速さのまま、後方へ飛んで行って壁に当たる音がした。




男はたじろぎ、後ずさりながら喘いだ。




「いっ、いつ抜いた?!」






お前では見えぬ瞬間だ。






そう俺は思いながら瞬時に間合いを詰めきり、抜き打ちにした余勢で片手左袈裟斬りにした。






斜めに両断された男の身体は後ろに倒れた。






…うむ。




切れ味に変わりはない。




カラドボルグ製のサムライソードにはメンテナンスは必要ない。




私の師、カネサダから譲り受けたカタナ、「ユウナギ」の青碧の刀身に月を映し俺は見つめた。






カタナを鞘に納め、自分の鎧装をチェックした。




艶消し黒の外部装甲には傷一つ付いていない。




それからロデオファンクとやらの所持品を調べた。




少々のゴールド以外はカードが一枚。




紅いカードは何も印字は無い。




こいつの寝ぐらのキーか?それともさっきの犠牲者のか?




カードはよく見ると模様が浮き出ている。




随分と手の込んだ造りだと判った。




光格子が使われている。




幸いゴールドが手に入った。




「…サイクロプスの工房へ持ち込むしか手はなさそうだな。」




俺は満月にカードを透かし呟いた。









それはメガコーポレーションの廃墟が建ち並ぶ超高層建築群の隙間にこびりついた染みのように建っていた。




「サイクロプス・サイバネティク・システムズ」。




名前はご立派なんだがな、と俺は考えながら薄汚れたサイネージを見た。




扉の前に立ち、こちらを狙っているレーザー搭載カメラに向かい来訪を告げた。




「ああ、サムライソードの旦那じゃないか。来るなら事前に連絡しろ、と他の奴なら門前払いだけど、旦那は別だ。重金属クリーニングは念入りに。」




「ああ。」




俺は厳重な錠の開いた重い扉を抜けてクリーンルームに入った。




順を追って清浄レベルの高い小部屋に移る。




最後には全部鎧装を外して「ユウナギ」と共にロッカーに預けた。




「最後に会ってからまだ二週間も経ってないな、どこが不具合なんだい?鎧装か?カタナか?もっともカタナは鞘ぐらいしか手は出せないがね。」




サイクロプスは大きな一つ目レンズの鈍いメタリックグリーンに光る義頭をこちらへ向けた。






サイクロプスは殺人狂ではない。




天才だ。




しかし或る時、革新的な神経系サイバネティクス手術を考案し、それを助かる見込みのない貧乏人達に試した。




それで多くの人が死んだ。




今はその技術が世界中で使われている。






「どこも不具合は無い。…コレを見てくれ。」




俺はカードを差し出した。




「…ホウ。これはこれは…。」




サイクロプスはデッキにカードを置き、早速精査を始めた。




「うん、光格子を使った量子カードだ。何が入ってるかな?…かなり入り組んでる。多分時間がかかるぞ。コーヒーは勝手にやってくれ。あ、料金ははずんでくれよ?」




「ああ、40Gでいいか?」




「特別サービスだ。いいよ。」




サイクロプスは単眼にデッキギアを被せながら答えた。




「旦那が生身、それも殆ど文無しでここに来た時には一週間と生きて居られないと思ったもんさ。それがどうだい?もうどのくらい経つと思う?」




「口ばかり動かしてるんじゃないだろうな?」




ソファーに座りホンモノそっくりのコーヒーを味わう。




「4464時間38分54秒だ。」




「…まだ186日か。ちょうど半年ぐらいだな。」




「生身の旦那がこの街で私のお得意様になるとはね。「アファン・パレス」も住んでみるもんだ。」




「正確には生身じゃない。」




「97%生身だ。生身と変わらないよ。3%は神経系コネクタ周りだけ。なんでもっとマシナリゼーションしないのかまだ解らんね。この街で生き残る為に。」




「生き残るためにマシン化は必要ない。俺には有害だ。」




「10000時間生き延びたら旦那のその戯言を私も信奉するよ。えーと…「ゼン」の「サトリ」?」




「俺は悟ってなどいない。単にその道を進む者だ。」




突然サイクロプスが叫んだ。




「ビンゴ!抜けた!此処からはチョロい!」




「何が入ってた?」




「まあ、待て待て…。」




サイクロプスは暫く黙った。




そして静かに言った。




「…旦那。コレはどこで手に入れたんだい?」




「いつもの通りさ。護身だ。確か「ロデオファンク」とか言ってたな。」




サイクロプスはデッキギアを頭からもぎ取り、こちらを見た。




「旦那!「ロデオファンク」、殺っちまったのか!」




「行き掛りでな。」




「「ロデオファンク」は「バベル」のアッパークラスだよ!?」




「「バベル」ってあのクソデカいタワービルか?」




「それは「バベルタワー」だよ。「バベル・クラン」の拠点だ。」




「そう言えば聞いたことあるな。デカい「クラン」なんだろ?」




「「アファン・パレス」で一番デカい。」




「それで?」




俺は冷めたコーヒーを一口飲んだ。




「つまり旦那は「殺人狂」より「ヤバい」って事。」




「今までだって「ヤバかった」ぞ?」




「スマン、間違えた。「チョーヤバい」。」




「俺が「チョーヤバい」とどうなるんだ?」




「「チョーヤバい」奴が現われた事が「バベル・クラン」中に知れ渡る。すぐに。」




「なるほど。それでそのカードのデータは?」




「ん?…ああ。まあ、待て待て…。」




サイクロプスはまたデッキのカードの精査に戻り、暫く黙った。




そして静かに言った。




「…「バベルタワー」には「アファン・パレス」からの「出口」がある、ってウワサ、聞いた事無い?」




「ウワサだろ?」




「いや、コレはその「出口」のキーらしい。「バベルタワー」のマップがある。コレは正確には「出入口」のキーだ。ログがあった。「バベルタワー」の最上階に出入口がある。「ロデオファンク」達「バベル・クラン」のアッパークラス達は「アファン・パレス」の内と外を自由に出入りしてたんだ。間違いない。これで「バベル」がどうして一番デカい「クラン」か解った。外と中のブツの取引をしてやがるのさ。」






この街に半年か。




俺はいつもこことオサラバしたいと思っていた。




その時が来た。









ロデオファンクのカードの超高額クレジットからすぐにバレないだろう程度の額を拝借し、二人で山分けしてから俺はサイクロプスに鎧装をオーダーした。




「鎧装をより軽く、より強靭にしてくれ。」




サイクロプスはデッキに向かい、俺の生体データを基にした今の鎧装データを見ながら言った。




「じゃあ、基本構造は超々カーボンナノワイヤ綾織り薄膜重積層。それをポリシリカニウムとフェンドイオンで焼き固める。それの表面にククテニ薄膜を蒸着させる。これにより旦那のオーダーした厚さでも50口径対物ライフルの特殊徹甲弾を至近で受けても抜けない。中に緩衝材は張るが生身がどうなるかは正直ワカラン。あと、聞いて驚け。こいつは5000℃まで溶けない。断熱性も抜群だ。核兵器を使うか太陽に放り込むしかないな。それと、ククテニ薄膜はあらゆるビームを反射する。つまり指向性エネルギー兵器で熱を伝える事は出来ない。呼吸系と五感防御は従来と同じで良いだろう。…しかし、本当にこの厚さでいいのか?せめて頭部と体幹だけでも…」




「いや、コレでいく。」




俺は断言した。




「「ユウナギ」の鞘だがな、これもそいつで頼む。後は、M-10‐25T標準装備バックパックを。」




「軽さ優先か。」




「頸さと疾さがポイントだ。」




「あ、あとカラーリング指定は出来ないよ。素材の色。ええと、確かここにサンプルが…あった。コレ。」




それは暗いコバルトブルーに鈍い虹色の干渉光を纏った100mm四方、厚さ2mmの板だった。




軽い。




色も気に入った。




「よろしく頼む。」




俺は言った。




サイクロプスは勢いよく頷いた。




「任された!三日、いや二日くれ。」









二日後、準備が出来た。




「カードのマップは旦那にコネクトした。カードの認証システムも旦那の生体情報で上書き。しかし、言うまでもないが、最上部の「出入口」まで辿り着ける確率はそれほど高くないと思うよ?」




「お前に俺のパフォーマンス全てを見せて、それから再計算したならその確率はもっと高いだろうな。」




「大深度地下から最上階まで約1000m、スラブ厚300㎜以上のフロアだけで8フロアある。」




「今、マップに目を通した。上から下まで貫通しているシャフトは無いな。」




「うん。8区画に仕切られている。セキュリティのためだ。それから「出入口」の外側はマップにない。あの高さからどうやって外部に繋がっているのかな?」




「行けば解るだろう。」




「私もここをタタムか。奴らはここにも必ず来るだろうし。」




サイクロプスは辺りを見渡しながら言った。




「スマン。」




「旦那にはこれまで十分過ぎる程稼がせてもらった。旧世界の内燃機関を積んだ「クルマ」をレストアして余生を過ごすさ。「マスタング」って知ってるかい?その「クルマ」の飛び切り状態の良いタマが近所にあるんだ。…ヘヘ。」




サイクロプスは嬉しそうに笑った。




「そうか。そいつはいいな。」




俺は本気でそう思った。




「…ここの地下に降りてくれ。ナビドローンが「バベルタワー」に導く。地下一階、FB‐4417までだ。錠は開けた。そこから上だ。そこからはセキュリティシステムに人間が介在している。地上階から一番上までは4区画だ。…なあ、もし外に出られたら何をするんだい?」




俺の背中へサイクロプスが問うた。




全ての準備が整った俺は鎧装を付けて装備のトリプルチェックをしていた。




俺は振り向いた。




「…やらなければならない事が一つだけある。…おい、内からのクリスマスカードは要らないぞ。外の俺は住所不定だ。」




「ハハ。私も外からのカードは要らないからな。私ももうすぐ住所不定だしね。…幸運を。」




サイクロプスが手を振った。




「お前もな。」




俺は「サイクロプス・サイバネティクシステムズ」の地階へ降りて行った。









石畳の地下通路は暗かった。




先導超小型ドローンのライトは10m先で浮かびタバコの火程度の照度で光っていた。




それで十分。




真の闇でなければ夜目は効く。




何度か右左折を繰り返し、「サイクロプス・サイバネティクシステムズ」から195°方向へ直線距離で約12㎞歩いた。




すると通路の材質がコンクリートに変わった。




壁面に幾つか数字が振られた鉄製扉が現われたが俺はどれにも触らなかった。




「FB‐4417」と書かれた真っ黒なガラス製扉に辿り着く迄は。




その扉のノブを回し、扉を慎重に開く。




扉は音もなく開いた。




中に入ると階段シャフトの踊り場に出た。




下の階はかなり階段が続いている事がかすかな反響音で分かる。




上はそうではなさそうだ。




壁面に「2B」、「GF」と書かれた矢印が下方と上方を指している。




上へ登る。




マップによるとGF‐4417はセキュリティシステムルームに通じる階段扉だ。




人の気配。




恐らく2人。




扉ノブ横にスリットがある。




俺はロデオファンクのカードを通した。




扉にサイネージが点灯した。




“Biometric authentication complete.”




俺は素早く静かに扉を開けた。




こちらに背を向けてデッキに向かっている男、こちら側を向いてそいつに話しかけている男が同時に目に入る。




強化装甲義体だ。




クナイを投げる。




蜘蛛の糸より細い長さ0.5㎜の先端部だけが刺さる。




2人は硬直した。




同時に四隅に目をやり2台のセキュリティルーム内を映すレーザー搭載カメラをクナイで潰し、ガラス越しに広大なエントランスホールを見る。




人影なし。




2人の男を床に転がし、武装解除する。




強化HESH弾専用ピストル、M-2971だ。




コレでは俺は倒せない。




カードを使いデッキにアクセスする。




念の為、エレベータを一つハックして最上階まで直通で行けないか試す。




…ダメだ。




やはりスラブ厚350㎜のフロアで4区画に仕切られ、其処で必ずセキュリティルームの前を通過しなければならない。






ロデオファンクの死を「バベル」が知るまでは後どのぐらいだろう?




奴を殺った現場はクリーニング済みだ。




定時連絡はしてたのか?




生体モニターは?




判らない。




出来るだけ早く行動するに限る。




各階のセキュリティボックス内部を映すカメラを操作して人数を確認する。




12人。




各フロア3人。




ここと同じタイプの強化装甲義体に見える。




武装も同じだ。






ヨシ、イケる。






その瞬間、俺の身体が床に伏せた。




「バガァンッ!!」




破壊音と同時にデッキが粉々に吹き飛びガラスが砕け散りセキュリティルーム内は粉塵が立ち込め俺に降り注いだ。






イヤ、イケないな。









いつの間に死角に入られた?






正面ドア、階段ドア、エントランスホールは警戒していた。






「ホウ!良く躱したな!ロデオファンクを殺しただけの事はあるという訳だ。しかしここがお前の死に場所なのは変わらん。ワシにお前の心臓を捧げろ。」




太い声が響いた。




ガラスが吹き飛んだ窓の方。




エントランスホールの奥だ。




俺は粉塵収まらぬ物陰からそっと覗き見た。




その先、エントランスホールの珊瑚と宝石で飾られた噴水の中の白大理石の巨像と思っていたモノがゆっくりと動いた。




人間なのか?




身長3m以上は優にある。




「ワシの矛は万物を貫く。これまで1970人の心臓を貫いた。次はお前だ。」




長さ約5mはあろうかという巨大な三叉の矛を腰だめに両手で構え、こちらに先端を向けながら豊かな美髯を蓄えた半裸の白い巨人は言った。






間合いは約15m。




半裸に見えるが、あの肌は鎧装だ。




恐らくあの矛そのものは投擲武器じゃない。




あの構えがそれを物語っている。




運動エネルギー兵器なのは間違いない。




この部屋の破壊のされ様がそれを物語っている。




あの矛から何か射出したのか?




それと俺は何故伏せたんだ?




場所が悪いな。




セキュリティールームの残骸から出るか?




俺はそう考えながら巨人に話しかけた。




「お前の矛はあと何本あるんだ?全部躱した時がお前の死ぬ時だ。」






「バカめ。」




巨人が笑いながらその矛先の狙いを定めた瞬間に俺は感じた。




その後を思考がゆっくり追ってきた。




(しまった!)




「バガァンッ!!」




再び粉塵が上がるセキュリティルーム。




もう遮蔽になる物は殆ど無い。




巨人は動かない。




セキュリティルームを三叉の矛で狙いながら言う。




「隠れていても無駄だ。どうせ最期はこの矛がお前を貫く運命だ。」




「そうか?」




俺は答えた。




巨人は声を出さず笑いながら声の方角に僅かに狙いを修正した。




「バガァンッ!!」




またもや粉塵が舞う。




しかしその途端、巨人はギョッとした顔で自分の矛を見た。




矛が手元から3m余りで消えたからだ。




長さ5mの矛が。






伸縮自在の刺突兵器。




それを見切った俺には「ユウナギ」で矛を斬り落とす事は造作もなかった。




俺は既に高く跳んでいた。




全身を弓なりに反らして上段に「ユウナギ」を大きく振りかぶりながら巨人の頭上から質問した。




「現代の「ニョイボー」か。誰が造った?」




未だ信じられないといった風に俺を見上げた巨人の顔に「ユウナギ」を振り下ろし着地した。






ゆっくりと正中線から左右に分かれて巨人は斃れた。









俺の侵入は既に知られていたのだ。




階段に戻るか?




いや、今の所誰も来ない。




噴水横のエレベータまで歩いた。




誰も来ない。




つまり、こういうことだ。






『上に来い』






エレベータのUPパネルに触れる。




扉が開くとエレベータ左右奥から監視カメラ搭載のレーザーが発振された。




レーザーが胸に当たり、鎧装が虹色に輝く。




クナイで潰した。




鎧装には傷一つ付いていない。




エレベータに乗り込んで25Fと書かれたこのエレベータの最上階のサイネージにタッチする。




動いた。




エレベータはやがて止まり、音もなく扉が開く。




扉を開けたまま暫く耳を澄ます。




気配はない。




外を覗く。




巨大シャンデリア型の照明がフロアをくまなく照らしていた。




中央にグランドピアノが据えてある四角なだだっ広いフロア。




赤いカーペット。




対角線上に次のエレベータがあり、その横にセキュリティルームがある。




そちらへ壁際をゆっくり向かう。




すると背後に気配がした。




俺は素早くピアノの傍に身を隠した。




「まあ、待っておくれよ。そんなに急がなくても。一曲聴いていくぐらいの時間はあるだろ?」




約15m離れた壁際のアレカヤシの鉢植えの傍らに子供がいた。




少女?




いや少年だ。




燕尾服を着て手にバイオリンを下げた長い金髪の12、3歳の少年が大きな瞳でこちらを見ていた。




「じゃあ、まずはこの曲。」




少年はバイオリンを構えた。




「バッハ、無伴奏ヴァイオリンBWV1001。」




突然悲し気で陰鬱な旋律がフロア一杯に響いた。




同時に少年の背後から多数の小鳥が飛び立った。




20羽。




…カナリア?いや、アレは?




俺は少年の周囲を大きく輪を描いて飛び回るレモンイエローのカナリアに目を凝らした。






遠隔操作小型兵器。






俺が跳躍するのとカナリアの一羽が猛烈な勢いで突っ込んでくるのは同時だった。






10




飛翔体を危うく躱した俺の背に激しい衝撃が走った。




二羽目が死角にいたのだ。




俺は壁に吹き飛ばされ、その部分の壁は大きく砕け散った。




俺は床に転がり思わず激しく呻いた。




少年は演奏を続けながら低く叫んだ。




「君の鎧装は丈夫なんだねえ!僕の子達と同じくらい。でもこの子達はとても重いし速い。鎧装の中の君は生きていられるかな?」






とても持たないな。




背中の痛みに耐えながら俺はそう思った。




20羽に全方位から同時攻撃をされたら。




多分俺は一瞬で鎧装内部で潰される。




俺は苦し紛れにクナイを少年へ投げた。




クナイは簡単に一羽のカナリアに弾かれた。




持てる限りの速さでクナイを全部連投した。




目にもとまらぬ速さでカナリア達は飛んた。






「…何百人と僕の演奏を聴いてきたけど、最期まで僕のアダージョを聴けた人はいないんだ。…とても悲しいよ…。」




美しい少年は眉を曇らせた。






その時、俺の足元の超小型フラッシュバンが起爆した。




激しい閃光と爆音。




次の瞬間、俺は少年のいるアレカヤシの鉢植えの傍にいた。




カナリア達はホバリングして静止している。




少年は目を開け、あわてて演奏を再開しようとした。




俺はバイオリンごとその両腕を斬り落とした。




人工血液でない赤い血が吹き出した。




カナリア達がゴトゴトと音を上げて一斉に床に落ちた。




「ああああああああ!ぼっ、僕の腕!!」




少年は床に跪いた。




義体じゃなかった。




本当の少年だった。






「殺せ!もうオシマイだ!!生きる価値はなくなった!!!…殺し…て…」






俺は立ち尽くした。




やがて少年は赤いカーペットを更に赤く染めて失血死した。






彼も殺人鬼だ。




俺はそう自分に言い聞かせた。






11




3階。




スロットマシン、カードテーブル、ルーレットテーブルが一つずつ置かれていた。




椅子がそれぞれに付いている。




紫のカーペット。




フロアは薄暗い。




しかし人影は見えた。




カードテーブルの向こう。




女だ。




カジノディーラーのシックだが、やや露出過剰なコスチューム。






「「ロデオファンク」、「ぺネトレーター」、それにカワイイカワイイ「ソリストボーイ」まで殺しちゃったの、キミ?ザンコクゥッ!」




女は言葉とは裏腹に微笑みながらそう言った。




その眼は輝いている。




「奴らは皆殺人鬼だ。わざわざ「アファン・パレス」に入れてもらうだけの為に罪なき人間を殺してきた。そして俺を殺そうとした。…多分お前も。」




俺はポーカーフェイスで言い返した。




「キミとワタシは同類よ。同じ「大量殺人犯」。」




「そうか。それで?」




「人生はギャンブルよ。勝つか負けるか。私に負けた人は皆死んでもらう。キミも。」




「問題ない。お前が俺に負ける。」




「賭けは成立。」




女はそう言うとゆっくりと胸元からカードの束を取り出し、カードを物凄いスピードでシャッフルしだした。




カードの摩擦音が徐々に高まる。




間合いは8m。




十分俺の間合いだ。




俺は抜き打ちの機会を狙う。




突然左手首に軽い衝撃が走る。




鎧装が傷ついた!




「超々カーボンナノワイヤ薄膜重積層をポリシリカニウムとフェンドイオンで焼結。」




女はカードを超スピードでシャッフルしながらニヤリと笑った。




「キミと組んでたお兄さん。天才だったらしいわね?…昔は。」




次のカードが首元へ飛んできたのを俺は辛うじてよけた。




掠めたカードが曲線を描く。




動脈を狙っている。






俺は「ユウナギ」を素早く抜いた。




そこへカードの嵐。




ブレードでカードを斬る。






一瞬、間が訪れた。






女は新しいカードの束をもうシャッフルしている。




致命的な箇所はやられなかったが、鎧装は見る影もなくボロボロだ。






女の手元を見てはいけない。






俺は「ユウナギ」を青眼に構え、虚空を観た。






!!!






カードの嵐!




全身に衝撃!






しかし致命傷を負ったのは女の方だった。




女の喉には「ユウナギ」が突き刺さっていた。










賭けは静かに終わった。






12




4階。




最上階だ。




エレベータから慎重に出る。




薄紅い照明で照らされたフロア。




俺はマップの「出入口」を探した。




30m先、フロア中央に直径約3mの円筒状の建材が床から天井まで占領し、扉のような物が確認できる。




あった。




あそこだ。




「「ダーティビューティー」を殺ったのか?」




円筒の陰から紅い鎧装の男が現れた。




やや俺より身長が高く、サムライソードで武装している。




俺はその足取りを見て瞬時に警戒レベルを上げた。




抜刀。




青眼に構え、俺は聞いた。




「…ノサダか?。」




「そうだ。お前の兄弟子だ。…ヒキサダ。」




「ノサダ。貴様、「アファン・パレス」に何故いる?」




「「バベル」のボスは俺だ。」




「何故あんなことをした。」




「カネサダはお前を後継者に選んだ。ユウコを嫁がせた。それは間違いだと証明した。」




「カネサダとユウコを殺したのか?お前が?」




「カネサダがユウコを護っていた。お前の留守の間。」




「カネサダがお前に負ける訳が無い。」




「カネサダは老いぼれて心が弱くなった。ユウコは助けてやると言ったら自ら命を絶った。」




「…赦さん。」




「カラドボルグサムライソードはお前だけの持ち物では無いのだぞ?」




ノサダはそう言ってゆっくり抜刀し八双に構え、悠々と迫ってくる。




刀身が蒼い。




恐らくカラドボルグだ。




じき判る。




ノサダが霞みに構えた。




俺は構えを下段に移した。






間。






「…俺はユウコを愛していた。」




ノサダが低く呟く。




「…。」




「ユウコはカネサダが死んだのを見てから俺を見た。あの眼。俺はユウコを斬った。」




「…。」




「お前は門弟278人、全てを斬った。」




「アレは門弟ではない。お前の犬だ。」




「お前の弟弟子だ。」




「…。」






ノサダが霞みの構えから踏み出し、俺の首を刺しに来た。




「ユウナギ」がそれを上へ払う。




凄まじい迅さだ。






次は躱せまい。




殺られる。






俺は脇に構えを移した。






ノサダは霞のまま。






同時に踏み込んだ。






ノサダの切っ先が俺の首を切り上げてきた。




「ユウナギ」がノサダの胴を払った。






ノサダのカタナが俺の頭部側面鎧装を斬り落とした。




「ユウナギ」はノサダの胴深くに斬り込んで抜けた。






俺はノサダに振り返り青眼の構えで間合いを取った。






ノサダは暫く青眼の構えをとっていたが、やがて片膝をついた。




そして静かに言った。




「斬れ。」




それを聞く前に俺は踏み込んでいた。




ノサダの首を跳ね上げた。






13




「アファン・パレス」のとあるガレージ。




サイクロプスが「マスタング」の下から這い出してきた。




立ち上がると「マスタング」に向かい話しかけた。




「もうすぐだよ、ベイビー。その前にコーヒータイムだ。」




サイクロプスはそう言うとガレージに隣接した小さなオフィスに向かい中に入った。






ソファーに座り、マグカップでコーヒーを飲む彼の後ろのデスクは雑然としていたが、その中には一枚のクリスマスーカードがフレームに入れて飾ってあった。








          完

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