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そこに冷や水売りが合流する

「相変わらずいいお日和で、お二人さん。揃って相も変わらず待ち惚けているので? いやいや、そいつは結構。丁度飲み終わった頃合いかなと思いましてね、椀をいただきに来たのですが」


「待った、椀を返すはもうちっと後だ」


「……と、言うと?」


「相も変わらず待ち惚けなもんでな、もう三杯ほど貰えると助かるんだが」


「三? 二人で、三?」


「な、なんだよ、オレ一人で三杯飲んじゃあ悪いか!」


「まさか! 一杯でも十杯でも百杯でも、お代を頂けるなら嬉しいですけどね」


「ならば何故そんな目で見るのだ」


「珍しい方もいらっしゃるもので……いえいえ、買っていただけるのならば結構。一人で三杯飲む人もいましょう。さっきの椀を貸してくださいよ。……二人は暫くここにいる予定で?」


「まあな」


「店主も帰って来ねえしなあ」


「あれから、どうです。何がありました?」


「それなんだけどよ、ほら、コイツ。コイツからもおんなじことを聞かれたぜ。二人とも仲良しかよ」


「ああ……ええ、昔馴染みですよ。まさかこんなところで会うとは驚きました。……ちょっと、あんたはなんでここにいるんですか。手分けをして、あんたが猿若町の方に行くと言っていたのに」


「すんませんって。僕だって向かおうとしたら、怪しい奴らが――この二人だけど――いたんだもん」


「だもんもへったくれもないですよ。この二人のことでしたら大丈夫ですよ、朝から晩まで来もしない――ではなく、なかなか来ないと言う人を待っているだけの暇――ではなく、善良な町人です。怪しいですけれど、私が保証しましょう」


「む。二人してこそこそと聞こえねえぞ。オレたちになにか失礼なことを言ったか?」


「いえいえ、まさか」


「いやいや、まさか」


「なあんだ、しかしやっぱり兄ちゃんたちは知り合いなのかい。なるほど変だと思ったぜ。朝から今まで似たような連中ばかりが通りがかる。女二人の人捜しだろ、怪しい人捜しだろ、そんでもっておいらたちも人を捜している、というか待ち惚けだな」


「人捜し?」


「こっちの兄ちゃんには言ったけどよ、さっきはでっかいお侍が来たんだぜ。子どもを見ちゃいねえかってさ。顔に傷があって髭達磨の野郎でさ……秋親の考えじゃあ、あいつ、子どもを朝から捜しているっぽいな」


「うむ、渇きたてに見える泥汚れがあったからな。しかし、あれは自分の子を捜しているんじゃなさそうだから気になったのさ」


「へえ、そいつはどうして?」


「そりゃ、山勘だよ。必死さの種類というかな。……あとは五頭屋だかの娘に、韋駄天婆さんも人を捜していた。あれも朝も早よから、子連れの誰かしを捜していた」


「五頭屋のお嬢さんが? へえ、そいつは気になりますね」


「思い返せば、早朝に見た舟乗りから、さっきまでそこらにいた男どもまで、誰も彼もが捜し人を尋ねていやがる。しまいにゃお前たちも怪しいものがないかと聞いてくる。なんだなんだ、今日は何かあるのか?」


「祭りは聞かないな」


「大売り出しもないだろう」


「なんてったって捜しているのは人だからな」


「まさかゴトウ先生か?」


「よもやゴトウ先生か!」


「ゴトウ先生?」


「おっと、そいつはいけねえや、横入りはいけねえよ! ちぃと待ちやがれよ、お二人さん! ゴトウ先生にお会いするのは、おいらたちが一番乗りなんだってば!」


「抜け駆けするならば、この喧嘩屋秋親、黙っちゃないぜ!」


「いえいえ、二人とも落ち着いてください。どうどう……別に手前どもはゴトウ先生を捜しているわけではありませんよ。大体、ゴトウ先生は子どもなのですか。みんながみんな、子どもか子ども連れかを捜していますけど」


「……なるほど、あり得ん話でもない。神童やもしれんな」


「なんてったって、ゴトウ先生はこんくらいの男の子を弟子にしてるからよう。見た目は普通の悪ガキ、しかし舐めちゃあいけねえぜ。何せゴトウ先生の弟子を名乗るだけあって、あいつは……」


「へえ? 意外や意外、こりゃ驚いた。ゴトウ先生には会えずとも、関係の方には会えたんですね」


「ア! いやいやいやいや、お、おいらは知らねえよ? おいら全く知らねえけど、そういう話になってるんだよ。きっとその坊主は育ちも良さそうな感じがするだろ? きっとな!」


「それにしては実際に見たように話される」


「あ、当たりめえだろい! いや、なんかそんな風の噂を聞いた気がするからな!」


「おうおう、春兵ヱは長屋一のお調子者だぜ。出処知れずの風の噂もまことしやかに話してみせる稀代の講談師が春兵ヱさ! いいか、つまるところだ、オレたちは子どもなんざ知らんのだよ!」


「これっぽっちも、粉微塵もな!」


「そうとも、幽霊の方がよく見るくらいだ!」


「…………ほらな、怪しいだろ? この二人」


「おいこら、ヤサオ、黙って聞いてりゃあ、このオレらを怪しいとは何だ。どこが怪しい」


「怪しいだろ、つま先から頭まで、ついでに口から出てくる言葉までな。しかしヤサオ……って、おい。まさか僕のことじゃないよね?」


「あんたがヤサオ、水売りの兄ちゃんはミズオでどうだい。なにせ、互いの名前も知らないんだから仕方がねえだろ」


「だからってヤサオはないだろ!」


「ははは……まあ、まあ、それでいいですよ。ヤサオにミズオ、いい名前ではないですか。気に入りました」


「どこがだよ……。それで、ゴトウだっけ? そんな人、本当に来るのかい」


「もうすぐだ!」


「もうじきさ!」


「正直、私はそのゴトウ先生が一番怪しいと思うんですよねえ。実在性もさることながら、いたとしたら一刀斎に……なんでしたっけ? とにかく、その話を持ちかけた人も含めて一つ話を聞かねばなるまいと」


「だから、順番なら待って並べって。おいらたちを抜かすなよ。なんたっておいらたちは朝から待ち惚けているんだ――なんなら、そら」


「ん?」


「あそこ、さっきの侍が戻ってきたぞ。そらそら、あそこの影のとこで隠れてやがる。あいつもゴトウを自称していたな。フン! 奴が先生である確率は低いがな!」


「秋親、ハッキリ言って大丈夫かあ? ほら、万が一ってこともあるだろ」


「そ、それもそうだな。万が一もあるが……ミズオ、どうした? そんなに目を凝らして」


「むむむ、もしや、あれは……!」


「おや、あいつもミズオの知り合いかい?」


「たった今目があったと思ったが、気のせいか? おうおう、あいつ、凄い速さで背を向けた。む、どこに行く気だ?」


「おい、ヤサオ!」


「合点ミズオ! こいつはいけねえ、ツいてらあ! おい、お二人さん!」


「な、なんだよ、ヤサオ! いきなり叫ぶなよ、驚くなあ!」


「あれがさっきの侍で間違いないですね? 要するに、朝から人を捜していたであろうという、子どもを捜している侍かということで!」


「ミズオまでいきなり興奮しやがるなよ、驚くなあ! ああ、あいつだよ!」


「ついでに近くにいる、そら、傷だらけの奴らも朝からいるぜ」


「よしきた! やはりこの辺に張っていて正解だった!」


「だから興奮するなって! なんなんだよ、ミズオにヤサオ、あいつらも知り合いなのか?」


「ふるーい知り合いだとも。さあ二人とも、協力感謝しますよ。私の読みは間違っていなかったということだ!」


「おう、後は僕の出番だな! 五頭屋での件について、こってり絞らせてもらうか!」


「ようし、ヤサオ! 逃すんじゃありませんよ!」


「ミズオ、その名前はやめろって!」


「……お、おい! なんでもいいからせめて水を先に売ってから行ってくれよ! おい! おーい! ――ああ、くそ、飲みっぱぐれた……」


「嵐みてえに行っちまったな……感動の再会かあ?」


「そうとも見えんが」


「なんだつたんだ?」


「なんだったのだろうな」


「秋親、おまえ目がいいんだから見てくれよ」


「仕方ねえなあ……むむ? 待てよ、ええ!」


「なんだなんだ」


「お、おい、あいつ、ミズオの奴、八丁堀だぜ! あいつ十手持ちだ!」


「ははは八丁堀ィ⁉︎ へえ、ってことは、あいつ変装してたんだ!」


「ヤサオはそうすると岡っ引きか?」


「捕まっているのは、あれはさっきの侍と、ゴロツキどもか?」


「まずいぞ、俺たちのせいか? 適当を言っただけなのに」


「ま、まあ、悪いことはしてないし……適当かもしれねえが、言われたことも風采も嘘じゃなくて事実だし……だ、だよな、六太」


「おい、六太、助けてくれよ。今なら近くに人がおらぬから、助けてくれ」


「六太あ、ええ、今のはゴトウ先生的にはどう映るんだい」


「――もう、大人なのに情けない声を出さないでよう。……確かに人はいなさそうだね。声しか聞こえなかったけど、さっきの二人は同心だったの?」


「くそう、大人とて情けない声を出したい時もあるのだ! そうだとも!」


「な、おいらたちはゴトウ先生の試練から落ちてはないよな? 適当は言ったけどよう」


「えーと、待って。二人組の前に来た、でっかい髭のお侍が同心に捕まったってことかな」


「そう、それが、さっき来た水売りに」


「近くにいた男たちも一緒に捕まった?」


「お、おう。ほら、頭を出して見てみろよ! あっちだあっち、目を凝らせ。五人、いや六人かな。全員仲良く伸びてやがる」


「おいらにゃー、ボンヤリしか見えねえけどなあ。でも人だかりはあっちにできてるな」


「本当? 本当にみんなやっつけたの? やったあ! それじゃ、二人に最後の試練だよ!」


「まだあんのかよ!」


「最後は簡単。俺を五頭屋惣兵衛のお屋敷に連れて帰ればいいんだ」


もう少しだけ続きます。

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