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絡んできたのは目つきの悪い侍

「……おい、そこの。おぬしらに聞きたいことがある」


「む。そこの、とは結構な挨拶だな。まさかオレたちのことか」


「目の前にはおぬしら二人しかおるまい」


「おうおう二本差しの兄さん、まさしくその通り! ここにいるのは誓っておいらたち二人だけだぜ! 二人以外いるわけねえのさ、当然さ!」


「おいこら、ばか!」


「アイテ」


「……待て、他に誰かいるのか?」


「オレは知らん。何ひとつも知らん……が、見てみろよ。人の通がは先ほどから右から左、左から右に、ひっきりなしにあるだろう。てめえの目の前にはオレたちだけでも、周りには先ほどから人が十も二十も数えるほどに通っている。つまりここに人は他にもいる。しかしてめえの目の前にはオレら二人しかいないのは明白だな」


「たばかっておるのか?」


「いやいやまさかよ、初対面で何故に」


「……まあよい。確かに人通りはあるゆえ、己の言い方が紛らわしかったやもしれぬ。改めておぬしらに聞くが、そこもと、子どもを見なかったか?」


「こ、子どもぉ? 子どもってなんだい? おいら何にもわからんぜ!」


「オレも子どもなんて何年も見てねえな」


「む?」


「な、なんだ、その目は。てめえ、このオレを疑っているのかい、ええ?」


「貴様、やはり何かを隠しているな? 江戸の町で子どもを何年も見ていないはずはなかろう。どこから来たのだ」


「えーと、そう! 山奥だ! この男、普段は山に住んでるんだよう! それですっかり世間知らずでな、おいらも手ぇ焼いてんの」


「修験者か? そうは見えぬが……」


「人は見かけによらねえもんだぜ。そうだそうだ、オレは褒められるとすぐに天狗になると町で評判でな。そんなら本物の天狗になってやろうと、高尾の山に籠っていたのを、今日たまたま降りてやって来たのだ。有り難くこの面拝みやがれ」


「……どこかおかしいのか? 否や、いい、答えるな。おぬしらの素性など興味はない。もう一度聞くぞ。誓って子どもは見なかったのだな。これくらいの背丈の、生意気なガキだぞ」


「うん。男の子なんて、一人たりともこの道だけは通っちゃないよ」


「……おい、男だとなぜわかった。俺は子どもとは言ったが、男とは言っておらぬ」


「そ、それは――ついそう思っちまったんだよ。なあ? 思い込みってやつな」


「オレはわかるぞ、実によくわかるとも! 一口に『生意気なガキ』と言え誰しもば男の子を想像するもんだろう、違うか? 例えば女の子なら、『おませなガキ』と言いそうだと……この男はそう思う訳だ。オレもそう思う訳だ。てめぇは違うのかよ」


「違うな」


「そうかい。ならば話は単純だ、オレらとてめぇとは感性が違うと言う訳だ」


「幸いにな」


「なんだとう⁉︎」


「よせよう、秋親。な、なあ? わかったろ、おいらたちは子どもなんて知らんのさ」


「まあ、よい。しかし……」


「ハ、ハ、ハックション!」


「……」


「……」


「……」


「…………む? 待て、誰だ。裏に誰かおるのか」


「お、おいら! おいらだよ! いやあ、風邪は怖いねえ。はくしょい、はくしょい、ずびずび……」


「ふざけるなよ、今の声はおぬしのそれではないわ。やはり何か隠していやがるな?」


「かかかか隠すわけねえだろがい!」


「オレと春兵ヱは長屋でもいちばんの馬鹿だと評判なんだぜ!」


「秋親、それを言うなら馬鹿正直だろ」


「しまった、そうだとも。こいつはこの町一番の馬鹿正直者、知らぬと言えば知らぬのだ!」


「怪しいぞ、おぬしら言うことがころころと変わる。ぬしら……よくも胡乱な言葉ばかり並べ立てよって、人を馬鹿にしおって……俺を馬鹿にしたなッ!」


「うおっとと! こんなところで剣を抜くのはなしだぜ、お侍さん!」


「さっき八丁堀がいたぜ、近くに! まだきっといるぜ! いいのかい、オレは売られた喧嘩は、買える時はなるべく買うが……いや、買える時は買うが……売るかどうかは任せるが……」


「……む、八丁堀だと?」


「おう! いたよな、春兵ヱ!」


「いたいた! 子どもはいねえが八丁堀はいたのさ! あいつらうろちょろしてたぜ! えーと、なんだ、そう! ナントカ屋拐かしの件がどうとか、こうとか……。ここで下手に騒ぎになっちゃあ困るぞ」


「少なくてもオレたちは困るぞ。待ち人がおるのだからな」


「そうそう、おいらたちのためにもさ、喧嘩はやめておこうぜ」


「そうだとも。オレとお前、今やり合う旨みはなかろう」


「そうだ、そうだ!」


「第一、てめぇは馬鹿にしていると言うが、どうしてそこまで疑うのだ。オレらは男の子など知らぬし、春兵ヱは風邪っぴきだし、そう言っているではないか。それともなんだ? 疑うようなことがあるのかよ?」


「それともまだ聞きたいことがあるとか?」


「ん? 聞きたいこと?」


「待てよ、そいつはつまり……」


「そういうことか!」


「は?」


「隠す必要ねえだろい、いやだなあ」


「で、次の試練はなんだ。てめぇら、オレらを試しに来たのだろう」


「そういうこと。使いだろ、あんた。おいらたちの待ち人ってこと」


「……ああ、くそ、最早付き合ってなどいられぬ」


「む? 帰るのか?」


「おぬしらと話すと疲れる! くそ、朝から酒にでも呑まれておるのか? タチの悪い熱にでも浮かされておるのか? それとも別の何かは知らんが……話しかけたのが間違いだった。どのみち使えぬ奴らだのに、期待したこちらがばかだった。いや、やめてくれ、もう喋るなよ。この剣を抜くのも勿体無い奴らだと、ようく分からされた」


「な、な、なにおう! 黙って聞いてりゃあ!」


「どうどう、秋親、せっかくまとまりかけたんだから、落ち着いて、落ち着いて」


「くそう、おい、この偉そうな髭面強面め。このオレを喧嘩屋秋親と知ってのことかよ、ええ?」


「喧嘩屋風情の素浪人のことなど露知らぬが、おぬしこそ喧嘩を売るならば相手をよく見るのだな」


「ふん、てめぇが誰だって言うんだ。オレは知らないね」


「この俺は呉島道場の一番手――剣を振えば一刀斎、弓もよく引き那須与一、おまけに槍は宝蔵院流を修めておる――韋駄天が如き一太刀で、おぬしなど斬り伏せられるのだぞ」


「口ではなんとでも言えやあ――――って、ええ! ゴ、ゴトウ⁉︎」


「ゴトウで一刀斎に那須与一に宝蔵院に韋駄天だって! おいおいおいおい、ま、まさかよ」


「そ、そんじゃあ、ついでに春信で業平で一休なのか!」


「……おい待て、てんでわからん。一体貴様らはなんの話をしておるのだ?」


「つまりはこう聞きたいのさ。お前がゴトウ一刀斎与一胤栄韋駄天春信業平一休先生なのかとな? 役者にしちゃあ華がねえが、そういうこともあるだろうな。いやあ、先生は蘭学者で商人でご落胤でとは聞いたが、――――アイテッ! おい、春兵ヱ、蹴ることねえだろ!」


「おいらはなにもしてねえぞ」


「おい、人を煙に巻くなよ。ゴトウ……なんだって?」


「おほん、ゴトウ一刀斎与一胤栄韋駄天春信業平一休先生なのかと聞いていたのだ」


「……ああ、くそ、本当にこちらがばかだった。まともに話そうとしたのが間違いだった。相手をよく見よとは、己自身に言うべきであったか……。おぬしら、本当に何を言っているのかわからぬぞ。いよいよ確かに、酒に酔っているな」


「おいらたち、酒なんて飲んでないよう。そんで、どうなんだい。ゴトウ先生を知ってるのかい、知らないのかい、お侍さん」


「はっきり言ってあんたがゴトウ先生かい」


「ええい、うるさい! そんな妙ちくりんに長ったらしい名前の、ゴトウ先生など知らぬわ!」


「うへえ、そう叫ぶこたないじゃないか!」


「ふん、もう良い。ようくわかった、貴様らに聞いても埒が開かぬわ意味もわからぬわで、何にもならん。我が秘伝の剣を濡らすまでもない、ぬしらはただの阿呆じゃ。それに構っておる暇はない。用は以上、後はばか同士で好きにせい」


「あ、おい! 待てってば! お前はゴトウじゃないんだな! そうなんだな!」


「おーい、せめて答えてくれよう!」


「おい!」


「あーあ、行っちゃった……」


「ちぇ、ゴトウ先生じゃねえならただの嫌味な野郎じゃねえかよ。第一、ありえねえ話だったのさ。あのお侍、朝から出歩いてるんじゃ、正体不明天下無双の高貴なるゴトウ先生であるわけがないのさ」


「へえ、あいつが朝から歩き回ってるってさ、どうしてわかるんだい」


「そりゃ足元だ。裾のあたりに乾いた泥汚れがあったからな。かと言って長く服を洗っていないから、というわけでもなさそうだし、新しい汚れに見えた。ふん、あいつもツいてないな、予定外に今朝の雨にでも当たって動く羽目になったのだろうよ」


「おいらたちみたいに?」


「そうなるな。そら、お前の足だって砂に泥にで汚ねえだろ」


「秋親だって汚ねえじゃねえか」


「後で洗うか」


「そうするか」 


「ところで……おいこら、六太。この悪戯坊主、蹴ったりくしゃみをしたり、なんのつもりだよ。試練か? 聞いてねえぞ、一体さっきのは――」


「あ、だめだめ、秋親待って。引っ込んでて、六太坊。向こうから人が来る。あれは……」


「おや、あいつは確か朝に見かけた優男じゃねえか?」


「こっちを見てる」


「こっちに来るぞ」


「目が合った」


「随分と大股だな、もう来たぞ」


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