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子どもが一人、床机の下にいる

「ぐぬぬ、秋親、こいつすげえ踏ん張るぞ、手を貸してくれ」


「ちぇ、なんだよ、まだ乳臭い坊主じゃねえかよ。そんなに床机の下が好きか。そこから出たくないか、ええ?」


「出たくない! うう、悪かった、団子のことは謝るよ。でも、ここから出られないんだ」


「ちえ、だったら一生そこにいやがれってんだ。ああ、オレの食いもんが……腹減ったのに金はねえ……」


「ご、ごめんよ。勝手に食べたのは謝るよ! 俺、すっごくお腹が空いていたし、おじさんたちもあれこれ話すばかりで食べるのがうんと遅いからさ、ちょっとだけならばれないだろうって、つい食べたら、一口で平らげちゃうくらい美味くって」


「おい坊主、ひとつ忘れているかもしれねえが、オレだって腹が空いているから買ったのだぞ! それを横取りしておいて、よくもまあ……まったく、坊主の両親の顔が拝んでみたいものだぜ」


「え、父上と母上の? どうしてさ、いきなり」


「へっ、こいつは怒る気も失せたな。他人様のものに手をつけるなんざ、きっと家でも寺子屋でもロクな教えを受けてねえんだろ。おいらの方がまだ品があるぜ」


「あんたに品があるからさておいて、同感だな」


「おいらになけりゃあ、秋親にはあるのかよ?」


「オレは品の良さを売り物にするつもりはないからな。なくても良いのだ」


「ぐぬぬ、ちょっと、ちょっと! 色々と好き勝手に言わないでよ! 無断で団子を食ったのは俺であって、父上や母上は関係ないじゃんか! 相手をよく知らないくせにものを言うんじゃないと、先生も言っていたぞ!」


「その先生は他人様のものを勝手に無言で手当たり次第に取ってもいいよとでも教えてくれたのかよ。ああ、知らん知らん、お前の両親などまったく知らないから、仕方なくお前を通して推し量ってるんだろうがよ。…………いや待て。先生だって?」


「……なにさ。先生がどうかしたの」


「春兵ヱ、まさか……」


「秋親、よもや……」


「……あー、おほん。つかぬことを聞くのだが、坊主、いや、きみの先生は何と言う人なんだい。まさかゴトウ某先生ではないのかな」


「はあ? おじさん、いきなり変な声出さないでよ、怖いな」


「秋親の猫撫で声は気味が悪いからなあ。けけけ、ああ、いや、こっちを睨むなって。でも、な、教えておくれよ。きみがゴトウ先生からの遣いかい。おや、そうするとまさか、姿を見せられないってそういうことか!」


「なるほど、そういうことか!」


「どういうことさ!」


「いやいや、坊主よ手荒くして済まなかったな。ほれ、腹が減ってはなんとやらと言うしな、年長者は後輩の安全と健康を慮るべきだとも」


「こ、怖いんだけど……いきなりどうしたの」


「おうおう、おいらのも冷や水どうだい? 半分食っちまってすまねえな! 飲め飲め」


「ちょ、ちょっと勝手に話を進めないでよ! ……くれるなら、貰うけど……えっと、おじさんたちはその……ゴトウ先生を捜しているってこと? その使いの人がここに来る手筈になっているんだ?」


「そうそう」


「でも、もしかして、ゴトウ先生とは今日初めて会うんだね? 顔も知らない、声も知らない?」


「その通り」


「……なるほど、これは使えそうだや」


「む? よく聞こえんぞ、何のことだ?」


「いやいや、気にしないで、こっちの話だよ、侍のお兄さん。そっちの人は……」


「おいらは木戸番だぜ。そんでこいつは侍ってより喧嘩屋だな。そいで、なんだよ、急におとなしくなられると怖いぞ」


「それはごめんなさい、番太さん。うん、よく考えてみたら、僕の先生はゴトウ先生かもしれない。そうだとも、僕は大切な使命を持ってここにいるんだ。なんにも理由なく、人は床机の下にはいないでしょ?」


「わからんぞ、そういう趣味の輩もいるやもしれん」


「とは言え稀な趣味だよな。むう、それは確かに理由なく人は床机の下にいないかもな」


「そうでしょう。俺は理由あってここに来たんだ。それで、先生は何で二人をここに呼んだのか、それはわかってるの?」


「呼ばれたと言ったら語弊があるが、簡単なことだ。ゴトウ先生に教えを説いてもらって、春兵ヱと二人で一儲けしようと思っているのだ」


「へえ、一儲け」


「おい坊主、お前本当にゴトウ先生の使いなのかよ、ええ? やっぱり関係ないただの悪戯坊主じゃないだろうな?」


「いいよ、別にそう疑ってもいいけど……二人がそれでいいならね」


「くうう、いやな笑顔だぜ! まったく!」


「お、おいらは信じるよ。おいらが信じるってことは、秋親も信じる。な?」


「う、うむ」


「それはなにより! 今のは二人を試したのさ。俺は先生が寄越した試金石、なにせ先生は誰とも約束はしていないからね。呼ばれたと言ったら嘘つきというわけなんだ」


「おお!」


「僕こそがゴトウ先生の弟子の……六太って呼んでよ。えーっと、先生からの指令で試練の目的とか内容とか全ては明かせないし、なんなら本当じゃないことも言うけど、これだけは約束するよ」


「約束だあ?」


「どんなだい?」


「二人に損はさせないってことさ! 呼んじゃないけど、確かにここで人が待っているはずだと先生は言っていたんだ。それで俺は指定の床机の側にいたんだけど……」


「む、そうなるとこの店の主人がゴトウ先生かい? 床机を並べたの、あの人だろ」


「えっと、それは内緒さ! 試練のすべてを乗り越えたらわかることだもん。……それで、俺は待ちくたびれちゃって、二人のご飯を食べちゃったってわけなんだ。ごめんよ」


「ふうん。まあ、そういうことなら仕方ないけどよう、おいらたちが来ることを、ゴトウ先生は知っていたのかい。もしかして太吉が実はゴトウ先生と繋がっていて、先においらたちのことを言ってくれたとか……」


「あいつがそう根回しできるものかよ、春兵ヱ」


「できるかもしれねえよ」


「だとしたら、もっとわかりやすい待ち合わせを手配してくれたっていいじゃねえか! むむ、しかし、誰がゴトウ先生かを当てるのがゴトウ先生からの試練だとして、遣いの六太だけを寄越すとは……」


「ひとまず、会うに問題ないと踏んだから、六太坊が来た。ほんで、これから次の――そう、ゴトウ先生に対面するに相応しいかを見るんだよ、きっと。だろ?」


「うん、うん」


「そうか、天下無敵の武人と名高いご落胤だもんな、そうそう顔を見せられぬか……」


「そうそう、おまけに文化人で商人で蘭学者の役者顔。役人に見られたら城に連れ戻されるとか……」


「……嘘でしょ。そいつは流石に設定を盛りすぎてない?」


「ん? 六太、聞こえんぞ。今、何か言ったか?」


「……ううん、こっちの話さ! 流石の洞察力の春兵ヱさんだね。秋親さんも鋭い観察眼で、ゴトウ先生もきっと満足しそうだ」


「へへ、そうかい?」


「そこのところはお約束、俺だって商人の端くれさ。儲け話じゃないけど、今からの試練をこなせば、お忙しい先生には会えなくても、二人は美味い思いをできるはずだよ」


「それで、なにをすればいいのだ、オレたちは」


「簡単だよ。二人は俺を隠せばいいだけさ! 誰が来ても俺のことを喋っちゃいけないよ。いると悟られてもだめ」


「誰にもか?」


「そう、誰にも」


「いつまでだよ」


「そうたなあ、みゆきって女の人と、おりんって婆様が来たらその時はいいよ。二人ともゴトウ先生の弟子なんだ。子どもを見たと言って。もし来なきゃ、夕方くらいに次のお題を出して、それでお終い。ね、これって簡単じゃない?」


「坊主――じゃなくて、六太を隠せばいいのか。みゆきにおりん、ふむ、それだけならば確かに簡単だ」


「へへ、ようやく本題に入ったな!」


「あ、ついでに手に入れられたらでいいけど、食べ物と飲み物を少しくれたらもっと嬉しいな。二人とも、持ってないよね?」


「まったく、飲み干しておいて大したやつだぜ」


「ちぇ、仕方ないなあ、また物売りが来るか、茶屋の主人が戻ったら買ってやってもいいかもしれんな」


「ありがとう――――わっ! 大変大変、人が来た! 二人とも、手筈通りにね!」


「うむ、任せろ」


「任せとけ!」


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