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店には胡乱な店主、通りには賑わいが出る

「おうい! 麦湯二つと団子ふた皿頼むぞ! ……どっこいしょ」


「あれ、返事がねえな。今日は店主はいねえのかなあ」


「なんだ、春兵ヱ。店主なら、店の奥にいる、あの親父じゃねえのかよ」


「店主は別だよう。多分だけど。別の人がこの店をやってたような気がしてたんだけどなあ……。あんなでっけぇ人じゃなくて、もっとこう、仙人みてぇな小さい爺さんだったはずだぜ」


「そいつはなんかの気のせいじゃあねえか? ……しかし、ふむ、そう言われてみりゃあ、ちと不審かもしれん。あいつ、茶屋の主人にしては獣じみているな」


「そうだろ、そうだろ! 現にさ、誰一人奥から出てここないで、あいつだって注文だって聞いているのか、いないのか」


「怪しい、怪しい。とはいえ、単に歳を重ねて耳が遠いのかも知れんぞう――おうい、親父、麦湯に団子、ふたつずつ! 聞こえているかい!」


「おーい、お、や、じ! 団子だよ、団子! 麦湯もね!」


「ああ、ああ、なんですか! ――お客さん、そう怒鳴んなくたってちゃんと聞こえていますとも。まったく朝一番に駆け込んでくるなんて、ありがたいやら面倒やら……今行くんでお待ちくださいよ」


「へえ、ようやく出てきた!」


「おう、店主、あんた随分とでけえな。しけた茶屋よりも町道場の方が似合うのではないか?」


「へぇ、そいつはよく言われますけどね、お客さん、これでもれっきとした茶屋の主人なんですよ。それで、お客さん、なんですって? 麦湯にお団子?」


「そう、ふたつずつだ」


「そいつは残念、本当に残念極まりない」


「む?」


「いえね、私とてお出ししたいのは山々なんですが、今すぐ出せて味噌か醤油か塩か……、とにかく団子や麦湯、マトモな商品はからっきし。全部切らしちまってね」


「そんなことがあるのかよ!」


「茶屋なのに!」


「まあまあ、お二人とも興奮なさらず。さあさあ、座っていてくださいよ。そうだ、こうしましょう」


「どうするってんだい?」


「お二方、朝も早よから茶屋で目的もなく、見たところゆとりのあるご様子。少しばかり買い物をしてくるんで、しばしの店番を頼んでも? 代わりと言ってはなんだが、茶代はまけときましょう」


「いきなり何を言うんだよう。それはいいけどさあ」


「たまたまオレたちがいたからいいものの、もし誰もいなかったらどうするつもりだったのだ」


「いやいや、朝イチにこんな茶屋に来る客なんてございませんから、その隙を狙っていたんですよ。別に水に味噌と塩と醤油とでやってもいいが、こうして茶屋の看板を掲げてますしねえ、そうもは問屋が卸さない。いやいや、本当に、いつか行こういつか行こうと先延ばしたが運の尽きというわけです。それじゃあとうちの者でも呼んできて、ひとつ買いに走らせようとしたら、なんと困った流行り風邪。困っていたところ、渡りに舟に、日の低いうちから暇そうにしているお二人がいるではないですか。どうせ、こちらに来るだろうなとは思っていましたら、案の定と言うわけです」


「いつから見てたんだよう。まあ、でもなあ、困ってんなら、お互い様だよな」


「そう長くは無理かもしれねえぞ。いつオレたちの待ち人が来るかわからんからな」


「ええ、ええ、大丈夫、構いませんとも! そう長くはお待たせしませんって!」


「ま、おいらは別にいいぜ。その代わり、ここの椅子は借りるよ。ケツが痛いのなんの……そんで、飯がねえってなら、その辺で買った物、ここで食べてもいいかい」


「ええ。仕方ありません。うちに何もないので……。それでは親切なお二人さん、お任せしますよ」


「おう、早く戻って来てくんな――って、おいおい、あの親父、言うだけ言ったらさっさと行っちまった。あいつも、さっきの婆さんほどではないが中々に健脚じゃねえかい」


「うむ。それで――春兵ヱ、どう思う。オレの言いたいことはわかるな?」


「うん。あの親父がゴトウ先生力が高いかどうかだ。答えは是、おいらとしちゃあ可能性は高いと思うぜ」


「その心は?」


「勘だよ。まア、ちと茶屋の店主に扮するとしては商品を仕入れ忘れるくらいにゃ不器用だけどさ、八面六臂の大活躍のゴトウ先生にだって向き不向きはあるものさ。それにな、確かに三日前に来た時は、この店は別の爺さんがやっていたはずなんだ。いきなり店主が変わってるのは不審だろ? なりすましと考える方が自然な気がするぜ」


「オレも同感だ。あいつ、掌も剣士のそれだし、立ち姿だってそうだ。なあに、本当の店主には一日遊ぶ金でもくれてやって、この日だけ店主になりすましているのだろうな。しかし、あんたはよくわかったな? 三日前だって?」


「いつもの主人と違うってことかい? いや、実は何度か来たことがあって……」


「何をしに」


「そりゃあ、吉原に魚を釣りには来ないだろ。綺麗な太夫でも一目見れやしないかなあってね。もしかしたら一目合えば恋に落ち……なんてあるかもしれねえだろい」


「はん、金もないのによく言うぜ! 第一オレらじゃ相手にもされないさ」


「とは言っても、あの門を潜る前に引き返すのが常なんだけどよ」


「本当に何をしに来てるんだ、あんたは」


「まあまあ、それで、おいらはいっつも日本堤の手前のここらで引き返すんだけどね。その時にこの前を通ってさ、爺さんが一人で切り盛りしてたのを見たぜ。ちとボケておいらのことを覚えやしないが、夏にはうまい心太を出すんだ」


「へえ。春兵ヱの目的なき散歩も、こうして役に立つとはな」

「何事も無駄なく、積み重ねってことだな! うんうん、ゴトウ先生はいい気づきを与えてくれるなあ!」


「それで、あの偽店主がゴトウ先生だとすりゃあ、まさに今、オレらは試されているということか」


「そういや、秋親よう。気になってたんだけどさ、ゴトウ先生はおいらたちの何を見て、金儲けを教えるに足るかどうかを見るんだろうね? しかも、こんな茶屋でさ」


「茶の飲み方か?」


「その肝心の茶がねえって買いに出かけちまったじゃねえかよ」


「団子の食い方か?」


「それもない、ここにはない」


「そいじゃ、やはり姿勢かな。あんたも背筋を伸ばせよ、春兵ヱ。天下一の金持ちになるってぇのに猫背じゃ締まらん、江戸の男なら鯔背にな。……しかし、茶もない茶屋とはいよいよ怪しい。五頭屋よりも、本命はこちらかな」


「うーん、琴に書物にはしそうにないし、美丈夫って言う感じでもねえけど、そこは秋親の言った『複数人でゴトウ先生』説もある。うんうん、本命でいいんじゃねえかな。例えばさ、見た目だけならあそこでぼんやりしてる優男にでも任せりゃいいのさ。ほれ、あそこにいるような奴さ」


「どれどれ……あれか? ええ、あの何処ぞの菊之助みてえなのかよ? 確かに歌は読みそうだが」


「そんでもって大層な役者面だろ。案外、ああいう暇そうでひょろりとしたのがゴトウ先生なのかもよ。おいらたちが店に入る頃からあそこでぼんやり、本人じゃなくたって、きっと先生の仲間だぜ」


「或いは単に暇人だろうな」


「おいらたちと同じかい?」


「おう、だって見るからに素寒貧ではないか!」


「わかんねえよ。人は見た目とは違うもんだし」


「見た目でわかることもあるだろう。ううむ、しかし、確かにあんたの言うこともあながち間違いとは言えまい。怪しい店主に怪しい優男、あの二人でゴトウ先生である可能性もある。どちらか一人が……ということもある」


「秋親、いっそのこと、ちょいと腕比べしてきたらわかるかも知れねえよ。ほら、お前は喧嘩だけは強いんだし、勝てばその場で先生に弟子入りできるかも知れねえし。おっと、もしそういう流れになったなら、もちろんおいらのことも忘れるなよな!」


「ばか、誰が喧嘩を吹っかけてきた野郎に商売を教えるんだよ、ええ? 別に怖気付いたなんてことはねえが、相手は韋駄天で、一刀斎で、那須与一で、宝蔵院で――あとはなんだっけか。まあ細かいことは置いておくにしろ、とにかく強いお人だろ。挨拶もなく観察もなくそんな輩に喧嘩を売るたあ命知らずだ。……む、そうなると商売も喧嘩もおんなじだな。先も相手も読んで選べなきゃ、商売は教えられねえだろうよ」


「お、冴えてるな」


「とは言え、あの優男は弓や剣よりも喧嘩が得意なのは間違いない。なあに、立ち方でわかる。店主の方は剣を握っていたことはわかるが、あいつは己の腕でどうこうする奴だろうな」


「あんなにひょろりとしてんのに?」


「おう、よく見ろ、夏だってえのに首巻してるだろ。隠した首はふってえし、手首も細かねえ。着痩せしてんだろ。まあ、その実力の程は知る術もないが……ゴトウ先生喧嘩部門・刀担当と拳担当ってところだろうかな」


「へえ、なるほど! しかし中々絞れねえなあ、流石は先生、難解だぜ。そいじゃ、あっちの怪しい奴らはどうだい? あいつらだってゴトウ先生という可能性はあるわけだ。ぞろぞろぞろぞろご落胤にも文化人にも見えねえが、筋骨隆々、弓も槍も太刀も振り回せそうじゃねえの」


「おお、あんたは相変わらず目ざといな! あんな物陰にいるのをよく見つけるものだ……ふむ、確かに奴らは闘うという点に関してはゴトウ先生足り得るやもしれん。ゴトウ先生が五人――五人でゴトウということか⁉︎」


「んなめちゃくちゃな。それじゃあ、頭が五つで五頭ってかい」


「ん? それじゃあさっきの商家の娘さんと韋駄天婆さんの店と被らねえか?」


「案外、おんなじ名前が多いのかもよ。おんなじ家かも知れねえし、それかあいつらは囮なのかも。なんと言うんだっけ……影法師じゃなくて……」


「影武者か?」


「そうそう、それそれ」


「確かにあの中に誰か影武者がいるということもあろうな。なにせ先生の顔は門外不出。しかしなあ……」


「隠れていたり出てきたり、右に行ったり左に行ったり、来たり帰ったり。なんでもござれで高貴な先生の関係者にしちゃ、あんまりにも挙動不審だよなあ」


「それにあいつら、別にオレらを見ているというわけでもなさそうだぜ。春兵ヱ、しかしそうするとどうだろう。一応あいつらも候補にするとすごい人数だぜ。複数のゴトウ先生に囲まれているとして、オレらはどのゴトウ先生に声をかけりゃあ良いんだ」


「見た目によらないんじゃあ、誰が金儲け担当かわからねえよな」


「待て、とにかく一度、ゴトウ先生を整理しようぜ」


「ええっと、今の候補は一に琴の名手っぽいお嬢さん、二に韋駄天婆さん、三に胡乱な店主に、四にあそこの優男、それから……」


「五に雨の中必死こいて舟を漕いでいた男衆に、六にあのゴロツキどもも候補だな。……いや、だが、よくよく考えりゃ、候補の五と六は同じ奴らな気がするんだ」


「ええ、本当かよ? 朝のとあいつらが?」


「うむ、雨でよくは見えてなかったが、だんだんと思い出してきたぞ。そら、あの顔の傷、あの髭面、多分見間違えじゃあねえだろう」


「へえ、よくわかるな! そいじゃ、あいつらはゴトウ先生から除外しとくかい」


「ううむ、それは早計かもしれないが……いや、それにしたってまさか残り全員がゴトウ先生ではあるまいよ」


「ううん、悩ましい。誰かがゴトウ先生の可能性はあるけど、決め手がねえよなあ。やっぱり、ゴトウ先生の秘術はバカには伝授できねえんだな。金持ちになりたいなら、頭をようく回して真実を見極めろってことか」


「しかし、腹が減った。喉も渇いた。店主はまだ帰ってこないのか」


「店主が本当にゴトウ先生一派なら、もしかしておいらたちがゴトウ先生を見つけるまで帰ってこないとか?」


「なんてことだ」


「まあまあ、飲み物はそこらの人から買おうぜ。そら、ちょうどあそこに冷や水売りが来てらあ。あの人を呼ぼうぜ――――おうい、そこの! そうそう、兄さん、ちょいとこっちに売りにきとくれよ!」


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