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何処からか男二人がやってくる

全編セリフで綴る対話小説です。

毒にも薬にもならない二人+通行人たちの会話劇、ゆるりとお楽しみくださいませ!

完結まで30分おきに更新します。

「ふう、着いた着いた。多分此処だぜ」


「随分と歩かされたものだ。いやはや、長屋から随分と遠くまで来たな……」


「明け方からの雨でさ、案外涼しかったから助かったけどよう。これで夏真っ盛りだったら、おいら堪らなかったよ」


「所詮小雨だろうと高をくくっていたが、笠のひとつでも持ってくるべきであったかな」


「かもなあ。おいらの裾ンところも結構汚れちまったなア」


「そンで、春兵ヱよ。今日の、今の、此処でいいのかい、待ち合わせの場所というのは。こんな往来のど真ん中でか、ええ? 茶屋の開店にはまだ早いし、他に待てそうな場所も何もないぞ」


「おう、それでも今日のここなのさ、秋親」


「本当に来るのかね、その、ゴトウ某先生という人は」


「来る来る、来るに決まっているよ」


「いつ」


「いつかな」


「あとどれだけ待てばよいのだ」


「お前は本当にせっかちモンだな。ちっとは待ちやがれって」


「あんたがいい儲け話だと言うから、雨の中わざわざ来たのだ」


「雨って言っても柔けえもんじゃねえかい。多少汚れはするが、しとしとしとしと、いっそ気持ちがいいくらいだろ」


「それにしたってこんな朝から呼び出しやがることはないじゃないか」


「おいらもお前も、ついつい朝早く来ちまっただけさ」


「それで、結局のところゴトウ先生はいつ来る」


「しつこいなあ。いつ来るというのは聞き忘れたが、今日ここに来ることは確からしいよ」


「こんな、日本堤の近くにか、ええ? 偉大なゴトウ大先生は吉原にその御高名を轟かせにでも行ってンのかよ。色事帰りのお偉い先生を出迎えろってか」


「浅草の方から来るかもしれねえよ」


「そんならもうちっとそっちで待とうぜ。俺はどうにも花街ってのが苦手でね」


「よく言うぜ」


「よくもなにも本当のことだ」


「そうは言っても確かにこの道を通るって話なんだもん。あちらを通るたぁ聞いていない。ここで待とうよ」


「……まあ、あんたがそういうなら、仕方あるまい。……で、確かだろうな?」


「なにが?」


「その先生に従えば、オレもあんたも金持ちになるわけか」


「そうなるね。この間、長屋の太吉がそう言っていた」


「太吉っていやあ、最近越してきた法螺吹きでお調子者と評判のあいつかよ? 話に聞きゃあ、棲家を転々としてるらしいじゃねえか」


「そうそう、それそれ、その太吉さ」


「あいつが、ゴトウ先生が来ると?」


「うん。確かにゴトウ先生が今日、ここに来るって話だぜ。先生自身がそう言ったと、太吉がこうやって耳打ちしてまで言ったんだぜ。あの声のでかい太吉がわざわざ内緒話だもんだ、怪しいだろ?」


「なんでい、結局太吉の言葉じゃねえかい。しかしさ、確かに今日来るのだと言ってもなあ、いつ来るのかも分からないのでは、困った話ではないか。おい、どうする」


「待とうよ。その辺、見ながらさ」


「まあ待つしかあるまいなあ。時に春兵ヱ、ゴトウ先生の顔はわかるのかよ?」


「ううん、そいつがどっこい、わからねえんだよな」


「わからねえでどう探すんだ! じゃあ、字は? 字はどう書く。後に藤で後藤かい?」


「さァね」


「それすらも知らんのか!」


「おいおい、秋親、お前って人はあいもかわらず人の話を聞かねえで騒ぐ奴だな。一目見りゃわかるはずなのさ、あれほどの御仁となれば」


「わかるものかよ、ばか」


「わかるわかる、きっと存在感ってやつが違うのさ」


「そういうものか?」


「あたぼうよ。なんと言ってもゴトウ先生は刀を抜かせりゃ一刀斎、弓を引かせりゃ那須与一、振るう槍は宝蔵院、走れば韋駄天の如しと来たもんだ。しかも大層な文化人でな、絵筆を持てば春信、詠む歌は業平、綴る書は一休てな具合だと。さらにゃ大店さえも目を剥く商売上手で、笛や琴の名手で、蘭学の心得もあって、役者みたいにえらい綺麗な顔立ちで、何処ぞの藩主のご落胤で、兎にも角にも偉い人だと……ここに来るまでにおいら、何度も言ったじゃねえか」


「ああ、確かに聞いた聞いた、聞いたとも! しかしそんな御仁がいるものかよ! いたとて、そうそう会えて堪るものかよ」


「まあまあ、会えるって話なんだからさ、実際に会ってみりゃあ分かるだろうよ。嘘なら、喧嘩一番腕自慢、長屋一の大男の秋親が大法螺男をのしてやれば良いのさ」


「そいで、オレが喧嘩をしてる中あんたは応援しているだけなのだろう? まあ、いいさ、この喧嘩屋秋親が直々にその大層なゴトウ先生とやらを見極めてやろうじゃないかよ……だか、しかし」


「なんだい、難しい顔をして」


「一つ考えたのだが――或いはもう、ゴトウ先生は近くにいるのではないか?」


「な、な、なんだって!」


「うむ、こいつは先生からの挑戦状かもしれぬぞ、春兵ヱ。そうに違いない」


「一人で納得してねえで、ちゃんと説明しろって」


「つまりは、オレたちは見極められているのさ、ゴトウ先生にさ。物事を見通す目があるか、大金を持つにふさわしいか、そのお偉い御仁が秘められた技を伝授するに相応しいか――要するに、だ。件の太吉の話は本当のことで、ただし、誰が真の先生かを見極めた者だけに与えられる一等美味い話――というわけさ。そうでなけりゃ、この江戸はゴトウ先生の弟子と金持ちだらけになるだろう」


「それもそうだな! おお、なんだか言われてみりゃあそんな気がするぜ! さすがは秋親!」


「うむ。春兵ヱの言うように、ここで待つのが良いのだろう。これも試練とするならば、せっかちに事を急く訳にはいかないな」


「よしよし、それなら張り切るとしよう――」


「まずは周りに怪しいモンがないかを確認だ」


「よし来た! しかしな、そうは言っても周りにあるのは閉まった茶屋に、木に、岩に、川に、猪牙舟に……むむ?」


「どうした?」


「たとえば、秋親、あの舟なんてどうだい?」


「あの川をやたらめったら急いで走っている、あれか」


「なんであんなに急いでいるんだろうなア。アレがゴトウ先生を乗せていたとしたら、どうするよ」


「まァあり得ない話じゃあねえかもな。しかし、やつら単に吉原で何かをやらかして逃げ出しているだけなのかもしれねえぜ。そら、あの船頭と来たらやたらめったら辺りを気にしている」


「むむう、おいらにゃぼんやりとしか見えねえや。マ、確かに何かをやらかしたのかもな。言われてみりゃあ舟の動きも落ち着きないように見えるぜ」


「それに見てみろよ。『何でもできるご落胤』の乗る舟にしちゃあ誰も彼も服も身形も小汚い。髭達磨で傷だらけ、雨だってェのに笠の類はおろか手拭いひとつもありゃしない。全員ともに濡れるがままじゃねえか」


「それはおいらたちもじゃねえかい。それに案外、身を窶しているのかもよ」


「わざと小汚いものに身を包む――目を欺くという点ではかなり巧みだが……そら、目を凝らせばボンヤリと顔まで見えらあ。ありゃあ人徳もなさそうな人相じゃねえかい。顔に傷あって箔が着くのは武人だし、貴人が皆が皆清楚な身形とは言わんがな、あれじゃあちと違う気がするがなあ」


「腕っぷしは立ちそうじゃんか? こっから見ても大柄だし、舟をあんなに速く自在に動かせるんだもん」


「そいつは確かにその通り。ううむ、大方何かをやらかして逃げ出した奴らか、或いはただの人足じゃねえかな。荷物を落としたとか、なんとかで探している……」


「しかしさ、さっきから、秋親。お前はあんな遠いわ速いわ行ったり来たり落ち着かねえあの舟の様子が、よく見えるよな」


「ソリャ、オレは目はとびきり良いからな。あんたは暗い中小難しいものばかり読んでいるから目も悪くなるのさ」


「そう難しいものは借りたことねえけどな」


「文字がずらりと並んでいるだけで頭が痛くなるだろう。――ひ、ふ、み……むむう、やはりあの中にいるとは思えねえな。ゴトウ先生なら、もっと立派な乗り物に乗るだろうよ」


「お前はゴトウ先生の何を知っていると言うんだい。まあ、確かに、結論を急ぐ必要はないものな。茶屋が開くまで、どうだい、そこの木に寄りかかって待っていようぜ。おあつらえ向きにぐねりぐねり、椅子みてえじゃねえかい。それに往来のど真ん中にいちゃあ、ゴトウ先生も出て来にくいかもしれねえよ」


「確かにあんたの言う通り。そいじゃ、そこでゴトウ先生を待つとしよう」


「先生も早く来てくれりゃあ良いんだが……」


「待ち惚けは嫌だもんなあ」


「嫌だなあ」


「まあ、ちと様子を見よう」


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